3 メンバー募集③

 まるでこの場所だけ世界が切り取られているかのような錯覚を起こす。

 僕の様子に気づかず、グレッグ様がにやりと唇を歪めた。


「『嘆霊』は少数精鋭だからな。こんな機会でもなければお目にかかれねえ、パーティ参加のチャンスなんてまずねぇ。連中もあわよくば顔を見せようって魂胆だろうよ」


 興奮したような声。その熱の入りっぷりにルーダが目を丸くしている。


 『嘆霊』。その単語に胃がキリキリと痛んだ。


 それは数年前。僕と友人達が田舎から帝都に出てきた時に作ったパーティの名前だった。

 怪物五人を擁し、瞬く間に頭角を現した若手パーティ。今ではこの帝都に於いて、『聖霊の御子アーク・ブレイブ』と双璧を成す若手パーティでもある。


 正式名称を――『嘆きの亡霊ストレンジ・グリーフ』と言う。


 いつの間にか喉が乾いていた。緊張のせいか、変な汗が出てくる。

 その名前を呼ばないでくれ。訴えたいが、今そんなことをいうのはあまりにも不自然だ。


 フードを深く被り直す。少しでも姿を隠すかのように。


「ど、どうしたの? 調子でも悪いの?」


 身を縮め、がたがた震える僕に、ルーダが心配そうに問いかけてくる。ゲロ吐きそう。


「まぁ、ただのガセネタだったようだがな。随分物々しかったから少しは期待していたんだが……」


 グレッグ様が肩を竦めてみせる。


 『聖霊の御子アーク・ブレイブ』や『嘆きの亡霊ストレンジ・グリーフ』に限らず、『足跡』に所属するパーティは総じてレベルが高い。

 いかな気の短いグレッグ様でも、一つパーティが来なかったくらいで文句を言うつもりはないのだろう。


「おいッ、どういうことだ! 『嘆霊』はどこだッ!」


 だが、文句を言うつもりの者もいたようだ。


 いきなり上がった大声に視線が集まる。

 その先にいたのは燃えるような赤髪の少年だった。その背に背負われたのは並大抵の腕力では振り回せない両手持ちの大剣。身長は低いが、服の上からでも鍛え上げられた肉体であることがわかる。


 何度も言うが、ハンターの強さは気の短さに比例する。

 誰もが言わなかったことを――グレッグ様ですら言わなかったことを公衆の面前で叫ぶその胆力。

 周り全員を敵にしてなお、勝利を確信している眼。そして恐らく、それを裏打ちするだけの実力もある。


 大剣は人の手で作られたものではない独特の輝きを放っていた。宝物殿で手に入れた俗に言う宝具という奴だろう。


 年齢は僕よりも明らかに下だが、ただの身の程知らずと断じるには危険すぎる気配を放っている。


「雑魚に用はねえ。トップが出るって聞いたからわざわざこんなとこまで来てやったんだッ!」


 少年は誰の同意を求めるでもなく、口汚く続ける。


「若いな。まさかここの全員を敵に回すつもりか?」


 グレッグ様がそれを物珍しそうに見て、一言呟いた。

 荒くれ者みたいな風采だが、年を食ってるだけあってある種の分別はあるらしい。


 トレジャーハンターは横のつながりが重要だ。問題を起こせばそれは瞬く間に広がる。いくら実力が高くてもそれだけじゃどうにもならないこともある。


 恐らく今まではどうにでもなっていたのだろうが、ここにいるのは足跡に対して好意的な視線を持っている者ばかりだ。しかも実力者が揃っている。宝具持ちだって珍しくない。


 中心でいきり立つ少年に対して、周りは制止する気配はない。その言葉がここにいるハンターの何割かの心中を代弁しているからだろう。


 そして、他のハンターからは馬鹿を見るような目で静観されている。


 少年が殺意すら感じさせるぎらぎらとした目で、各テーブルについた足跡のメンバーを威嚇する。が、大部分からは相手をされていない。

 やんちゃの扱いに対して上級のハンター程慣れている者はいないのだ。


 ヒートアップしたのか、少年が更に叫ぶ。それは獣が威嚇しているようにも見えた。


「俺は、いずれ最強のハンターになる男だ、レベルだってもう4あるッ! せっかく帝都最強とやらを仲間にしてやろうと思ったのに、うんざりだッ!」


 凄いことを言い出した。大物になるな、こいつ。大物になるか死ぬ。


 まだ十代半ばだろう。その年齢でレベル4は確かに凄い。天井知らずの自信と傲岸不遜な態度は褒められたものではないが、勝ち続けることができれば正義になる。


 ハンターとはそういう世界だった。


 ルーダが密かに頬を引きつらせている。どうやら馬鹿が自分よりレベルが高かったのがショックだったらしい。

 でも大丈夫、まだ彼がパーティでレベルを上げた可能性もあるから。


 地団駄を踏む少年に、ようやく足跡のメンバーが近づいた。

 ガンを飛ばされたパーティ募集していた連中ではない。先程まで部屋の隅でぽつんとしていたティノ・シェイドだ。


 何気ない足取りで少年の側までくると、冷たい目で見下ろす。


「あぁ? なんだてめえ!?」


「身の程知らず。うちにはいらない」


 底冷えするような低い声。

 少年からガンを飛ばされても平然としていた他の足跡メンバーが慌ててその間に入った。


「ちょ、ティノ。今日の目的はメンバーの募集だ、騒ぎを起こすんじゃないッ!」


「一瞬で終わる。叩き出す。お姉さまがいたら、きっとそうする。『嘆きの亡霊ストレンジ・グリーフ』に入れてもらうのは――私。強くなったら入れてくれるって、約束もしてある」


