最悪の〝闘魚〟スタート

 かなり広大な廃墟群の中に、ポツンと下ろされた京天桃血の三人。

 モンスター支配時に破壊された建物が入り組んでいて、この初期位置からは他チームを見ることができない。


「たしかあと数分で合図がきて、そこからスタートだったな」

「うん、それまでは暇な感じだね」


 京太と桃瀬がそう話していたのだが、かおるだけは配信準備もあってスマホを操作していた。

 反応が全くないので、少し気になってしまう。


「かおる、何か配信トラブルでもあったか?」

「ううん、なんでもないです。ちょっと待機所のコメント欄を見てただけですよ。闘魚がスタートするとコメントを見ることができずに、配信だけ流すことになるので」

「そうか。たしかに配信中に〝鳩〟が飛ぶと面倒だからな」


 ここでいう鳩とは、伝書鳩という意味である。

 これは配信者界隈の用語で、配信者が伝えたくない内容を、リスナーが伝書鳩のように別の配信者に伝えてしまうというものだ。

 一見するとなぜダメな行為かはわからないかもしれないが、こと対戦系の配信に関しては致命的となる。

 対戦相手の位置や、装備、HPの減り具合なども伝わってしまうのだ。

 ポーカーでたとえるのなら、相手の手がわかっているような状態に近い。

 対処法としてはマップを隠したり、コメントに遅延を入れたりすることもできるのだが、根本的な解決にならないので今回は配信者がコメントを見られないようにしている。

 ただ見られないだけで、コメント自体は投稿されているのでリスナーたちはワイワイやっているが。


「現在の登録者数が90万人くらいなので、今回で100万人達成は無理そうですね」

「無理なんてないよ! 奇跡だって起きるかもしれないし!」


 その桃瀬の言葉に、かおるは思わず苦笑いしてしまう。

 ここのところアバター関連を扱う配信者たちの登録者数が上がっているのはあるが、さすがに一回の放送で十万人の登録者を増やすのはきついだろう。

 それに今来ているリスナーのほとんどが――


(京太の過去を笑いに来た炎上目的の野次馬ばかりですからね……。こんなの試合前の京太に知られるわけにはいかないし……頑張って表情に出さないようにしなきゃですよ……)


 VTuberである天羽かおるは偽ることに慣れている。

 しかし、中の人である田中薫子としては、京太への心ない言葉を見ると自分への誹謗中傷よりも辛い気持ちになってしまう。

 普段のリスナーたちと違って、外部の人間はとても残酷だ。

 それでも堪えながら『何もないですよ』という風に前へ進まなければならない。

 彼女の冷徹なルーティンワークだ。


「さてと、もうそろそろ時間ですね」


 いつもと変わらない天使のVTuberスマイルを見せる。

 そのタイミングで各所に飛んでいるドローンのスピーカーから声が聞こえてきた。


『カウントダウン3、2、1――……〝闘魚ランブルフィッシュ〟の開始です!』


 京天桃血の三人は、すぐに近くにあった建物の中に入る。

 これはアイテムが多く置かれているのと同時に、これから周囲のチームが〝指名手配〟ボーナス狙いで群がってくるのを防ぐための砦とするためだ。


「桃瀬、二階でショットガンを見つけた」

「わかった、京君。取りに行くね」


 最初はアイテム探索して、各自で使うものを交換する時間となるのがセオリーだ。


「天羽さん、一階にはハンドガンがあったよ」

「こっちはHP回復アイテムの注射器くらいしかないです~! シケてる~!」


 こうして三人が二分程度で装備を調えた。

 京太はライトマシンガン:マヒマヒ、かおるはハンドガン:スピアノーズ、桃瀬はショットガン:I-Kだ。

 サブの武器までは見つからなかったし、武器を強化するカスタムアイテムもない。

 本当に急ごしらえの最低限という感じだ。

 しかし、贅沢も言っていられない。


「外から派手な足音が聞こえますね」

「ああ、隠す気も無い大人数が協力して来たらしいな」




 ***




 ――ここは廃墟から離れた会場。

 ドローンカメラによる上空撮影によって、今まさにチーム京天桃血がいる建物を囲む大所帯が映し出されていた。

 その大半はPVすら流されておらず、注目されていないチームたちだった。

 聖丸の判断によって雑にカットされた怒りもあり、かなり殺気立っている。

 その雰囲気を実況が叫んで代弁しているようだ。


「おぉ~っとぉ! 指名手配ルールによって、結託しているチームが多いようですね~! これはどうなってしまうのか、チーム京天桃血!!」


 どれくらい集まっているかというと、京天桃血の周辺に配置された全チームの数十人だ。

 銃子のガンガールや、優勝候補のチームたちは離れた位置に配置されているので来てはいないようだ。

 それでも侮るなかれ、この短時間でアイテムがあまり集められなかったとはいえ、数の暴力である。

 京太たちがいる建物は元からボロボロで、練習弾でも打ち抜けてしまう青いビニールシートが壁代わりになっているのだ。


『よし、外から一斉に撃て』

『これで一網打尽だぜ!』

『ハチの巣になりやがれー!!』


 数十人のアバターが銃を構え、各自がトリガーハッピー状態で狙いも付けずに撃ちまくる。

 まるで花火会場のような大きな銃声が連続して響き渡る。

 銃弾は青いビニールシートを貫通して、次々と内部へとすべり込んでいく。

 あまりに撃ちすぎて、もう硝煙か砂ぼこりかわからないレベルの煙が視界を奪う惨状だ。


「これはひどい! 銃弾の雨あられだー! 開始数分でチーム京天桃血、不幸にも敗退かー!?」

『へへ……やったな……』

『これで生きてる奴はいねぇだろうよ』

『ところで指名手配の賞金はどうするよ? 山分けか? それとも最後の一発を当てた奴か?』


 実況も、雑に集まった数十人のアバターたちも、チーム京天桃血が生きているはずはないと思っていた。

 しかし――


『残念ながら賞金はお預けだな』

『なぜなら!』

『私たちはピンピンしてますからね!』


 チーム京天桃血の声が聞こえてきた。

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