八話 霧須磨に、霧斗が、この文章で言いたいことは、少ない。
「生補部として、依頼の未達成は、あり得ない」
生補部への依頼は、生徒からと言う、形を、とってはいるが。
海外留学生、特別クラス。
学園内で、隔離されている、向こう世界の住人の依頼を、受けると言うことは。
向こうの世界に、関わると言うことだ。
見た目以上に、依頼に関わる人が多い。
なら、案件のウェイトは、かなりのモノだ。
基本的に、生補部に拒否権が、ないぐらいには。
依頼者が、圧倒的に強い。
明確な否定材料、相手が、納得できる理由が、ない限り。
拒否・未達成が、ありえないほどに。
大前提として、来た依頼は、達成するしかない。
「なら、ギャンブルに、失敗したときの段取りは、必要よね?」
霧斗が、ココで、何を言おうと。
決まってしまっている流れから、逃げるコトは、デキない。
霧斗が、ナニもしなくても。
意思とは関係なく、勝手に遂行される。
なら、話は、ココで終わりだ。
霧斗は、生補部室を見渡し。
部員が、霧須磨一人だけしかいない理由を、飲み込んだ。
新しく入った部員は、例外なく。
この席に座ることに、なったのだろう。
霧須磨の、罵詈雑言を、待っているかのような、態度。
霧斗が、何かを口にするたび、構えているのが、目に見える。
「答え合わせは、十分かしら?」
「この話が、愛理先生に、筒抜けだってコトぐらいには、十分だな」
「そう…」
目線を外し、霧須磨は、あきらめを、にじませた。
もう、コレで決まりだと。
(大概は、霧須磨を責め立てて。
逃げられないと、長々、説得されて。
ココで、話を飲み込んで。
終わったら、関わらないように、か)
「明日から、土日だな? 霧須磨」
(でも、コレはある意味、チャンスだ)
「あなた…」
(自分の手で、模型ではなく。
不可能だと言われた、ロボットを、製作できる)
「期限が、一ヶ月しかないのは、コッチの世界での話だ」
(付随する全てが、どうでも良い。オレは、ただ、作ってみたい)
「今日が、4月1日、キリが良いな? 土日、祝日もある」
(失敗しても、エリスに、付き合えば良いだけだ。
リスクらしいリスクは、ドコにもない)
「それでも、一ヶ月半ぐらいでしょうね」
(決まりの上で、意思に関係なく、行動させられるコトが、嫌なだけ)
「自分で言っただろ、二重生活は難しくない」
(霧須磨も、エリスも、オレも。
心から、望んでいるわけじゃない。
これ以上ないぐらいの、リスクだと思う。
でも、失敗の対価としては、安い)
「向こうの世界で、生活して。
必要な時間だけ、コッチに戻ってくる。
ソレで、二ヶ月は、確保できるだろ?」
(この話のキモは、時間だ)
「コレだけあれば、オレが、依頼を達成できると、思わないか?」
(ナニをするにも、時間だ。
オレのプランを、霧須磨が、成功しないと断言できるのは)
「それは…」
(期限に間に合わないと、断言できるからだ)
「ようやく、迷ってくれたな。霧須磨」
(この一枚の長机が、最初から決まった流れで。
霧須磨にとって、相手をなだめ、説得する場でしかないなら。
オレにとって、この場は)
「空いた時間で良い。オレに手を貸してくれ」
(霧須磨という立場の人材を、仲間として勧誘する場だ)
「私は、この件に、干渉しないわ」
「干渉なんて、しなくて良い。
オレが、やろうとしていることには、オマエの協力が必要だ」
「同じことでしょ?」
(まぁ、そう来るよな、オマエは)
「霧須磨、全部だ」
「……」
「全部、オレになすりつけろ」
(全部、オレのわがまま、なんだから)
驚きとも違う顔が、霧斗を、のぞき込む。
「理由と口実、建前。何でもイイから、オレのせいにしてくれ。
オマエは、そう言うの、得意だろ?」
「五分・五分ですらない、ギャンブルに乗る、メリットがないわ」
「オマエとエリスが、オレに協力するなら。
オマエの中で、どれだけに、なってくれるんだ?」
「……」
「十分だ」
霧斗は、青バックから、クリアファイルを、机の上にのせる。
「オマエは、コレだけ、してくれれば良い」
霧須磨は、ファイルの中の、数枚のレポート用紙に、目を走らせ。
「全部、あなたの責任なのよ?」
「どうせ、ロクな学生じゃない」
霧須磨は、クツクツと笑い。
「アナタ、本当に、Fクラスにしておくには、もったいないわ」
「違うだろ。だから、Fクラスなんだ」
「そうね、そう言うコト、なんでしょうね」
「さて、次だ」
霧斗は、青バックを肩にかけ、立ち上がり。
「霧須磨。あとは、頼んだ」
「やるとは言ってないわよ?」
「大丈夫だ、オマエは絶対にやってくれると、思ってる」
「理由を聞いても、イイかしら?」
「この依頼。誰よりも、オマエが、納得できてないだろ?」
霧斗は、返事も聞かず、扉をくぐり。
迷いなく、足跡が遠ざかっていく。
霧須磨は、手元のレポート用紙に、目を落とし。
どこか、期待している自分に、笑みがこぼれた。
「ココまで、やろうとする人なんて。
そうそう、いないわよ? 橒戸君」
レポート用紙に並ぶ。
細かい家庭事情。
妹の名前、電話番号。
でっち上げた、家に、長期間、帰らない口実の詳細。
アラは見えるが、要点は、良くまとめられている。
言い訳を埋めることは、難しくないだろう。
「私は、妹さんに、それらしい言い訳を、信じ込ませて。
橒戸君の不良行為が、一切、耳に入らないように。
妹さんが、橒戸君を、探してしまうような事態を、避ければ良い」
文章から伝わってくる、霧斗の人柄。
数枚のレポート用紙に書かれた、文字が、霧須磨に訴える。
「コレだけで良いから、協力して欲しい」
読む相手を、納得させるためだけに、書かれたレポート用紙。
詳細が、細かく書かれているのは。
読み手が、受け取り方を誤解しないよう。
目的を、明確に伝えるためだろう。
並ぶ文字の数は、かなりのモノだが。
霧須磨に、霧斗が、この文章で言いたいことは、少ない。
「シスターコンプレックスに思われても、仕方ないわよ? 橒戸君」
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