恋愛の嘘は羽根より軽い
京太は数回のプライベートダンジョンのテストをしたあと、かおるに配信のゴーサインを出した。
「よし、【World Reboot Online】【無鉄砲なゴブリン】【レベル1】【一階層】という呪文がテストで成功した。今回、これを応用すれば――」
「あの……こんなので本当に大丈夫なんですか?」
「流れは説明しただろ」
「いや、でも……」
「俺を信じろ」
自信たっぷりに言い切る京太は、かおる視点では頼れる存在に見えてドキッとしてしまった。
しかし、次の京太の一言で渋い顔になる。
「俺はリスナー――ご主人様で、しかも男だからな! ガチ恋勢ではないが、そいつらの思考は何となくわかる!」
「……じゃあ、こっちの思考もわかってくださいよ」
「何か言ったか?」
「いえ、ぜーんぜん。何も言ってませんよ、ご主人様ッ!」
「そうか、それじゃあプライベートダンジョンに新たな呪文を打ち込んで再生成するから、中で配信を開始してくれ」
「はいはい、わかりましたよーだ……。じゃー、予約していた枠を開始しますね~……」
「なんか不機嫌になってないか、あいつ」
どこかかおるのテンションが下がっているように見えてしまい、本当にこのまま配信を始めて平気なのかと心配になってしまう。
だが、配信が始まった瞬間――
「こんて~ん! 地上へ舞い降りてきたお世話系メイド天使、天羽かおるでーす! 今日もみんなに楽しんでもらうぞー!」
弾けるような明るい声。
一瞬で配信モードの天羽かおるに切り替わり、さすがだなと思った。
リスナーであるご主人様たちもコメントを寄せてくるので京太もスマホでチェックする。
● こんてーん!
● こんてん!
● こんてんてん
● こんー! ソメスープ!
● かおるちゃん、心配したよ。大丈夫だった?
「平気ですよ~。ちょっとバーチャルの世界から、リアルの世界に出てきちゃいましたけど、ほら。この通り!」
● クルッとまわった!!
● うおおおお! Live2Dでも、3Dでもない受肉したかおるちゃんだ!
● 感動して泣きそう
● イラストレーターのAママが生み出してくれた超美麗デザイン……ふつくしい
● デカい
「背は158あるから、ちょっと女の子としてはデカいかもしれませんね」
● いや、そうじゃなくて部分的に……デュフフ……
● デッッッッ
「うん? 何の話ですか?」
● やめなー
● リスナーたるもの、推しの前では紳士たれ
● こっそり淑女もいる
● 新規で変なのが集まってるから相手にしない方がいいよ
● 匿名掲示板50chからキマスタ
「初見の方も大切なリスナーさんです! 配信で楽しめたらチャンネル登録、高評価をしてくれると嬉しいです!」
● たくましい
● そんなことより謎の黒い大剣アバターの男を出せ
● かおるちゃんが男と一緒に配信するはずないだろ
● 運良くバズっただけの底辺女VTuberのクセにw
● あの男はたまたま映っただけだよね? そうだよね、かおるちゃん
● ユニコーン乙。男にピンチ助けられたならそのまま付き合ってんだろ
● やめろめろめろやめろめろ
(やべぇなぁ……俺が予想していた以上にコメント欄が荒れ始めている……。そろそろこっちも喋らないと……。同接が一万人から増え続けている……さすがにこんなに見られていると緊張する……。しかし、演じなければ……天羽かおると一緒に配信しても大丈夫な男を……行動を間違えるなよ……絶対に間違えるなよ……一歩間違えば炎上して……。あっ、もう台本的に紹介されるタイミングだ)
「今日は紹介したい人がいます。昨日あげた動画を見たご主人様たちならわかるかと思いますが、私を助けてくれた黒い大剣アバターさんの京太です」
「今、かおるから紹介された京太だ。灰色の竜を探している。知っていたら知らせ――」
● かおると呼び捨てだとおおおおおおおおおおおおお!?
● は?
● よく見たら地味にイケメンで女食いまくってそうw
● ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す
● いやああああああ男よおおおおおおおお
● かおるちゃんに男……裏切られた……
(いきなりミスってるじゃねーかよ、俺! ああああ、何か弁解しなければ……)
「呼び捨てにしていいと言われたから、呼び捨てにしているだけだ」
● そんなに親密な仲なの!?
