2 メンバー募集②

 いつもは酒場を営業しているのであろう、建物の内部には外と比べ物にならないくらいの熱があった。


 仄かに残る酒気。いつも置かれているであろうテーブルは片付けられ左右に寄せられ、広々とした店内には入団志望者が列を作っている。


 人の熱で空気が白い。共に案内されたルーダがその光景に目を見開いた。

 どうやら、すっかり外でのいざこざを忘れたらしい。


「すごい……これ全員ハンター?」


 店内にはテーブルが点在しており、それぞれに白い制服を着たメンバーが数人、席についている。クラン『ファースト・ステップ』に所属するパーティのメンバーだ。


 『足跡』所属のパーティと一口にいっても、そこにはピンからキリまで存在する。著名なメンバーが何人もいるパーティもあれば、リーダーだけ名が知られているパーティもある。アタッカーをもとめるパーティもあれば技術をもとめるパーティもある。

 入団希望者はそれぞれ、自分の入りたいパーティのテーブルに向かい、テストを受けるのだ。面談から実技試験など、内容はパーティによってそれぞれであり、中にはインスピレーションを重視するパーティなどもあるらしい。


 戸惑いを隠していないルーダに尋ねる。


「こういうの初めて?」


「……クライは違うの?」


「……僕は五回目、かな」


「五回……そんなに何回も――ご、ごめんなさい」


 よくわからないが、ルーダが申し訳なさそうに謝罪してきた。


「いや、別に……多分、今日来ている人の多くは初めてじゃないんじゃないかな」


 ハンターは実力主義だ。才ある者はすぐに取り上げられるが、才のない者にチャンスがないわけじゃない。

 僕のように自分の才に見切りをつけているのに、僅かなチャンスにすがって来ている者だっているだろう。そういう諦めの悪さも才能の一つだ。


 とりあえずは確認である。僕はそれぞれのテーブルに並ぶ列から距離を取り、入り口近くの隅っこの方に寄って辺りを見回した。


 今回メンバーを募集するパーティはいつもより数が多いようだ。

 足跡のメンバー募集といっても、そこに所属するパーティ全てが毎回募集をかけるわけではないのだが、今回はほとんどが募集している。自然と入団希望者数も多くなる。

 外まで行列ができていたのはそのためか。


 ちょこっと近くに並んだだけなのに馴れ馴れしくルーダが話しかけてくる。


「クライ、もしよかったら色々教えてくれない? こういうの、全然詳しくなくて」


「……いいよ。腕のいいハンターに恩を売っておくのも悪くない」


 少なくとも、彼女もレベル3で終わる器ではないだろう。死ななければ、だが。

 僕の言葉に、ルーダが極わずかに表情を緩める。


「これでも帝都に来てから長いんだ。有名なハンターは大体知ってる。今回はいいチャンスだと思うよ」


 まず、パーティに参加するといっても、適当なパーティではいけない。


 パーティ毎に募集している役割というのがあるし、活動方針もある。まぁ、優秀なパーティに入ることができれば安泰というのも決して間違いではないが、もしもうまいこと加入できても馴染めなかったりすることだってある。

 メンバーと才能に差がありすぎると非常に辛い思いをするだろう。ルーダはいい線いってると思うが、帝都には各地から自らの才能に自信をもつハンターが集まってきている。


 表面は人間だが奴らは紛れもなく全く別の生命体である。僕の友人達も――そうだった。


「ルーダが何をやりたいか、やれるかは知らない。短剣なんか持ってるんだし、多分戦闘よりも他の技能よりなんだろうけど――」


 ジロジロとその格好、装備を確認する。短剣の他に、腰には動きを妨げないような小さな革の鞄が下がっている。恐らくピッキングのための道具などが入っているのだろう。


 ソロで活動しているハンターがパーティに入る際、最も入りやすいのは戦闘職として、である。


 ソロでハンターを出来ていたということはたった一人で襲い掛かってくる魔物や『幻影』を切り抜けてきたということであり、戦闘能力が高い傾向が多いからだ。


 反面、特別な技能を必要とする役割としての加入は余程の実績がなければ敬遠される。ソロは罠看破から索敵、解錠から戦闘まで満遍なくできなくてはならないので、個々の技能はパーティでそれを突き詰めた者に劣ることが多いのだ。


