一夜にして世界の中心になってしまったふたり

 世界にモンスターが出現した次の日。

 匿名掲示板50chのモンj実板の天羽かおるスレだけではなく、YOTUBEのコメント欄、Twiitter、まとめサイト、果ては各国政府間などで〝とある動画〟に対して大きな反響が巻き起こっていた。


● おい、見たかアレ

● アレってなんだよ

● 決まってんだろ、何とかってVTuberがあげた動画のことだよ

● ああ、天羽かおるって名前の底辺個人勢のか……すごかったな……

● 他の配信者の動画じゃ小型モンスターにすら苦戦してるシーンばかりだったのに

● あの動画はすげぇ勢いで大型相手に無双してたな……黒い大剣アバター強すぎ

● ソロであの強さってチートか?

● ばか、チート使ってたアバターは頭がおかしくなってモンスターみたいになるって話だろ?

● あのアバターは〝World Reboot Online〟だったはず……なんだけど思い出せない……

● 攻略Wikiを調べたら、背徳天騎士……読み方はシャドウクルセイダー。厨二病乙w

● あー、あったあった。2つのモードを使う最弱のゴミ職業で、しかも前プロデューサーが自分の分身だとか発言したあとに不祥事を起こして、調整も放置された呪われた職業

● そんな最弱の職業で強いのかよ……中の人はバケモノか……

● それに、たぶん最速で支配地域開放をやったんだろう?

● 当たらなければどうということはない、を現実世界でやった男。いや、アバターだから女かもしれないのか?

● 戦闘力ヤバすぎんだろ……

● 黒い大剣アバター本人のSNSアカウントはどこにもないっぽいな

● じゃあ、あのVTuber……えーっと、天使かおり? だっけ、登録しておかなきゃな。また映るかもだし

● 天羽かおるちゃんだっての。古参ご主人様(ファンネーム)のオレからしたら、男と一緒にいるの嫌だな~

● ユニコーン乙! っぱ、男とも一緒に配信できるイセルちゃんなんだわ!

● うるせぇ! 過去、好きな声優に結婚+不倫+タンス隠れ+三股が発覚したオレの気持ちがわかるか! キャラも死んだし、踏んだり蹴ったりでトラウマなんだぞ! 信じられるのは天羽かおるちゃんだけなんだ!!

● 最近はVTuberでも割と恋愛スキャンダルが発覚して――

● すぐに消せすぐに消せすぐに消せすぐに消せすぐに消せすぐに消せすぐに消せ

● V豚こわっ

● なんかマジレスしてスマソ……




 という一連の流れを見た京太は、ポカンとした表情のかおるに言った。


「よし、コンビ解散しよう」

「なんで!? 解散なんで!? 各所ですごい盛り上がってますよ!」


 混乱気味のかおるに対して、京太は汚部屋の掃除をしていた。

 昨日、少し寝てしまったので早めに起きて一宿一飯の恩がてら掃除をしていたのだ。

 部屋の中がゴミ袋で埋まっていく。


「なんでって、俺が男だからだ」

「男女で配信すると炎上しちゃうってことですか!? 別にそれくらい――」

「よくないだろ。天羽かおるは男と配信するようなキャラじゃないし、リスナーもガチ恋勢が多めだ」


 ガチ恋勢とは、その名の通りVTuberに恋をしているリスナーたちを指す。

 傾向としてはアイドルのような売り方をしているVTuberに付きやすいファン層だ。

 諸説あるが、恋ではなく強い憧憬の念や尊敬、崇拝をしている者を指すこともある。

 一見、外部からは気持ち悪いオタクと見られがちな層だが、古くは中世の歴史の演劇界でも熱狂的なガチ恋勢はいたし、近代でも世界的な歌手や映画俳優にガチ恋する者もいるので、こういうのは人間の性なのだろう。

