アバターだから恥ずかしくないもん!

 京太はまどろみの中、ゆっくりと目を覚ました。

 月並みな感想だが、最初に目に入ったのは知らない天井だ。


「ここは……かおるの家か。夢なら覚めてくれとも思ったが、やっぱりアレは現実だよな……」


 スマホを見ると寝てから一時間くらいしか経っていないらしい。

 まだ寝足りないので再び目をつぶろうと思ったが、喉の渇きを覚えた。

 たぶんこれで目が覚めてしまったのかもしれない。

 渋々と立ち上がり、台所に向かった。

 蛇口を捻ると普通に水が出てくることに感謝しながら、一気に水を飲む。

 そのまま布団に戻って寝ようと思ったのだが、風呂場の方で水音が聞こえるのに気が付いた。


「女子の家……風呂場……。下手に遭遇して変な勘違いをされても困るな……すぐに寝よう……」


 一瞬でそう判断するも、それは儚くも打ち砕かれた。


「あれ、京太。起こしてしまいましたか?」


 風呂場の方から聞こえてくる声に少し驚きながらも、冷静を保って返事をする。


「喉が渇いて起きてしまったから、水を飲みにな」

「もう目が覚めなかったらどうしようとか、まぁ……少しだけ思っていたので。普通に目が覚めて良かったです。あ、起きたついでにちょっと頼みが……」

「頼み?」


 何か嫌な予感がした。

 それもサイクロプスやゴブリンキングを目の前にしたものより、方向性は違うのだがヤバそうな予感だ。


「丁度、ボディーソープが切れてしまったので、替えを持ってきてくれませんか? 場所は――」


 京太は凄まじい表情で眉間にシワを寄せる。

 男女が家に泊まると起きるお約束というやつだ。

 実際にこういうことが起きるとは思ってもみなかった。


「いや、でも俺も風呂入ってる途中でボディーソープが切れたら、普通に誰かに頼みたくなるしな……って、納得するか!!」

「京太、どうしたんですか? 早く持ってきてください」


 一応、泊めてもらっている身ではあるので従うことにした。

 棚にあったボディーソープを手に取り、磨りガラスのようになっている扉の方を見ないようにして声をかける。


「持ってきたぞ、ここに置いておくから――」

「ありがと~」


 見ていないのだが、ガラッと扉が開く音がした。

 そして、手に持っていたボディーソープを奪われる感覚。

 思わず大きな声を出してしまう。


「お、お前なぁ! 少しは羞恥心というものをだな!」

「あはは、京太は何か勘違いしていますね」

「な、何がだよ」

「実は私も試してみたいことがあって……今それをしているんです」

「試してみたいこと……?」


 ということは、アバター関連だと察した。


「私が試していること……それは……! アバターでお風呂に入ったら、ちゃんと元に戻ったときに汚れが落ちているのかどうかです!」

「なんというバカバカしいことを……」

「女子的には大切なことですー! ……まぁ、なので『アバターだから恥ずかしくないもん』って感じです。もちろん、仮想変身アヴァタライズ解除した素の自分なら死ぬほど恥ずかしいですが」


 京太にはその価値観がよくわからなかったために、つい余計な一言を言ってしまう。


「素のかおるより、お姉さんなアバター姿の方が俺はドキドキしてしまうんだが……」

「ぶっ殺されたいですか?」

「ぶっ殺されたくない」


 磨りガラス越しに少しだけ見えてしまった大人のシルエットは確かにアバターのモノだと思いながら、京太は殺される前に布団に戻ったのであった。




 また浅い眠りから目覚めたあと、京太も風呂に入った。

 疲れを洗い流せたようなサッパリした気分であがったら、デスクトップPCで作業をするかおるを見つけた。


「お湯を頂いたぞ」

「えっ!? 大人気VTuber天羽かおるちゃんの残り湯を飲んだってことですか!? さすがにそれは私もドン引きです……」

「ちげーよ」

「冗談ですってば。あ、でも私は大抵の性癖は気にしないので」

「表で言ったら性癖警察がやってきそうだな……」


 そんなやり取りをしつつ、マジメにPCで作業をするかおるの姿はイメージと違っていた。


「かおるは配信の準備か? さすがに配信中だったとかは勘弁してほしいが……」


 なぜ配信の最中だったらヤバいか?