● オワタ
● クリスマス用のチキン冷めちゃった……
(……何を言ってもダメだなこりゃ。想像以上に恐ろしい事態だ……)
「こほん、お前たちは何か勘違いしているようだ。俺とかおるは、ただ一緒に戦うだけの間柄だ。今からダンジョンで戦うところを見て、それをわかってくれると嬉しいぞ」
● 戦うだけでわかるわけないだろw ド低脳がw
● ボクがかおるちゃんと一緒に戦いたいよー
● 京太死ね京太死ね京太死ね京太死ね
(こ、これは思ったより……実際に言われると胃にダメージがくるな!! しかし、冷静を装って台本通りに進めるんだ……頑張れ俺……。それに比べてかおるはメチャクチャ冷静だな……普段のアレさとは違って、プロの表情をしている)
「では、ダンジョンを進んでいきましょう~。あ! あそこにゴブリンがいますね! 私はサポート系のスキルだけしか持ってないので、京太に倒してもらいましょう!」
「あ、ああ。今から俺は戦うからコメントを見られなくなるが……」
● テメェにコメントなんて読んでほしくねーよ
● そのゲロくせぇ口を塞げ
● かおるちゃんの美声をジャマするなカス
● はよゴブリンに殺されろ
「……うっ。戦いに集中する」
京太はあとで胃薬を飲もうと心に決めつつ、少し先にいるゴブリンに近付いて行く。
殴りかかってくるゴブリン。
京太からしたら戦い慣れすぎている相手で、しかもレベル1に指定しているので攻撃を華麗に回避してから、大剣の一振りで倒す。
「どうですか、京太。私のスキルで以前より強くなっていますか?」
「ああ。10%の底上げはデカいな」
初めてかおるが役立った気がするのでもっと褒めようかと思ったが、リスナーが見ている前だと炎上しそうなので止めておいた。
思っていた以上に配信というのは気を遣う。
そうして次々とレベル1ゴブリンを倒していくと、ボスがいる部屋まで辿り着いた。
ダンジョンの構造を【一階層】と呪文で指定したので、ここのボスを倒せば終わりだ。
「お、もうラスボスか~。なんか早いな~」
京太は白々しく台本のセリフを読む。
まだリスナーにはプライベートダンジョンのことをバラす気はないので、普通のダンジョンに潜っている
「ボスはどんな相手かな~……。こ、これは!?」
またまた白々しく、扉を開けた先にいたボスに驚いてみた。
「間違いない~! 〝World Reboot Online〟――通称WROで出てくるイベント限定モンスター! アメミットじゃないかー!」
アメミットというのは、頭はワニ、上半身はライオン、下半身はカバというエジプトの神話に出てくる生物だ。
なお、このゲーム版は工数を減らすために元からいたワニモンスターの頭と、ミノタウロスのマッチョな身体をくっつけただけの簡易的なデザインとなっていて、本来の神話の設定も超意訳されている。
イベント限定の使い捨てモンスターにそこまでの予算と時間をかけられないというリアルさの犠牲になったモンスターでもある。
「懐かしいな~。四月一日のエイプフール企画で、プレイヤーの登録情報から作られる質問をしてきて、嘘を答えるとダメージを食らうやつだー! すぐに個人情報保護の観点やコンプラの問題から炎上して、来年からはいなくなっていたなー!」
恐ろしい程の説明口調だが、リスナーへわからせるために仕方がなかった。。
簡単にイベント内容を説明すると、たとえばプレイヤーの登録情報が十七歳、男だとしたら、それを『お主は女か?』などと聞いてくるのだ。
そして『女だ』と嘘を答えると、ダメージを与えるスキルを使ってくる。
オフゲーならまだしも、WROは他者がいるオンラインゲーム。
知らずにPTを組んで突入した者たちは、ネカマなどのロールプレイがバレて大惨事になった。
結果的に、世界中で大炎上して二代目プロデューサーが飛ばされるレベルにまで発展した。
京太はコメントの反応を見るために、サッとスマホを取り出した。
● 世界的MMOであるWROの三大炎上案件の一つか……
● し、知っているのか!? ご主人様!!
● 三大炎上案件……それはWROの長い歴史の中で三回炎上して、三人のプロデューサーの首を地獄へ送ったという伝説の……
● 火力たけぇな
● そのアメミットの嘘を見破るスキルは現実でもやってくるの?
● 昨日、ダンジョンでネナベアバターを暴かれている配信があがっていたw
● 草
● マジかよ、アメミット怖いな……
● ということは黒い大剣アバターの中身が京太じゃなくて、京子ちゃんだと暴かれるのもワンチャン!?
ネカマじゃねーよ、と心の中で呟きながら、スマホをしまった。
「よーし! ダメージを食らわないように、正直に答えながら倒さないとなー!」
そして、同時に内心ほくそ笑んでいた。
当然だがここはプライベートダンジョンなので、このアメミットは呪文で狙って生成したものだ。
なぜこんなことをしたか?