 この熱心なリスナーたちは大抵のことでは離れないが、対象に恋愛スキャンダルが起こったときだけは別だ。

 そうすれば一気に離れるし、反転して最悪のアンチになる可能性が高い。


「で、でも……」

「それに一気に登録者数が増えただろう」


 天羽かおるチャンネルの登録者数は昨日まで千人程度だったが、今やバズったおかげで十万人まで増えていた。

 なんと百倍である。

 企業に所属していないVTuberで十万人というのは、かなり限られた選ばれし存在とも言える。

 アメリカンドリームならぬ、VTuberドリームだ。


「チャンスじゃないですか!」

「チャンス? バカを言え。こんなの炎上リスクが半端ない状態だろう。そこに元々の支えてくれたガチ恋勢たちが発狂しそうな男の俺とのダンジョン配信をするなんてできるか、バカ」

「むー、バカって言う方がバカなんです!」


 かおるがチャンスだというのもわかるし、焦る気持ちも当然だ。

 しかし、安易に炎上させて、かおるのVTuberとしての可能性を潰すのは、配信を見てきたリスナーとして忍ばれる。


「恋愛スキャンダルがなんだっていうんですか! それくらい――」

「あのなぁ……リスナー側から言わせてもらえば、恋愛スキャンダルっていうのは、スキャンダルの中で一番重くて、長く尾を引くものなんだよ……」


 スキャンダルにも様々な種類があるのだが、大抵は時間の経過と共に許してもらえる。

 しかし、恋愛スキャンダルだけはリスナーの心に深く突き刺さって、どんな面白い配信をしようと素直に見ることができなくなってしまうのだ。

 VTuberなら禁断の手段である〝転生〟さえすればいいと考える者もいるだろうが、意外と正体がバレてしまうので無意味だ。

 この時代、ググれば一瞬で転生前がバレるし、まとめサイトや、匿名掲示板ではそれ前提の話題を話し続けている。


(まぁ、相手を幸せにできるような性格イケメンならカップルチャンネルとして祝福されるかもだが、俺の場合はそうでもないからな……)


「む~……。どうにかしてガチ恋勢さんたちを納得させられれば……」

「ガチ恋勢だけじゃなくて、普通に見ているリスナーも俺相手だと、『こんな大剣持ったガラの悪い黒ずくめの男と一緒だなんて……ただの友達だとしても見てるのきついわ……』と思うに違いないぞ、うん」