 それは京太が男だからだ。

 女性が配信中に男が登場するということは、家に男がいるということだ。

 普段から実家で父親や弟がいる場合はセーフだが、かおるは家族と離れて暮らしている設定である。

 そこにいきなり男が登場すれば、あらぬ疑いをかけられるだろう。

 もちろん、女性VTuberでも男性と一緒に配信したりする者もいるが、それは普段のキャラの積み重ねなどがあってで、いきなり登場は炎上……どころではない一生消えない大炎上パターンだ。

 なお、これはVTuberだけではなく、芸能界でもお約束だし、古くは神話でも扱われるような人間の本能のようなものなのだろう。


「大丈夫ですよ。今は動画編集ソフトで作業をしているだけです」

「そうか。動画って……今日のサイクロプス戦か」


 覗き込んだモニターの中には、荒々しく戦う京太の姿が映っていた。

 こうして自分を客観的に見るのは何とも言えない――と一般人の京太は思ってしまう。


「これを投稿したいと思います、いいですよね? ダメって言っちゃ嫌ですよ。泣いちゃいますよ。動画編集作業の手間的に」

「いや、俺は構わないが……。YOTUBEの規約とか、こういうのを流すのは界隈的に……世間的にも……どうなんだ?」

「過激な映像を投稿したりすると炎上しやすかったり、投稿場所からBANされるというパターンは、まぁまぁありますね。でも――」


 かおるはYOTUBEの画面を開いて見せてくれた。

 そこには今まででは信じられないようなものが羅列されていた。


「ほら、この通り」

「なっ!? モンスターと戦う動画や、突如できたダンジョンに突入してみた動画がこんなにあがっているだと!?」

「しかも、トップページのここを見てください」

「YOTUBE自体が、緊急時対応として世界異変関連の動画を推奨している……!?」


 信じられない、ありえないという感想しかない。

 モンスター相手の動画なので普段ならBAN確定の過激な動画になってしまう可能性も高いだろう。

 しかし、YOTUBEの言い分では、緊急時の情報収集のために関連動画の投稿を推奨しているというのだ。


「それに世界各国の政府や、大企業もYOTUBEの動画を貴重なソースとして取り扱っています」

「……狂っているな」

「まぁ、緊急事態ですから。今は精査よりも情報の数が欲しいタイミングなんでしょう」


 京太としては、いくら緊急事態だとはいえ何か違和感を覚えてしまう。


「というわけで、私がVTuber天羽かおるとして京太の戦闘動画を投稿しても問題ないということです」

「な、なるほどなぁ……」


 他の大手企業VTuber……登録者数が百万人超えのトップ層でさえモンスター関連の動画を投稿している。

 たしかにこれなら心配はないだろう。


「個人勢で登録者数が千人ちょっとの私が投稿してどうするんだって話ですけどね。まぁ、コツコツと今までやってきたので、これからもコツコツやるだけです!」


 天羽かおるは華々しいVTuber界隈の中でも、言葉は悪いが〝底辺〟の部類だ。

 世間では数十万人以上の登録者がいる大手事務所の話題ばかりだが、その影には天羽かおるのような登録者千人程度の個人VTuberが大勢くすぶっている。

 しかし、京太は知っている。

 登録者数が〝底辺〟だとはいえ、決して配信者としての力が〝底辺〟な者ばかりではない。

 日々努力し、歌声を磨き、配信用のゲームを研究し、リスナーを楽しませ、オーディションを受け続ける天羽かおるのような実力の持ち主もいる。

 問題はキッカケなのだ。


「……まぁ、私のような影響力の低い底辺VTuberが投稿しても、世界は何も変わらないかもですが」


 かおるはいつものように笑った。

 京太はそれを笑わない。


「俺は……そうは思わないけどな」

「えっ?」


 ――そして次の日、バズった。

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