風見星治

 何処だろう、ココは?俺は……そう、確か今日もあのクソムカつく上司に残業押し付けられて、それで終電逃して、仕方なく何処か泊る場所を探して近場を彷徨って……ダメだ、ソコから先の記憶が曖昧だ。えーと、公園を歩いていたところまでは覚えているんだが、でも途中からやけに緑が深くなったというか、気が付けば森の中を彷徨っていたんだっけか。


 確かにちょっと車で走れば山が見える地方都市だけど、でもそれでも職場は市街地に近かった筈。こんなに鬱蒼と木が生えた場所なんて近くに……と、周囲を見回すがやはりどれだけ見ても見慣れない景色。まるで……そう、後輩が話していたアニメみたいだ。確か異世界。そう、異世界だ。


「ハハ、馬鹿みたいだ」


 そんな言葉が口を突く。そうだよ、有り得る筈が無い。アニメが好きな後輩の話を総合すれば、こういった場所に飛ばされるのは大抵が死んだ時らしい。が、俺はぴんぴんしてる。連日の残業で酷く疲れているものの足取りは確かだし、何より目線を下げれば生まれてこの方20数年見慣れた2本の足がしっかりと地面を踏みしめてる。


 しかし、足元の現実は周囲の現実との齟齬を生む。混乱する。俺は生きているなら、じゃあ本当にココは何処だ?そりゃあ確かに辛い現実から逃げ出したいと思った事はあるけど、こうも唐突に放り出されるのは想定外もいいところだ。ソレに俺が望むのは南国のもっと温かい国。陽気な音楽聞きながら日光浴して、そんで時折海で泳いで……と、そんな都合の良い夢想から直ぐに目覚めた。


 吹きつける冷たい風が原因だった。で、頭が冷えれば現状を少しだけ冷静に把握できる。おかしい、今は夏の筈だ。今日も今日とて汗だくで出社したんだから間違いない。しかも今年は例年以上に暑いと、もうその口閉じろよと愚痴りたくなるほどにニュースで騒いでいた。だけど今吹きつけた風はどうだ、まるで木枯らしの様に冷たく乾燥していた。これはアレか?本当に異世界に来ちまったのか?


「いや、そんな事ある訳……」


 口から付いて出たのはやはり否定の言葉。そう、そんな話ある訳が無い。早々都合よくクソみたいな現実から逃げられる筈も無い。そうだ、そうに違いない、と思う一方で周囲の景色と身体を心から凍えさせる空気は頭に浮かんだ荒唐無稽な現実を肯定する。何処まで行っても尽きる事のない緑、緑、緑。こんな場所、市街地には絶対に無い。だからと言って歩いて郊外に出たにしては……そうだ。天啓の様な閃きのままに俺はスマホを取り出した。時間だ。取りあえず時間を見れば会社からおおよその距離が分かるんじゃないか。


「こんな馬鹿な……」


 儚い希望だった。スマホの液晶の左隅には「圏外」という無常な二文字。こんな事は有り得ないという考えは脆くも崩れ、有り得ない現実を受け入れろと突きつける。ココは、どうやら俺が知らない世界らしい。


「誰だッ!!」


 直後、背後から低い男の声が聞こえた。

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