「さすがにそれは自虐的すぎですが……。うーん、おおよその話には一理ある気もしないでもないですね……」

「だろ。一番簡単なのがコンビ解消だ。別に一緒に配信しなくても、協力スキル【プライベートダンジョン】を使う時だけいれば――」

「それって都合の良い女ってことじゃないですか」

「うっ」

「それともアレですか、もしかして私のこれからの可能性を潰さないようにしているんですか? 過保護にも程があります」

「べ、別にそんなわけじゃ……」

「私はこのチャンスを逃したくありません。復讐という目標のため、リスクは覚悟の上です。京太も理解できますよね?」


 それを言われたら否定することができない。

 京太も同じだからだ。

 しかし、京太はかおるを利用している立場なので、何かもう一つ自分を納得させる理由がほしくもある。


「大体、かおるの登録者数が増えて俺になんの得があるっていうんだ……」

「じゃあ、これを見てください!」


 かおるは自分のステータスウィンドウを開いて、京太へ向けてきた。


「これは……!?」


 そこに書かれていた表示は、京太が予想していないものだった。


 パッシブスキル【VTuberレベル10:PTの全能力を10%アップさせる。インベントリ(小)。鑑定。ドロップ率アップ(小)】


「ちょっと待て、たしかパッシブスキル【VTuber】は昨日の時点でレベル1、しかもPTの防御力を1%アップさせるだけのゴミスキルだったよな?」

「ええ、はい。仰るとおりのゴミスキルでした。けど、何か今日見てみたら強くなっていました。私とコンビを組む理由、できたんじゃないですか?」


 京太はもう一度冷静に考えた。

 スキル効果のPTの全能力を10%アップさせるというのは、常識的に考えて破格だろう。

 それにインベントリ、鑑定、ドロップ率アップという新たに発生したモノも検証は必要だが、大体のゲームで重要なスキルだ。

 そして、一番注目すべきなのが――


「なんでお前、成長してるんだ……」

「成長……ですか? そりゃ十四歳ですし、将来性はまだまだ――」

「いや、違う。アバターの話だ。そっちは成長しないはずだ。俺がモンスターを倒しても経験値が入らなかったし、昨日ネットで調べた時点でも同じように成長していない奴らばかりで……」

「ああ、そのことですか。調べる場所が悪かったんじゃないですか」


 と言って、かおるが見せてきたのはVTuber関連のコミュニティだった。

 そこにはVTuberスキルが成長したという情報が書き込まれていた。


「成長……している?」


 京太は急いで他の場所も検索して、あることに気が付いた。


「他のアバターは成長していない……。もしかすると、VTuberアバターだけ成長するというのか? なぜ?」

「うーん、もしかして神様がVTuberのファンなのでは?」

「そんなわけあるか……」


 京太はそう吐き捨てつつ、今までの積み重なった違和感が一つの線に繋がった気がした。


「出現したモンスター……無事なライフライン……確保されたインターネット……仕組まれたかのような配信サイトの仕組み……唯一成長するVTuberのスキル……まさか、神って奴がモンスターと人間の戦いを配信させたいとでもいうのか……?」

「あはは、考えすぎですよ。京太は陰謀論とか好きなんですか?」

「まぁ、そうだな……今はこんなことを考えてもどうにもならない。手持ちのカードをどう使うかが問題だな」

「私をカード扱い、ひどくないですか?」

「利用しているのはお互い様だろう。……で、どうやってレベルアップしたんだ?」


 京太が強引に推理することもできるのだが、VTuber関連のコミュニティについてはかおるの方が詳しいだろう。

 餅は餅屋というやつだ。


「そうですねー……。レベルアップしていないVTuberと、レベルアップしているVTuberを普段から観察しているとですね……上り調子か、そうじゃないかというところですね」

「ふむ?」

「レベルが上がっているVTuberは、総再生数、登録者数、コメント数、高評価数が伸びています。収益化している方はスパチャやメンバーシップよるお金もですね」

「なるほど。MMOで言えばモンスターを倒して経験値の数字が増えるように、VTuberは〝ライブ配信〟や〝動画投稿〟をして経験値を稼ぐということか……?」

「たぶん、そういう方向性だと思います」


 そう考えれば、昨日の動画でバズったかおるが一気にレベルアップしたのも納得できる。


「つまり、私がVTuberとして成長すると、コンビを組んでいる京太にもメリットが大きいということです!」

「具体的には、VTuberスキルはどんな効果が増えていくんだ?」

「うーん、意外とトップ層は隠していますね……。ポロッと喋った感じだと、食べるとステータスを大幅アップさせる料理スキルとか、周囲の地形を強制的に大海にしたり、喋った嘘を現実にしたり……とかですかね。個人差はありそうですが」

「とんでもねぇな……」

「直接戦えるような力は今のところないっぽいので、誰かと組む傾向が多いようです。――ということで、私と京太も組んで配信をするのが良いと思います!」

「とは言ってもなぁ……」


 組むメリットができたとは言っても、得体の知れない男――京太と配信する炎上リスクは変わってはいない。

 このまま『はいそうですか』という流れでいくと、結局長い目で見るとあるのはかおるの破滅だけだ。


「うーん……どうするかなぁ……」


 そう悩んでいると、YOTUBEのオススメ動画に『嘘吐きに反応するモンスターと戦ってみた!』というのが出てきた。


「……そうだ、これだ!」

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