 だが、そんなこと本人もわかっているだろうし、何もその事実を突きつけて恨まれることはないだろう。


 真剣な表情で言葉を待つルーダに、僕は部屋の奥を指差して続けた。


「まず、この部屋にもあるルールがある。奥のパーティ程、レベルが高いってことだ」


 ハンターに認定レベルがあるのと同様に、クランとパーティにもそれぞれ探協が定めたレベルというものがある。同じクランに所属するパーティの間でも格差がある。


 一番奥に存在する大きなテーブル――一際大勢のハンターが群がっているテーブルを指差す。


「あれが今回メンバー募集している中で最強のパーティ――『聖霊の御子アーク・ブレイブ』だ。聞いたことない? 平均年齢二十一才、たった六人でレベル7の宝物殿を攻略した精鋭中の精鋭」


 帝都に蔓延る怪物共の中でも突出した怪物。メンバー全員が神の寵愛を受けたとしか思えない能力の持ち主であり、そのリーダーは巷では勇者などと持て囃されている。

 ちなみに、ルーダの挑もうとしていた『白狼の巣』はレベル3の宝物殿である。宝物殿に設定されている認定レベルは一つ上がると難易度が十倍近く違うので、それこそ今の彼女とは天と地の開きがある。


「もしもあそこのパーティに入れたら、成功は約束されたものだ。入れなくても……あそこのメンバーに少し褒められただけでも恐らく他のパーティからスカウトが来るだろうね」


 ソロでも、経験が浅くても、その名くらいは聞いたことがあるのだろう。さすがのルーダも少し引いたようで、小さく聞いてくる。


「……ちなみに一応聞いておくけど……可能性、あると思う?」


「ルーダ次第だよ。まぁ、僕の知る限りでは『聖霊の御子アーク・ブレイブ』がこういう場でメンバー取ったことなんて一度もないけど」


 帝都でも最高クラスのビッグネームである。若手ならば間違いなく一、二に入るパーティだ。


 メンバーも既に完全に固まっており、多分、募集に群がっているハンター達も自分たちがそこに入れるなどと思っていないだろう。あそこに群がっている連中は、一目その顔を見たいとか、少しでも縁をつなぎたいとか、そういう理由だ。


