大会前夜、月沈む十五夜語り

 大会前夜の夜ということで、今日は身体をしっかりと休めることにした。

 かおるの家に京太、かおる、桃瀬、らきめ、鈴木真央まで集まっている。


「なんで二人がいるんだ……狭い部屋がさらに狭く……」

「え~、わたしっちは敵だからダメって言うなの~? 明日まではコーチ扱いにしてほしいなの~」


 すでに酒を飲んでいるらきめが絡み酒で抱きついてこようとしてきたのだが、京太は手でガードしていた。


「私は仕事が終わったので個人的にお邪魔してるだけでぇ~すぅ~」

「鈴木さんも酔っ払っている……」


 持ってきた缶ビールを豪快に空けていく鈴木真央。

 いつものゆるキャラではなく、仮想変身アヴァタライズを解除した人間の姿をしている。

 客観的に見てかなり美人な黒髪ロングのお姉さんなのだが、普段のゆるキャラ姿と今のベロンベロンに酔っ払っているのが合わさって残念美人としか言えない。

 酒に呑まれるダメな大人達を目の前にして、京太は溜め息を吐いてしまう。


「一応言っておくが、俺たち三人は未成年なので酒を飲ませないようにしろよ……」

「えぇ~、わたしっちも〝じゅーななさい〟だから未成年なのぉ~」

「ネットで調べたが結構な古参VTuberで、酒の会社とコラボとかしてる奴が未成年なはずないだろ。自称十七歳ってモロバレだ」

「京太っち~、辛辣なのぉ~」


 別に京太も、らきめのことは嫌いではない。

 それどころか、たぶん好み的には好きな人間性だろう。

 らきめもそれを感じ取っているのか、冗談として話している。


「さぁ~て。せっかく大会前日の飲み会なら、明日の意気込みを聞いていくなのぉ~!」

「い、いきなりなんだよ……」

「はい! それじゃあ、まずは桃瀬っちから!!」


 ただの桃ジュースを飲んで安全圏にいたと安心していた桃瀬は、いきなりの指名にビクッとして立ち上がった。


「あ、あたしから!?」

「そうそう、聞きたいなのぉ~」

「えぇ~……助けて京君~……」

「諦めろ桃瀬、酔っ払ったらきめは面倒臭いようだ」


 困り果てた表情の桃瀬は、言われたとおりに諦めて話し始める。


「意気込み……えーっと……。正直な話、最初……私は部外者みたいな気でいたけど、聖丸のことが心底ムカついて絶対にぶん殴りたいし、練習していく内にみんなでやるFPSの楽しさもわかったし……。微力ながら頑張らせて頂きます……! 勝ちたい!」

「いいね~いいね~! 聖丸はムカつくし、FPSの楽しさもわかってくれて、わたしっち嬉しいなの~!」


 ホッとした桃瀬は座って、次に指名されそうなかおるへと目線をやった。


「うっ、流れ的に私ですか……」

「はい、どうぞなの。かおるっち~」

「いや、でも……ただ撮れ高のためにやっているだけで……」

「ほらほら、無礼講なの~。VTuberは本音で話さないとリスナーさんがついてこないなの~」


 かおるはなんとか抵抗しようとしようとしたのだが、観念した表情を見せた。


「まぁ……その……。撮れ高とかもそりゃ大事ですよ、大会中にバズれば100万人いくかもしれないですし……次のVTuberスキルも期待してますし……。でも――」

「でもぉ? かおるっちぃ~?」

「私も、桃瀬さんと一緒で勝ちたい気持ちが強くなってきました。それに……みんなが頑張っている姿を一番近くで見ていて、こんなの負けられるわけないじゃないですか」

「本当にみんななの~? 実は京太っちの頑張る姿を見ていて~?」


 茶化すらきめに、顔を赤くするかおる。


「そ、そんなわけないじゃないですか!」

「顔赤いなのぉ~」

「雰囲気に酔っちゃいましたね!! お酒は一ミリも飲んでないのに、この悪い大人たちがいるせいで! まったく!」

「若いって良いなの~。……さて、次は?」


 京太はゲンナリとした顔を見せていた。


「この流れで俺かよ……」


 このまま拒否することもできるのだが、四人の集まる視線から逃げられない。

 かおると桃瀬が渋々話したという心境が痛いほど理解できてしまった。


「わかったよ、話す。話せばいいんだろ」

「よっ、男前なの~」


 FPSの大会慣れしているらきめが誘導してきたのだから、きっとこれも大会本番で役立つ行動なのだろう。

 ここはコーチを信じて乗っておくことにした。


「まず、今一番の気持ちとしては……俺のワガママのために申し訳ないと思っている」

「京君……」

「桃瀬は別にやらなくてもいいことだし、かおるは撮れ高だけ考えれば別に道がある」

「ま、そうですね。VTuberのやり方は多種多様ですから」

「それでも俺のワガママに付き合ってくれている。感謝しても仕切れない」


 京太の言葉に、その場がシーンとしてしまった。


(まずい、こういうの慣れてないからマジでなんて言って良いのかわからなかった……)


