催眠アイテムを手に入れたので、良い事に使ったのに

無尾猫

因果応報。催眠を掛けていいのは……

「これが催眠アイテム……ですか?」


 俺は手渡された物、穴の開いたコインに細い紐を括り付けた、如何にもベタな催眠アイテム?を手に取って聞いた。


 今は放課後の帰宅中で、途中で知り合いと鉢合わせしたらこんな物を渡されたのだ。


「そうよ。それを相手の目の前で揺らして掛けたい催眠内容を二回繰り返して言えばそれだけで催眠にかかるわ。あっ、自分もコインを見ないように気を付けてね。自分も掛かってしまうから」


「……どうしてこれを俺に?」


 催眠アイテムを渡してくれた相手の女性、美樹みきさんに聞き返す。


 美樹さんは昔からの知り合いで、幼稚園から高校二年になる今まで付き合いのある幼馴染の母親だ。


「ちょっとした応援よ。それを使ってウチの娘を好きなようにやっちゃって」


「はあ……」


 つまりこれをあいつに使えと?


 何しでかすか分からないのに?


 普通、娘の方に渡すんじゃないかな。


「まあ、分かりました」


 でも、せっかくだから良い事に使ってみるか。


「ええ。じゃあ楽しみにしてるから」


 そして美樹さんと別れ、俺は家に帰り着いた。


「ただいまー」


 両親が共働きで誰もいない玄関で挨拶し、そのまま自分の部屋に入る。


「お帰り秀雄ひでお


 部屋のドアを開けると、招かれざる客が俺のベッドを占領して漫画を読んでいた。


 その客は、先ほど会った美樹さんの娘の美穂みほ


 俺こと秀雄と同い年の幼馴染だ。


 肩の下あたりまで髪を伸ばしていて顔立ちも整っている美少女で、おまけに勉強も運動も出来るから、高校ではちょっとした人気者だ。


 ……フツメンで学力も運動能力も普通な俺と違って。


「お前、また来てたのか。勝手に部屋に入るなって言ってるだろ」


「別にいいでしょ。おばさんから鍵預かって、ご飯作りに来てやったんだから」


 美穂の言う通り、高校に入ってからウチの母さんがこいつに家の合鍵を渡したのだ。


 共働きで家を留守にしがちな母さんの代わりにご飯を作ると美穂が言い出した所為で。


「だからって俺の部屋に入り浸る事もないだろ」


「だって、リビングで待っていてもつまらないんだもん」


「じゃあ帰れよ」


「嫌よ。私が帰れば誰があんたにご飯作ってあげるの」


「それくらい自分で用意出来る」


「何よ。私の作るご飯が不満だっての!」


 美穂が怒ったように俺を睨んで来る。


 正直言って、不満だ。


 だって、こいつの作るメシは……不味いんだから。


 最初は感謝してたしその内伸びるとも思ったのだが、一年以上経った今でも一向に上手くならない。


 だからそろそろ辟易して来た所だ。


 ここでアレを使うか。


「……そう言えば美樹さんから貰った物があった」


「ママから?何を?」


「これ」


 俺はポケットから紐の付いたコインを取り出して、紐の部分を持って美穂の目の前に突き出した。


「はあ?何それ。まさか催眠アイテムとか言わないよね?」


 そのまさからしい。


 まあ、違っても俺が美樹さんに騙されたって事で笑って流せるか。


 俺は催眠を掛ける為、コインの部分を美穂の目の前で揺らした。


「美穂は秀雄の事がどうでもよくなるー。美穂は秀雄の事がどうでもよくなるー」


 そして掛けたい催眠の内容を二回繰り返して言う。


 ちなみに「お前は俺の事がどうでもよくなる」と言ったら解釈違いが発生しそうだったのであえて名前で指定した。


 美穂はボーッとコインを見てるのかと思ったら、ハッとして目を見開いた。


「私、何でここにいるの?……帰る」


 そしてそのままベッドから降りて部屋を出て行こうとする。


「俺のメシは?」


 俺が質問すると、美穂が部屋のドア辺りで足を止めてこちらを振り返った。


「は?そんなの自分で何とかしなさいよ。あんたの事なんてどうでもいいんだから」


 そしてそれだけ言って完全に俺の部屋と家を出て行った。


「……おおお」


 残った俺は感激しながら催眠アイテムを見た。


 これ、本物だったんだ。


 どうして美樹さんがこんな物を持ってたのか不思議だが、気にしない方がいいか。


 ……それに、こんな使い方は美樹さんを予想外だったと思うけど。


 でも俺はどうしても美穂をそういう相手に見れなかった。


 なのに向こうは付き合ってもいないのに「あなたが好きでやっているんだから許せ」って態度で無理やり勉強させたり、いつまでも不味いメシ食わせたりして来るんだから、そろそろ限界だったんだ。


