「まぁまぁ、そんな遠くから?確かに変な格好ですね」


「ハハ。そうすね……」


 質素な木造の家の中、俺は家主の夫人と思われる女性の質問に適当な相槌を打った。本当の事なんて言えやしないのだからこう反応する以外に何の選択肢も無いのだが、しかし家主のオッサンは酷く不満気に舌打ちを鳴らす。


「ほーら。そんなことしないで」


「お前はなんでそう楽観的なんだ?しかもこんな胡散臭いヤツを家に上げようだなんて。物置小屋で十分だよこんなヤツ!!」


 男は露骨なまでに悪態をつく。俺としては吹きつける冷たい風を凌げるだけでも幸運だったのだが、コイツにしてみれば不幸らしい。まぁ、その……許して欲しいとは思う。当てはないけど朝になれば出ていくからさ。


「困ったときはお互い様でしょ?はい、これどうぞ」


 夫人はそう言うと木製のカップを粗雑な造りの机の上に置いた。何もかもが古臭く適当で、正直田舎でもこんな暮らしはしていないだろうと言う程の有様だが贅沢は言っていられない。寧ろ久方ぶりに触れる温情に泣きそうにさえなった。そう考えれば粗末な机も、ただの丸太じゃないかとツッコミたい椅子も、衛生面などとは無縁のカップも我慢できる。でき……


「あの……これは?」


 俺が質問を投げかけた直後、隣のオッサンの視線が変わった。それまでの不信に満ちた視線に露骨なまでの不快感が加わった。やはりまずかったか?


「え?何って、普通のお湯ですよ?」


「え?」


 夫人の回答に面食らった俺はカップの中身とキョトンとした夫人の顔を交互に見やった。嘘は言っていないようだ。が、だとすると……この銀色の液体が水?嘘だろ?


「オイ。喉渇いたってェんで用意したんだぞ?何が不満なんだオイ!!」


 隣のオッサンの声は不機嫌な時の上司そっくりで殊更に心を搔き乱した。んだけども今はそれよりもカップの中身だ。コレ、飲めるのか?そう疑問に思う位、机に置かれた蝋燭の火が照らすカップの中身の液体は見事な銀色をしている。


 困った。夫人の朗らかな顔と隣のオッサンの突き刺すような視線は俺にコレを飲めと訴えかける。古今東西、銀色の飲み物なんて聞いたことも無い。どう考えても身体に悪そうな色をした液体だ。暫しの後、俺はカップを手に取った。好意を無下に出来ないし、コレを飲まなければ隣のオッサンがまたイチャモンを付けてくる可能性もある。


 水だと、そう説明していたんだからきっと大丈夫だ。だって空気も吸えるし言葉だって通じる。まだこの世界の事を殆ど知らないけど、きっと他の物理法則とかも同じ筈だ。だったら、水だって同じだろ?ただ、ちょっと毒々しい色が付いているだけで、口に付ければ……


「ヴォエッ!!」


 クソ!!全然違った。何だこれは、と頭が拒絶する程に酷い何かが口の中を満たした。口に含んだソレは確実に水とは違う何かだと、頭と舌がが訴えかけるままに俺はソレを吐き出した。全く未経験の口触りはいかんとも比喩し難かったが、強いてあげるならば「クソマズイ飲むヨーグルト」が一番近いか。舌触りも最悪だし味に至っては表現しようがなく、たった一口で吐き出したのに口の中に何時までも残る感触が消えない。


「ちょ、ちょっと大丈夫?もしかして熱かったとか?」


「テメェ!!一体どういうつもりだ!!」


「ちょっとアナタ止めてってば!!」


 案の定、オッサンは怒り出した。元より俺を不審者としか見ていなかったオッサンだが、この件で完全に俺を敵認定したみたいで、うずくまる俺に躊躇いなく蹴りをブチ込んでくれた。が、咳き込みながら何度も謝罪を繰り返したのが功を奏したのか、あるいは俺の容態が予想以上に酷いのにバツが悪くなったのか、二度ほど俺を足蹴にしたオッサンは舌打ちと共に寝室に行ってしまった。


「ごめんなさいね。今、ちょっとピリピリしてて……」


「いえ、ゴホッ……こっちこそ」


 そう言い訳するのが精一杯だった。まさか水が飲めませんだなんて言えないし、もっと言えばこれから俺はどうすれば良いのかという考えに頭が支配されていたからだ。世の中そうそう上手く行く事なんて無いとは思っていたが、まさかこんな事態になるとは。

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