 至近距離。リーチの長い大剣を前にしてこの胆力。気の短さは馬鹿な少年と似たり寄ったりだ。

 今にも飛びかかりそうなティノを他のメンバーがまぁまぁと説得する。どっちが悪者だかわかったものではない。


「馬鹿は放っておけ、時間の無駄だ。なるべく穏便に済ませろって命令が出てるだろッ! 連帯責任で俺達まで叱られるんだぞッ!」


「あぁ!? 誰が馬鹿だッ! ぶっ殺すぞッ!」


「お前だよ、この馬鹿ッ! 大人しく死んどけッ! こっちは仕事できてんだよッ!」


 チンピラみたいな態度の少年に、足跡のメンバーがこれまたチンピラみたいな返しをする。

 上位クランなどといっても、中身はほぼ同類であった。


 怪物は皆、力を行使する機会を虎視眈々と狙っているのだ。


 火に油を注ぎ、どんどん騒ぎが広がっていく。周りに物がないのでまだましだったが、今すぐ武器を抜き出してもおかしくない。そして武器を抜いたらもう途中で止めるのは無理だ。どっちかが死ぬか気が済むまで喧嘩が止まることはない。


 トレジャーハンター同士の喧嘩とは災害である。


 ここにいるのは全員ハンターなのでまだましだが、この中の少なくない人数が保有しているであろう、『宝具』まで使い始めればこんな建物の一軒や二軒、簡単に吹っ飛ぶだろう。


「おう! やれやれッ! 『足跡』の力、見せてくれッ!」


 グレッグ様が下品な声で煽り始める。それに釣られるように周りも皆煽り始める。中には足跡のメンバーも混じっていた。もう収拾がつかない。


 僕は呆然としているルーダの袖を引っ張り、こそこそと言った。


「ルーダ。もう今回は諦めて外に出た方がいい。一回喧嘩始まったら止まらないよ。巻き込まれたら死ぬ」


 ハンターは舐められたらやっていけない。一度攻撃を受けたらやり返す。やり返されたらさらにやり返す。負の連鎖だ。たとえそれが流れ弾だったとしても許したりしないから、最後の一人が力尽きるまでそれは終わらない。


 ティノが肩を竦め、つま先をとんとんと確かめる。見覚えのある挙動――首をふっとばすつもりである。

 鍛え上げられたハンターの蹴りは容易く地面を陥没させ、壁を吹き飛ばす。

 宝物殿を守護する者――重火器すら通じない『幻影ファントム』をも一撃で潰すのだから信じられない。


「ま、待……」


「危機察知能力にだけは自信がある。さぁ、まだ喧嘩が始まらないうちに……」


「で、でも、私、パーティ探しに来たのよ!?」


 無理だ。奴ら、脳みそまで筋肉になっているのだ。パーティよりも命の方が大事だ。

 そうやって僕はなんとか五年の間生きてきたのだ。ルーダは高レベルハンターの喧嘩を知らない。


 やっぱりこんなところ、来なければよかった。泣きそうになりながら説得する。


「わ、わかった。探すの、手伝うから! 今度手伝うからッ! 今は――命の方が大事だ」


「!? わ、わかった。わかったわ」


 ただでさえ熱が篭っていた室内の気温が更に上る。


 少年の構えた大剣が――燃えていた。宝具。異能を有する道具。剣身に纏わりつくように燃え盛る紅蓮はそれ以上燃え広がることなく、涼しげなティノの顔を照らす。


 隅っこを這うように出口に向かう。


 惨めな気分だ。だが、安全だ。物騒なやり取りが後ろから聞こえてくる。


「ぶち殺してから考える。お姉さまに習った」


「ッ……いいだろう、チビ。かかってこいよ、手加減はできないがなッ!」


「うちを舐めてんのか? んん? やるなら外でやれッ、外でッ!」


 外でやったら絶対に帝国の騎士団が飛んでくる。ただでさえ昨今はハンターの不祥事に皆敏感なのだ。一般人巻き込んだらただじゃあ済まない。


 第三者の煽りが続く。考えたくないが、足跡のメンバーの声だった。混沌としすぎ。


「よし、行けッ! レディ――ファイッ!!」


「こら煽るんじゃッ――」


 悲鳴のような声。下品な口笛と煽り。喧騒。こっそり出口に向かう僕達の後ろで、誰かが開始の合図をする。


 ほぼ同時に――風が吹いた。


 熱気を含んだ空気が一瞬で払われ、吹き抜ける。いきなりの衝撃に尻もちを付く。フードが取れる。

 後ろをついてきていたルーダが短い悲鳴をあげた。


 ふと視界に影がさす。心臓がばくばくと鳴っている。恐る恐る上を見た。

 ルーダが目を見開き、小さく呟く。


「ッ……いつの、間に……」


 黒ダイヤのような透明な目がこちらを見下ろしていた。先程まで少年と相対していたはずのティノだ。

 切り揃えられた黒髪が一瞬遅れてさらさらと流れる。大きく剥き出しになったしなやかな脚が目の前にあった。

 先程のむすっとした表情ではない、ぽかんとしたような表情が僕を見下ろしている。


「あ、あの……なにか……?」


 ルーダが恐る恐る尋ねる。

 ティノはそれに答えず、しかしそれに負けず劣らず震える声で僕に言った。


「…………あの……な、何、してるんですか? ますたぁ? いつから、いたんですか?」


 あー……ゲロ吐きそう。

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