 しばらくしたあと、女性陣たちがフフッと笑みを漏らしていた。


「京太っちって、こういう不器用な人間だったってようやく理解したなの~」

「そうなんですよ。こんな素直じゃないバカで、陰キャで、ゲーム脳だから放っておけないんですよ」

「昔から変わらないなぁ、京君は……」

「仕事依頼から伝わってくるモノとは違って、意外と可愛いですね~」


 京太は恥ずかしくなり、窓を開けてベランダへ脱兎のように移動した。


「あ、逃げた」

「逃げましたね」

「逃げたなの~」

「これが少年の青春……うーん、甘酸っぱいですねぇ~」




 京太は何かとんでもない黒歴史を作ってしまったと後悔しながら、火照った頬を夜風で冷やしていた。

 ベランダの手すりに寄りかかりながら、ぼんやりと夜景を眺める。

 この周辺は京太がすぐに支配地域解放したので、ほぼ以前と変わらぬ街並みだ。

 ポツポツとついている電気の明かりが、人々の暮らしを感じさせる。

 世界は変わっても、人間というモノの本質は変わらないのだろう。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと、からかいすぎちゃったかな」


 そう言いながら、ベランダにらきめがやってきた。

 京太の横に来た瞬間に仮想変身アヴァタライズを解いて、長身の女性姿に戻って口調も素になっている。


「ああいうのは慣れてないんだ」

「そうなの? わたしは逆に慣れすぎちゃったかな。VTuberとしてのし上がるために、何でもやったからね。こういう人付き合いも、自分の気持ちに関係なくやらなきゃいけない。才能がなかったから、わたし」