 ルーダが人の群れを見ながら、文句を言うことなく深々とため息をついた。

 レベル7の宝物殿と聞いた時点で、自分では難しいと悟っていたのだろう。


 続けて、どんどん他のパーティについても紹介していく。そのほとんどが、この帝都で数ヶ月もハンターをやっていれば一度は聞くことがある名前だ。

 ルーダはソロだったから知らなかっただけで、調べようとすれば簡単に出てくる情報だった。


 一つ一つ指差ししながら数えていく。例年ならば参加していないようなレアなパーティの姿もあった。

 どうやら今回のメンバー募集には足跡のほとんどが参加しているようだ。


 長々と話を聞かされ、呆れたようにルーダが言う。


「……クライ、詳しいのね。聞いただけで疲れちゃったわ」


「このくらい当然だよ」


「……聞いていいのかわからないけど、貴方はどこ志望なの?」


「志望…………特にないかな……僕には……何も出来ない、から」


 得意分野がない。全て万能ではなく、何もかもがうまくできない。器用貧乏以下。それが僕だった。


 勇気もなければハンターにかける熱い思いもない。まだ自分の才能を信じていた頃は持っていた僅かな情熱も、いつの間にか消え失せてしまった。

 ハンターはリターンは大きいが危険な仕事だ。その七割が宝物殿で命を落とすという統計すらある。僕にはそのリスクを呑み込むだけの度量がなかった。


 友人と違って才能がないなどと言い訳してきたが、多分そこが一番の問題だったのだろう。ゲロ吐きそう。


「そう…………なら、もしよかったらだけど、私とパーティでも組む?」


 力のない僕の言葉に、ルーダがわざとらしく明るい声で提案してくる。

 多分本気なのだろう。心臓がきゅっと縮み、息が苦しくなる。


 ルーダは、ろくでなしばかりのハンターの中ではいい人だ。きっとその言葉も冗談でもなんでもないんだろう。

 だが、僕にとって自分が足を引っ張ることになるというのは耐え難い苦痛だった。


「提案はありがたいけど、同情はいらないよ。これからの将来のためにも、ルーダはちゃんと自分に適したパーティに入るべきだ」


「……そ、そう……」


 じゃらりと、ベルトに下げている銀色の鎖に触れる。冷たい感触が僕の心を少しだけ落ち着かせてくれる。


 そこでふと、空気を変えるようにルーダが言った。


 『聖霊の御子アーク・ブレイブ』の募集テーブル。その奥に置かれた、誰も席についていない大きなテーブルを見て、大げさに指差す。


「あ、あれ? ねぇ、そう言えば、あそこの空っぽのテーブル、何で片付けてないのかしら?」


「おいおい、お前ら、本当に何も知らずに来たんだな」


「!?」


 外に並んでいた時に絡んできた大男がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。

 熱気にあてられたのか赤らんだ顔。大きく発達した上腕二頭筋と鋲打ちされた野性味のある鎧は、明かりの下で見ると一層、凶暴に見える。


 成果があったのか、先程よりも随分と機嫌がいい。


 水を差されたルーダが眉根を寄せ、大男を睨みつける。


「……何か私達に用? また怒られるわよ」


「つれねえこと言うなよ。先輩ハンターのこのグレッグ様が道理を教えてやろうってのに」


 グレッグ様……聞いたことがない。が、僕が知っているのはごく一部――ちょっと業界に詳しいハンターならば誰でも知っている上の方のハンターだけだ。

 僕の知らないハンターでも強い奴らはいくらでもいるし、そもそも頭角を現す前である可能性もある。


「あそこのテーブルは、『聖霊の御子アーク・ブレイブ』と共にこの『足跡』を創始したあるパーティのテーブルだ。といっても、今日も結局来てねえみてえだがな」


「創始した……パーティ?」


 瞬きするルーダに、グレッグ様が声を潜めるようにして続ける。


「足跡は何度もメンバーを募集しているが、今日はいつもよりも人が多い。ついこの間レベル7の宝物殿を誰一人欠かずに攻略してみせた『聖霊』も来てるし、普段は募集をかけねえ『黒金』や『聖雷』も来てる。それに……ほら、パーティ以外にもあちこちに足跡のマークした奴らが立ってるだろ?」


 グレッグ様がちらりと壁際で不機嫌そうに腕を組むハンターの男を見る。


 服装はパーティ募集をしているハンターが着ているような制服ではないが、よく見ると襟元や袖など、目立たない場所に足跡を模したボタンやアクセサリーが下がっている。

 クランの所属メンバーはそのシンボルをどこかに目に見える所につけなければならないというルールがあるのだ。


「本来、既に足跡所属のメンバーが募集目的でもなしにここに来る意味は薄い。それだけの理由があるんだ」


 含みのある言い方に、口を挟んだ。


 グレッグ様も随分調べているようだが、僕はもうちょっとだけ知っている。


「……彼らは足跡にソロで所属してるハンターだよ」


「!? ソロで所属……そんなことあるの?」


「一パーティは最低一人だからね……クランはパーティ単位でしか入れないけど、ソロでパーティ申請して探協に登録すれば参加出来る。余程の腕が必要だけど……」


 言うなれば無茶をしたか、少しだけ運と才能があったルーダだ。


 男の方から視線をそらし、空きテーブルの近くで退屈そうにふらふらしている女の子の方を指差す。

 体表を締め付けるような黒革の戦闘服。ベルトにぶら下がった短剣に、動きやすさを重視した格好をした黒髪ショートカットの女の子だ。年齢はルーダよりも下だろう。


「ティノ・シェイドだ。レベル4で、ソロで足跡に所属してる。有名なメンバーだ」


「あんな小さな女の子が……」


「……余計なことは言わないほうがいい。年齢・見た目と気の短さは無関係だから」


 役割は盗賊シーフ

 物を盗んだりしないが、索敵と気配遮断、罠や錠の解錠能力からそう呼ばれる者である。白狼の巣をたった一人で攻略できる、ルーダをより高めた存在だ。足跡の怪物の一人である。

 グレッグ様が初めて僕に意識を向ける。興味深げな視線だ。


「……あまりハンターのように見えなかったが、なかなか調べてあるな」


「情報収集は大事だからね。それに実は彼女……知り合いの弟子でね」


 かぶったままだったフードを下に引っ張り顔を隠す。もっと言えば友人の弟子である。

 つまり僕の友人は怪物よりも更に上位の怪物であった。なんということでしょう。


「知り合い?」


「何でソロなのにここにいるのかわからないけど……」


 もしかしたらソロをやめて新たに参加するパーティを探しに来たのだろうか。メンバー募集は必ずしも外部のみに対してのものではない。

 グレッグ様が首を傾げる僕に、偉そうに腕を組んで笑った。


「そこだ。そこだよ。何故連中が集まっているのか……噂があったのさ。今日この日、長らくパーティメンバーの追加募集をしてなかった、ファースト・ステップの創始パーティの一つ――『嘆霊ストグリ』が数年ぶりにメンバーの募集をするってな」

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