 だからこれでいいだろう。


 俺は催眠アイテムを机の引き出しに入れて、美樹が用意した食材(代金はウチの親持ち)を使って晩メシを食べた。


 ……味はまずまずだったが、久しぶりのまともなメシに感動した。




 あの日以来、美穂は俺から距離を取ってどうでも良さそうに扱い始めた。


 普段美穂が俺にべったりだった事もあって、学校の皆や俺の家族たちがこの対応の変化に皆戸惑ったが、人気者の美穂が凡夫な俺に愛想を尽かしたという事ですぐ納得した。


 それで美穂から解放された俺は割と気ままに一人の時間を楽しみ……順当に成績を落とした。


 元々俺は勉強が得意でもなければ自分から進んで勉強する性格でもない。


 でも前までは美穂が「一緒の大学に行く」とか言って強制的に勉強させされてたが、今はその時間を一人でゲームするか男友達と遊ぶのに使っているんだから、成績が落ちるのも当然と言えば当然だ。


 ちなみに用が済んだ催眠アイテムは、美樹さんが返して欲しいと言ったから素直に返した。


「まさかこんな使い方するなんてね……」


 と言われたが。


 こういう振られ方もアリ、という感じで納得して貰った。


「後悔しないでね」


 最後に、そんな事を言われたが。


 別に美穂と付き合えなくなったからと、それを惜しむ気持ちはないからいいと思う。


 俺と美穂は疎遠になったまま高校を卒業し、それぞれ違う大学に進学した。


 当然、俺の方がランクの低い大学だ。


 大学で何度か彼女が出来たりもしたが、性格の不一致や喧嘩、個人的な都合などで別れて最終的に一人に落ち着いた。


 大学を卒業した後は普通に就職した。


 ……でもあまり褒められた学歴も持ってなかったので、仕方なくブラック企業に入社してこき使われている。


 実家で母さんに聞いた話だが、幼馴染だった美穂は大学で付き合った彼氏がいて、大学を卒業してそのまま結婚したらしい。


 結婚相手は一流企業に就職して、そろそろ子供も生まれるとか。


 母さんはそれを言いながら「デカい魚を逃した」と責める様に俺を見たが、俺としては「ふーん。幸せならいいじゃん」って気持ちだった。


 俺みたいな冴えない男から解放されて、いい相手を見つけて結婚出来たんだから、我ながら本当にいい事したと思う。




 今日も今日とて俺は手当ての出ない残業をして家に帰る。


 付け加えるなら、大学に入った時期から一人暮らししていて、家に帰った後の家事とかが億劫だ。


 さらに言えば未だに独身で恋人も居ないが、逆に恋愛や結婚とかしなくてもいいと思えるくらいに一人の気ままな生活が気に入り始めた。


 所が帰り道の途中、俺を待ち構えていた様な女の人が現れた。


「久しぶりね」


「……どちらさま?」


 出て来た女性に見覚えがないので聞いたら、その女性は顔を怒りで歪ませた。


「美穂よ!あんたの幼馴染の!」


「……ああ!」


 彼女の名乗りで思い出した。


 言われてみれば顔立ちや声が似てる。


「それで、何の用?お前、もう結婚してるんだからこんな時間に他の男と会うのは不味いだろ」


「あんたの所為でしょ!」


 俺の言葉で火がついたのか、美穂が怒声を上げる。


「俺の所為?」


「そうよ!私はあんたの付き合いたかった!あんたと結婚したかった!あんたの子供を産みたかった!あんな催眠にさえ掛からなかったら!」


 一方、俺は冷静に言い返す。


「でも他の男と結婚しただろ。別に他の人を好きになれとかという催眠を掛けた訳じゃないから、俺じゃなくても良かったという事じゃないか」


「私は!あんな催眠にさえ掛からなかったら他の男に目移りしたりしない!全部催眠の所為よ!」


 そう言われてもな。


 本当に何とも思えない。


「まあ、あの時振られたって事で納得してくれ。まさか今更催眠の所為とか言って離婚とか出来ないだろ。子供もいるんだろ?」


「……あんたはそれでいいの?独り身のままでブラック企業にこき使われて!あの時、私にあんな催眠掛けなかったらそんな事にはならなかったのに!私と一緒にもっと良い大学を出てもっといい所に就職出来てたはずよ!」


 何だ?随分と上から目線で来るじゃないか。


「ほっとけ。俺の人生なんだから落ちぶれるのも俺の責任だ。お前とは関係ないし、気に食わないなら『ざまぁ』とでも言って見下せばいいだろ」


「……そう言うのね」


 美穂は据わった目で俺を睨みながら、スカートのポケットからある物を取り出した。


 あれは……催眠アイテム!?


 いや、前の持ち主は美樹さんだったから、その娘の美穂が譲り受けてもおかしい事はないか。


 でも、これは不味い。


 俺は美穂が何かする前に、逃げるために走り出した。


 けど、目の前に見知らぬ男の人が現れて俺を取り押さえた。


 この男の人……、俺と同年代に見えるが、まさか美穂の旦那か?