「らきめ……」

「あ、でもこのチームにいる間は心底楽しかったよ。こんな気持ちは久しぶり。あなたたち、良いチームだよ」

「それはどうも」


 少しの静寂が訪れるが、夜の空気も相まって居心地の悪いものではなかった。

 むしろ、しっとりとした空気を感じてしまう。

 これがらきめ本来の雰囲気なのだろう。


「ねぇ。わたしがなんで銃子を敗北させたいか、ちゃんと理由を話してなかったよね」


 京太は思い出した。

 突然、らきめが家凸してきたときのことだろう。

 あまりに理由を話すのが苦しそうだったので、京太は『別に俺はそういうのには興味がない。ただお前が役立つかどうかで判断するだけだ』

 そうぶっきらぼうに言い放って、話を中断させる流れにした。


「あのときは気遣ってもらっちゃったからね」

「別に俺は……」

「キミ、優しすぎるんだよ。まったく。わたしが話したくなったんだから、素直に聞きなさいよ」

「随分と強引だな……」

「大会が終わったら、本気で殺し合うことになる可能性もあるじゃない。だから、今の内に……ね?」

「たしかに……そうだな」


 銃子が素直に灰色の竜の情報を渡してくれない場合もあるし、そもそも冒険者ギルドとは敵対する可能性が非常に高いのだ。

 そうすれば、らきめも敵に回る。

 大会のように練習用の武器ではなくて、命を賭けた殺し合いだ。

 殺す人間のことを知っておくのも悪くないだろう。

 少し壊れた京太の思考に基づいて、話を聞くことにした。




 ***




 わたし――〝十五月らきめ〟はVTuberの才能がなかった。

 妹の〝十五月ふつつ〟は才能があった。

〝ふつう〟ということから名前を付けたらしいが、何が〝ふつつ〟だ。


 見た目が同レベルなだけで、声も、トーク力も、企画力も、ゲームの腕も、愛嬌も、人気も何もかも負けていた。

 彼女は間違いなく才能の原石だった。

 それに引き換え、わたしには何もない。


 何もないから、何かを得るためになりふり構わない。

 声を作り、トークデッキをいくつも用意して、企画は他者の流行を取り入れ、ゲームを裏でひたすら練習して、愛嬌を偽り、人気を勝ち取っていく。


 ふつつは、それに対して『おめでとう、姉さん』と言ってくれた。

 グチャグチャになって、元の自分がわからない自分に言われても嫌味にしか聞こえなかった。

 そんな中、大きな企業がスポンサーに付く配信者のFPS大会の出場者に選ばれた。


 チームメンバーは銃子、わたし、ふつつの三人だ。

 銃子はその界隈では有名な天才プレイヤー。

 VTuberとして大きく伸びるチャンスだと思った。


 いつも以上にFPSを練習して、大会関係者にもひたすら媚びを売った。

 媚びを売って、媚びを売って……気が付いた。

 本当に才能のある銃子や、ふつつは媚びなど売らなくてもどんどん繋がりを増やしていくのだ。


 笑うしかない、さらに卑屈になる。

 だったら、何でもやり方を取り入れて醜い合成獣――キメラのようになっても上手くやればいい。

 ただそれだけだ。


 スポンサー関係者の中には聖丸もいた。

 普段は良い面をしていて、裏側はドクズ。

 そういうところで少し親近感を持ったかもしれない。


 大会でも良い成績を残さなければならない。

 銃子はすでにプロゲーマーに負けないくらいの腕で、ついていくのがやっとだった。

 ふつつは最初は上手くいかなかったが、少し練習したらドンドン上達していった。


 銃子の隣にいるのは、いつもふつつだ。

 倍練習しても追いつけない、わたしではない。

 劣等感ばかりが大きくなっていくが、それを絶対に表に出さない。


 わたしの本質は〝きめら〟だが、リスナーにはラッキーだけで生きている可愛い〝らきめ〟を見せなければならないのだ。

 コメントが荒れても笑顔は絶やさない、口から吐くのは綺麗な言葉ジュエリーのみ、汚い苦言・弱音ヘドロは飲み込む。

 きっと、わたしは汚いバケモノなのだろう。


 わたしの持ちネタの一つに〝幸運のキス〟というモノがある。

 相手にキスをすると、幸運が宿るというのだ。

 不思議とこれだけは自分の才能かもしれない。


 他人にだけ幸運を与えるという皮肉だが。

 大会前日、わたしは銃子にだけ幸運のキスをした。

 ふつつに対しては、時間がないことにしてキスをしなかった。


 なぜ、あのときにキスをしなかったのだろうか。

 キメラは嫉みという要素も取り入れて、わたしという人間は変わってしまったのだろう。

 このあとに起きることを考えれば、後悔しても仕切れない。


 大会は結果から言えば銃子チームが優勝した。

 銃子はいつものパフォーマンスを発揮して個人成績もトップ、わたしも敵の対策などを徹底的にして足手まといにはならなかった。

 だが、ふつつは調子が悪く活躍できなかった。


 わたしは心の中でざまぁみろと思ったか?

 いや、さすがに心配になった。

 優しいあの子のことだ、わたしから嫌われていると思って気に病んで――


 次の日、ふつつは自殺していた。

 月が綺麗な十五夜だった。

 ショックで声が出なかった。


 なぜ、あのとき幸運のキスをしてあげなかったのか。


 そもそも、幼い妹におやすみのキスをしてあげたら『怖い夢を見なくなるお姉ちゃんのキスは、幸運のキスだね』と言われたところから来ていたのだ。


 わたしは何かを取り込み、得たはずなのに、大事なものを、失った。




 ***




「憐れなキメラの過去語り、どうだったかな?」


 らきめは泣き笑いのような、微笑を浮かべていた。

 京太は皮肉や冗談を言えない心境だ。


「今も……その子の死が銃子とお前に……」

「そゆこと。特に銃子は、あの子がいない世界なんてどうでもいいとか思っちゃってるみたいでね。どんだけあの短い期間で入れ込んでるっての。まっ、どっちみちわたしが全部悪いんだけどね」

「らきめ……お前は悪くない……」

「ありがと、そう言ってくれるのは皮肉でも何でもなく嬉しいよ。けど、姉妹じゃなくて、ライバルのVTuberとして見ちゃってたわたしが悪いんだよ。きっと、あの子はそれを気が付いて、姉という存在が――わたしのことを嫌になっちゃったんだろうね」


 家族間――それも姉妹という関係に他者が口を挟むことはできない。

 京太はこれ以上かける言葉がなかった。


「わたしが京太チームを育てて、きちんと銃子を敗北させてあげるのがわたしの責任の取り方。これで銃子が何も変わらないかもしれない。けど、わたしは京太を――」


 らきめは笑顔を見せながら仮想変身アヴァタライズした。


「京太っちたちを見た瞬間、なんか銃子を変えてくれそうだと思ったなの~」

「なっ!?」


 らきめは、京太の頬にキスをしてきた。

 吐息の熱さを感じる。

 大人の香水がフワッと鼻腔をくすぐる。


「だから、明日は勝ってね。幸運を貴方に」


 京太がポカンとしていると、らきめは部屋に戻ってかおると桃瀬にもキスをしてきたようだ。

 そのあとにベランダからアバターの高い身体性能を使って、闇夜へと飛び立って行った。


「本戦はわたしっちも本気で戦うなの~! 寝坊しないようになの~!」


 そんな声だけが聞こえてきた。

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