第2話

「わかっているのは、その名前と現役高校生だということくらいですね。不思議とネットリテラシーは高いみたいで、個人の特定に繋がるようなことは一切呟いていませんでした」


「ああ、なるほど……高校生だったんですね。それくらいの年齢の子って、配信者に本気で恋しちゃったりしますもんね。いわゆる、ガチ恋とかリアコ勢ってやつですか……」


 諸麦さんの話を聞きながら、つい苦笑する。

 現に、私が推している実況者の動画でもよく見かけるのだ。少しでもコラボ相手の女性配信者と絡んだりすると、コメント欄に物凄い量のアンチコメントを飛ばす過激な女性視聴者が。


 それにしても──やはりというべきか、匿名の人物だった。

 こうなると、相手を特定して迷惑行為の証拠を押さえることも難しくなってくる。


「その人は、今もSNSを続けているんですか?」


「いえ……」


 私の問いに、彼はゆっくりと首を左右に振る。そして、こう言葉を続けた。

 どうやら、Miraiは諸麦さんから注意を受けて以来ツイートをしていないらしい。

 それからは、彼女からの一方的な連絡が止んだ。しかしその代わりに、今度は家の郵便ポストに差出人のない手紙が直接投函され、間もなくして家の前に不気味な花束が置かれるようになったのだという。


「その手紙には、どんなことが書いてあったんですか?」


 続けて質問をする。

 すると、諸麦さんは顔を俯かせて口を閉ざしてしまった。どうしたのだろう? 不思議に思っていると、彼の唇が小さく動いた。


「実は、自分の恋人がそこそこ有名人でして……。ネットで検索すれば普通に顔が出てくるんですが、封筒にはその人が写っている画像を印刷した紙が一枚だけ入っていたんです」


「え!? それって、つまりネットで拾った彼女さんの画像を印刷してわざわざ諸麦さんの家のポストに投げ込んだってことですか……?」


「ええ、そういうことになりますね。多分、Miraiは彼女を傷つけるつもりなんだと思います」


「なっ……」


 私はショックのあまり絶句する。

 けれど、同時に安堵も覚えた。彼に恋人がいるなら、私が見たあの人影にも説明がつくからだ。

 きっと、あの配信をしていた時はちょうどその恋人が家に来ていたのだろう。


(そうだよね、考えすぎだよね。もし、Miraiが諸麦さんの家に自由に出入りできる状態なら、彼自身がとっくに気づいているはずだもん)


「あの……その手紙って、まだ持ってます?」


 私は、思い切って聞いてみた。

 すると、彼は「ああ、一応持ってきました」と言いながら折り畳まれた状態の封筒を差し出してきた。

 それを受け取り中身を確認すると、やはり彼が話していた通り女性の顔をプリントアウトしたものが入っていた。

 その女性に見覚えがある気がした私はじっくりと写真を凝視する。


(間違いない……この人は、VTuberの鈴音すずねりりさんだ)


 以前、どこかのサイトで『前世』について言及している記事を見たのだが、記事内に中の人の顔も載っていた。

 ということは、彼女が諸麦さんの恋人なのだろうか。


「あれ? この人って……」


「ああ、ファンには言わないでくださいね。ばれると色々面倒なので……」


 私の言葉に被せるように、諸麦さんが慌てて釘を刺してきた。


「あ、はい。もちろん、言いませんよ」


「ありがとうございます」


 ホッとした様子の諸麦さんを見て、思わずクスッと笑う。


「とりあえず、相手は一向にやめる気配はないようですし……この際、監視カメラを設置したらどうでしょう? もし、その人が家に侵入できたとしても映像にばっちりと証拠が残りますし、警察に相談する手掛かりにもなると思うんですけど……」


 そう提案すると、彼は一瞬だけ考える素振りを見せて「そうですね」と同意してくれた。




 後日、すぐに諸麦さんはドアスコープに監視カメラを設置した。

 一週間後。私は諸麦さんの家を訪ねて早速録画データを見せてもらうことにした。

 諸麦さん曰く、この一週間で怪しい人物が映ったのは昨日だけなのだという。

 彼は寝室からノートPCを持ってくると、その時間帯の映像を見せてくれた。


 時刻は22時12分。601号室の前で帽子を深くかぶった怪しい人物が立ち止まる。

 顔はよく見えないがその人物は女性で、年齢は恐らく十代後半。彼女は何かを考え込んでいた様子だったが、暫くしてエレベーターのほうに戻っていった。

 五分ほど経過した後、彼女は再び現れた。そして、手に持っていたを601号室の前に置くと、足早にその場を立ち去った。

 ちなみにこの日は、花束は置かれていなかったらしい。


「この人、部屋の前に何かを置いていますね……一体、何が置かれていたんですか?」


「──鷹の爪ですよ」


「は……? 鷹の爪!?」


 諸麦さんの回答を聞いて、耳を疑う。

 詳しく聞いてみると、どうやら鷹の爪を使った飾りのようなものが紙袋に入れられた状態で置かれていたらしい。


「ほら、あれですよ」


 私は諸麦さんが指さした方向を見る。テーブルの上には、彼が言っていた通り複数の鷹の爪を紐でつなぎ合わせた謎の飾りが置かれていた。

 どことなく、エスニックな雰囲気を醸し出している。もしかしたら、これは壁に吊るして飾るものなのだろうか?


「あの女性がMiraiだとすると……やっぱり、嫌がらせなんでしょうか? 諸麦さんに拒絶されたから、恨んでいるんでしょうかね? 変な贈り物をして困らせようとしているとか……?」


「うーん……そう捉えるのが妥当な気はしますけど……」


 私たちは頭を抱えた。一応、監視カメラには映っていたものの謎の飾りを置かれただけで実害はないし、警察に相談することもできない。

 結局、犯人の特定にも繋がらなかったためその日は録画データを確認しただけでお開きとなった。

 しかし、その数日後。事態は思わぬ展開を迎えることになる。



 ***



 数日後。

 仕事を終えた私は、いつものように電車に揺られていた。

 今日はとても忙しかった。明日こそは、ゆっくり休みたい。

 そんなことを考えているうちに最寄り駅に到着したので、暫くカフェで休憩しつつ例の事件について考えることにした。


「そういえば、Miraiのアカウントを教えてもらったんだった。一応、見ておこう」


 コーヒーを片手に席に着くと、私は鞄の中からスマホを取り出す。そして、SNSアプリを開き検索欄にMiraiのユーザー名を打ち込んだ。

 やはり、彼女の投稿は諸麦さんに注意を受けた直後から止まっている。


 諸麦さんが言っていた通り、個人の特定に繋がるようなことは何も書かれていない。

 ただ、気になることがあった。それは、彼女が元々精神を病んでいて通院をしていたということと、最新のツイートの内容だった。


『あの人に会えるまで、あともう少し』


 Miraiが最後にツイートしているのは、たったこれだけ。

 意味深な内容に胸騒ぎを覚えた私は、その文章の意味をもっと知りたいと思い、過去のツイートも遡って確認することにした。

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