4.結界/5.変身/6.遭遇
4.結界
「あんたは弱いんだから1人で戦うのはやめなさい! すぐに行くからちょっと待ってて!!」
甲高い声がスピーカーから響き渡って、思わず耳から遠ざけてしまった。
七原美澄、小学6年生。本人によれば魔法少女3年目のベテラン。
私が一番最初に出会った魔法少女でもある。今も私のことをこうして気にかけてくれている、少々言葉遣いがあらいところはあるけれど。
美澄ちゃんの指示ももっともだと思ったので待機することにする。といっても待つだけはヒマだったので結界を張っておく。
魔法少女は結界を張ることができる。それによって任意の領域への侵入を制限することが可能だ。要するに魔法少女しか入ってこれないような空間を作れるということだ。
物理的に移動できなくなるというよりは心理的に入り込みづらくなるらしい。魔法少女になる前は結界があってもそれと気づかなかったし、なった後では普通に入ることができるからいまいち感覚がわかんないけど。
無事に結界を張り終える。ひとまずこれで妖魔による被害が拡大することはないはずだ。
5.変身
5分もたたないうちに美澄ちゃんが現れた。
身長は私より頭1つ分小さい。明るい茶の短い髪を水色のリボンでハーフツインにしてるのはいつも通り。白のTシャツに青のプリーツスカートと今日はラフな格好だ。
「私の、言った通りに、ちゃんと、待ってて、えらいじゃ、ない」
走ってきたせいだろう、息を切らしながら美澄ちゃんは言った。言ってる内容はともかくとして急いで駆けつけてきてくれたのはほんとありがたい話だと思う。
ちょうど水を持ってたのであげる。私の飲みかけだったと渡した後で思い出したけど、まあそこまで気にしないだろう。気にしてたら突っ返してきてるはずだ。
からのペットボトルだけ返ってきた。美澄ちゃんは私の方に赤みがかった挑戦的な瞳をきっと向ければ
「行くよ!」
と言うなり、こっちの返事も聞かずに結界の内部、トンネルの中へと足を踏み入れいていった。
若い娘は元気だななんて年寄りじみたことをぼんやり考えながら、私はその後につづいた。
結界に入ると同時に変身する。時間はかからないし、特にエフェクトとかそういうのはない。ついでに言えば一瞬だけ全裸になるとかそういうのもない。
境界を通る瞬間に切り替わる。
私は白のブラウスにくすんだ赤のロングスカートというシンプルなクラロリみたいなスタイル。
運動性能とかそういうのを気にしちゃいけない。不思議な素材でできてるから見た目ほど動きを阻害しないし、戦闘は魔法が主体だから。
あとなんかこういう魔法少女らしさが魔法の発動に関係あるとかないとか。はっきりしない。
美澄ちゃんはフリル多めのブラウスにひざ丈の水色スカート、随所にパステルカラーの小物で全体を鮮やかにまとめてる。うーん今日もかわいい。
「なにじろじろ見てんのよ」
私の方を見上げながらそんなことを言う。
「今日もかわいいね」
思ってることを正直に伝えておいた。
「はあ!? なに言ってんの? 真面目にやんなさいよ!」
まあ当然か。反省。ちゃんとやろう。
6.遭遇
幅2.5M、高さ2.5M、長さ50Mぐらいのコンクリートむき出しのトンネル。外の光が差し込んでいるが電燈がついてないせいで薄暗い。
そのちょうど真ん中あたり、黒っぽい犬が一匹横たわっている。近づかずともわかる。雰囲気がおかしい。ただの犬ではない。まちがいなく妖魔。
私が一歩前に出る。年上でお姉さんだからとかそういうことではない。扱う魔法の特性上、私が前で美澄ちゃんが後ろの方が戦いやすいというだけだ。
のそり――黒犬は大儀そうにその体を起き上がらせる。同時にプレッシャーが跳ね上がった。その脇腹には確かに本来ないはずの1対の脚が生えていた。
目を離してはいなかった。むしろ全神経を集中させていたはずだ。
犬が地面を蹴ったところまでは見えていた。問題はその先。六脚犬の姿をまったく見失ってしまった。
どこに消えた? 逃げたわけではない。爪がコンクリートを削る音がトンネル内に反響している。
それはまだそこにいる。きょろきょろあたりを見まわすのは愚策だ。視覚だけに頼ってはいけない。すべての感覚を総動員して敵の存在をとらえろ!
言葉にできない感覚。五感以外のもの、あるいは五感で得た些細な情報から無意識的に組み上げた結論。
反射的に魔法を展開する。私と美澄ちゃん含め、全方位にシールドを発生させた。
一瞬遅れて正体不明の何かがぶつかってきた手ごたえ。
危なかった。けれどもひとまず攻撃自体は防ぐことはできた。
「今の見えてた?」
美澄ちゃんが問いかけてくる。
「見えてなかった」
「私も。今のシールドあと何回いける?」
「2回が限度かな」
魔力は休息することによってしか回復しない。ぐっすり一晩休めば全回復するが、戦闘中にそんなことしている時間はない。
六脚犬もまた最初の位置に戻ってこちらを眺めていた。警戒している。あっちはあっちでこちらがどうやって攻撃を防いだかわかっていない。当然の反応。
お互い相手の手札が読めない硬直状態。ここで怯んだ様子を見せるのはまずい。隙を見せたら食いつかれる。精一杯の虚勢を張れ。自分だけはすべてわかってるみたいな面をしろ。
その睨みあいがどれだけつづいたのかわからない。不意に均衡は崩れた。
「私が出る」
美澄ちゃんは私の横を通り過ぎる。
止めることはできなかった。現状手詰まり。私は何の代替案も持ち合わせていない。
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