それは、嘘を見破るというアメミットのスキルを逆手にとって、京太の誠実さをリスナーにアピールするためだ。
京太本人が恋人ではないと否定するより、第三者の絶対的な嘘発見器に否定してもらった方がリスナーも安心できるだろう。
それと、普通は基本的なプロフィールしか質問してこないのだが――
『我はアメミット……嘘を許さないモノ……。第一の質問を答えよ、お主のファーストキスはいつだ?』
今回は呪文によって【恋バナが好きなアメミット】と性格付けを行ったのだ。
さすがにモンスター自体を大きく改変することは難しいのだが、先ほど
そこから今回の配信の小道具として生成したのだ。
ここでかおるとの恋愛関係をすべて否定するような回答をすれば、恋愛スキャンダルとして発展はしないだろう。
「ファーストキスはいつか? だと……? 俺の記憶ではファーストキスはまだだ! 記憶にないとか、寝ているときはわからないが! 俺は自信を持って言える……キスなんて人生で一度もしたことがない!」
『……真実』
アメミットは攻撃をしてこないで、表示される特殊なHPバーの四分の一を減らした。
これをあと三回繰り返せば勝ちだ。
スマホをチラッと見る。
● エグい敵だな……
● うぷぷw キスすらしたことがない京太ザッコwww
● 馬鹿にするな……
● そうだ、キスなんて……したことがなくても……生きていける……
● 京太がんば
一部、まだ煽ろうとしている者もいるが、大半は自分たちと同じ陰キャだと気が付いてくれたらしい。
この調子で誤解を解いていこうと考えた。
『第二の質問を答えよ、お主は童貞か?』
「ああ、童貞だ!」
『……真実』
京太は胸を張って堂々と答えた。
その姿にリスナーたちは心を打たれた。
● 童貞であの強さ……
● 俺たちの星かもしれないな……
● いや、待て……最近の童貞は女にモテるとも聞く……まだかおるちゃんと付き合っている可能性も……
● 童貞の妄想乙
モテる童貞は心身共にイケメンなだけだぞ、と心の中でツッコミを入れてから次の質問を待ち構える。
(といっても、もう流れ的には俺のモテなさや陰キャ具合が証明されてるから平気だろ。これなら一安心だ)
そう思って油断していたのだが――
『第三の質問を答えよ、お主に好きな相手はいるか? ライクではなくラブという意味で……だ』
「好きな相手……」
この質問は少し考えてしまう。
リアルで好きな相手というのはいない。
家族愛的なものでいえば妹なのだが、ラブと言っているので違うだろう。
しかし、二次元も含めてしまえばラブという領域に入っている者もいるような……気がする。
(アニメや漫画は魅力的なヒロインが多いからな……。いや、それに……VTuberとしての天羽かおるに対しても……もしかしたら……? ここは間違えられない……誠実さアピールの安パイでいくしかない)
「好きな相手は、いる」
『……真実』
誠実さはアピールできた、しかし――
● 好きな相手がいる……もしかしてかおるちゃん?
● おいおいおいおい、におわせってやつか?
● あああああああもうお終いだああああああ
● ユニコーン発狂
● 流れ変わったな
(まずいな……変な
想像以上の恋愛スキャンダルの扱いの難しさを体感しつつ、ハイライトの消えた死んだ目で最後の質問に挑む。
『最後の質問を答えよ、お主はPTメンバーの女を愛しているか? これもライクではなくラブという意味で……だ』
どストライクな質問がきた。
一瞬、即答しようとしたのだが、つい深読みをしてしまう。
もし、愛していないと答えて嘘判定をされたら、それこそ大炎上してしまう。
(いや、俺がかおるを愛しているはずないだろう……?)
そう内心思っていても、今の状況はビルの上で鉄骨渡りをしているようなものだ。
一歩踏み外せば死んでしまうという緊張感がある。
その極限の状況の中で即決できるほど、確信が持てないのだ。
(だが、VTuberとしての天羽かおる相手なら……確かにちょっと……いいなとも思っていたかもしれない……。外見は神イラストレーターさんが描いたもので一目惚れに近いし、演じているキャラも包容力ある二十二歳のお世話系天使お姉さんだ……。逆にこの要素で嫌いな男の方が少ないだろう……)
チラッとかおるの方を見ると、いつもの配信スマイルを振りまいていた。
(嫌いではない。いや、ハッキリ言って好きだ)
ここで問題なのは、アメミットがVTuberとしての天羽かおるか、中の人である田中薫子のどちらについて質問をしてきたか……ということだ。
(ミスれば炎上からの死亡確定だが……アレからして
京太は一呼吸置いてから答えた。
「俺は愛していない」
● 言ったあああああああああ
● どっちだ?
● ゴクリ……
● どうなる
『……真実』
アメミットはそう告げると、宝箱を残して消滅していった。
ダンジョンクリアだ。
● かおるちゃんは清い身体と判明
● よっしゃあああああ!!
● ユニコーン大勝利
● オレは最初から童貞野郎を信じていたよ
● じゃあワイも
● ワイもワイも
京太はアメミットとリスナーを攻略したことにより、フッとしたニヒルな笑顔を見せていた。
しかし、その反面――
(うわー……メッチャ緊張した。たぶん大丈夫だとは思ってたけど……手汗すごい……。ミスってたら数万人に袋叩きにされ続けるという恐ろしさだったわ……)
ゲーム内のアメミットは、プレイヤーの登録情報を元に質問をしてきていた。
それが現実世界にも反映されているのなら、『PTメンバーの女』という指定も中の人の情報について聞いてきたということだ。
つまり、京太としてはVTuberの天羽かおるではなく、女子中学生の十四歳少女――田中薫子に関しては愛していないと断言できるのだ。
「京太、やりましたね」
「あ、ああ……」
カメラから見えない位置にかおるの顔が移動してきた瞬間、かおるの顔が死ぬほど不機嫌そうになって睨んできたが気のせいだろう。
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