 催眠で操られているのか?


 取り押さえられて身動きが取れない俺に、美穂が近寄って来た。


 目を閉じて催眠アイテムを見ないようにしようとしたが、無理やり目を開けさせされた。


「秀雄は美穂の言いなりになる。秀雄は美穂の言いなりになる」


 そして美穂が催眠アイテムのコインを揺らし、俺に催眠を掛けて来た。




 ………。


 ………。


 それから、美穂は旦那と離婚した。


 原因は旦那の浮気として。


 実際には催眠で操られたままの旦那さんが美穂の指示で浮気したのだが、誰もそんな事情に気付けない。


 離婚の際、二人の間に産まれた息子は旦那さんが育てる事にした。


 旦那から巨額の慰謝料を毟って独り身になった美穂は、すぐに俺と再婚した。


 もちろん、俺も催眠で操られていたから拒否権は無かった。


 美穂の乗り換えの速さから、実はW浮気ではなかったのかって噂も出回ったが、美穂は気にしなかったし、元旦那さんや俺も催眠で操られていたから何も言えなかった。


 俺と美穂が結婚した後、俺は辞職して美穂が元旦那から毟った慰謝料を生活費に当てて二人で暮らし、あっという間に子供が出来た。


 娘が産まれた後は美穂が就職し、俺は主夫になって用事がなければ家から一歩も出して貰えなかった。


 そのまま十年が経ち……。


 俺はベッドの上に縛られていた。


 三日前から美穂の言いなりのまま、無抵抗で縛られていたのだ。


 そして今、俺は自分に掛けられた催眠が解けていると自覚した。


 あの催眠って、時間経過で解けるのか。


 前に美穂が現れたタイミングとかも考えると、大体十年か。


 とにかく今の内に何とか逃げ出さないと。


 でも手足がきつく縛られていて身動きが取れない。


 何とか体を転がしてベッドから落ちた時、部屋のドアが開いた。


 そしてドアを開いた当人の美穂が現れる。


「あら、もう催眠が解けたのね」


「なあ、美穂。もう十分だろ。俺を解放してくれ」


 俺は早速お願いしたが、美穂は聞き入れる様子がない。


「嫌よ。それにもう8歳になる娘だっているのよ?今更捨てるつもり?」


「それはお前が俺に催眠掛けたからだろうが!」


「こっちのセリフよ。私だってあなたの所為で人生設計が一回台無しになったんだから」


 ダメだ。こうなったら別の切り口で行くしかない。


「……なあ。俺が何か悪い事したか?確かに催眠は掛けたが、おかげでいい旦那と結婚出来てたじゃないか。今主夫だなんて言葉だけのヒモな男よりもさ。俺は良い事しただろ。なのにどうしてこんな酷い仕打ちをするんだ」


 俺がそう訴える。


 割とクズみたいな言い分かもと思うが、逆にこんなクズのどこがいいんだ?


 だから自由にしてくれよ。


 けど美穂は冷たい目で俺を見下ろすだけだった。


「酷い仕打ち?私だって良い事してやってるわよ。嫁に養って貰うとか贅沢でしょ?どうして拒むの?」


「ふざけんな。俺は一人がいいんだよ。あとヒモだと後ろ指さされるのも嫌だ」


「……はあ。話し合うのも面倒ね」


 美穂は話し合いを放棄し、ある物を手に取った。


 それはもちろん、例の催眠アイテムだ。


「くっ」


 俺はすぐに目を瞑る。


「ちゃんと見なさい」


 が、美穂が無理やり俺の瞼を持ち上げて催眠アイテムを見せつけた。


「秀雄は美穂の言いなりになる。秀雄は美穂の言いなりになる」


 そしてまた催眠を掛けられた。


 またこのまま十年間こいつのいいなりになるのか。


 いや、今回みたいな事をやられると、こいつか飽きるまでずっと……。


 催眠によって意識を奪われながら、俺は絶望した。


 俺は催眠で良い事をしたのに、どうしてこうなるんだ?




あとがき―――――――――――――――


 長編の気分転換にちょっと思い付いたアイデアで書いた短編です


 男子が催眠アイテムを手に入れても、性欲に走らず独善に走ったら……といった感じで


 割と安直なネタですので、既に被っている作品とかあったら申し訳ありません


 結末は秀雄がまた美穂に催眠掛け直してから、独身のまま過労死して勝手にざまぁされて、人生設計台無しになったけどそれなりに裕福な暮らしをしてる美穂が子供に催眠アイテムを継がせるのも考えました


 が、催眠を掛けたら掛け返されるのが順当だと思ってこんな終わりになりました


 美穂がどうして結構クズな秀雄に執着するのか、本当のそれでいいのかは……ご都合的なものとしてご理解いただければと思います

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催眠アイテムを手に入れたので、良い事に使ったのに 無尾猫 @aincel291

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