四角関係は平和に終わらない
ムーンゆづる
第1話 夏休みの織姫と彦星達
八月中旬のカラッとした日差しが照りつける中、一組の男女が真夏とは思えないような湿度の高い墓地に訪れた。
誰もが墓に水を掛けるからなのか、気分的に湿度が高いからなのか。
男女は林立する大量の墓の前を通り、迷わず二つの墓の前に向かった。
男は左の墓を、女は右の墓を掃除した。
目立つゴミを拾い、墓石に水を掛け丁寧に雑巾で拭き、桶に水を汲み
最後に花立に花を、水鉢に水を入れてお供物を置く。
二人は左の墓から順に線香を置いていき合掌をした。
二人は合掌中、毎年必ず四年前の青春のひと夏を思い出す。
―四年前―
高校生になり初めての夏休み、青春の始まりになるはずが連日部活ばかりだ。
だが、今日はある情報のおかげで部活も苦ではなかった。
ある情報とは、最近女バスで噂になっているサッカー部のイケメンのことだ。
高身長の茶髪センター分けにユニホームで汗を拭う時に見える腹筋がとてもエロいらしい。
そんな情報を昨日手に入れて早速、
二人はサッカー部の練習している場所にやってきて噂の人をキョロキョロと探した。
低身長に茶髪のボブで幼い顔つきが特徴の小動物のようにかわいい蒼羽、黒髪ロングで美人系の美葉は大抵の男子は釘付けになるほど人気だ。
そのため練習をしていたサッカー部のほとんどが美葉達を見ていたが、一人ボールから意識を逸らさずに練習している人がいた。
「高身長の茶髪センター分けってあれじゃない?たしかにイケメンだね。美葉はどう思う?」
「すごいかっこいいと思うけど……あれ、どこかで見たことあるような」
あと少しで出てきそうな美葉のつっかえた疑問はすぐに解消されることになった。
噂の男子が練習をやめ、二人に気づいたのだ。
すると、真っ直ぐ二人の元へ走って向かってきた。
「やっぱり美葉か。久しぶり。俺がサッカー部なの知ってたんだ」
「――もしかして
「美葉の知り合いだったの?」
「小学生からの幼なじみ。最近は話してなかったから久しぶりだけど……すごい変わったね。去年までは髪ももさっとしてて、太ってたのに」
噂の男子――
「俺ももう高校生だからな。この気に心機一転しようと思っていろいろ頑張ったんだよ」
「昔から龍雅は決めたことは絶対最後まで貫き通すもんね」
その後、龍雅のクラスを聞いて二人は校庭を後にした。
「いやーまさかあんなイケメンが幼なじみだなんて恵まれてますなぁ」
「垢抜けたことは私もさっき知ったよ。見た目は変わったけど中身は龍雅のままだった。努力家で一点しか見てない――だからこその鈍感」
久しぶりの幼なじみと再会したにしては複雑すぎる表情と、含みのある言葉で蒼羽はすぐに美葉の気持ちを理解してしまった。
それから毎日、龍雅は女バスの予定を蒼羽から聞いて部活の合間や終わりに二人の元に訪れて話すようになった。
そんな様子を見て男バスの男子が近づいてきた。
「最近龍ちゃん体育館に来ること多いね。ていうかいつの間に二人と仲良くなったの?」
三人の元にやってきたのは黒髪短髪で男子の中ではやや低身長で龍雅と同じクラスの
龍雅とは隣の席で意気投合し、毎日のように放課後は二人で遊んでいる仲だ。
蒼羽と美葉とは男女別とはいえ、同じバスケ部なので話す程度の仲ではあった。
「おう颯馬。前に二人がサッカー部の練習を見に来てから俺もこっちの練習見に来るようになったんだ。美葉とは幼なじみなんだぜ」
「そうだったんだ。でも二人から全くその話聞いたことなかった」
「私は龍雅が垢抜けしてて気づかなかったの」
颯馬が「龍ちゃんは?」という目で龍雅を見るが、龍雅は何故か言うのを躊躇っていた。
だが、すぐに申し訳なさそうに口を開いた。
「俺はそのー美葉が同じ学校なのを忘れてまして。ははは」
「ねぇひどくない?」
美葉は呆れたように大きなため息をついた。
「いや、まじすまん!今度スタバ奢るから許してくれ」
「じゃあ今日よろしく」
「あ、じゃあ私も」
「僕も」
物で解決しようとした龍雅に罰が下ったのか美葉に続いて二人も話に乗っかってきた。
「四人分はきついって……」
そう言って美葉の顔を恐る恐る見ると、美葉は無言の笑顔で龍雅を見つめていた。
「分かりましたよ!全員分奢るからこれでチャラな」
「「「やったー!」」」
こうして部活後に龍雅の奢りでスタバが確定した。
四人は学校から徒歩十分程のところにあるショッピングモールにやってきた。
そこに併設されているスタバに入り、約束通り龍雅は三人に奢った。
四人は趣味も価値観も笑いのツボも似ていて話す度に大笑いするほどだった。
話題が尽きたことはなく、友達を超えて最早生まれた時から一緒の兄弟のように感じていた。
スタバを後にして四人は服を選んだり、ゲームセンターでエアホッケーをしたり放課後の青春を謳歌していた。
龍雅は中学から体型も変わり、着れる服が少なくなってしまったため、蒼羽と美葉に服を選んでもらって蒼羽が選んだ服を買っていた。
帰り際、通りがかりの雑貨屋で美葉は蒼羽とお揃いのストラップを購入した。
七月が終わり、いよいよ夏休みも一ヶ月を切ってしまった。
だが、今日の夜は四人にとっての大きなイベントがあった。
それは高校近くの神社で行われる夏祭りだ。
規模も大きくほかの県からも人が来るほど毎年賑わいを見せている。
四人は部活後、一度家に帰って浴衣で神社に集合した。
四人で回ろうと提案したのは蒼羽で、集合場所と時間も蒼羽が各自にLINEした。
颯馬が集合場所に時間通りにやってきた。
だがそこにはまだ蒼羽の姿しかない。
「まだ僕達だけだね。みんな準備に時間かかってるのかな?」
「らしいよ。二人は後で合流して来るらしいから私達で先にお祭り回ろ?」
「う、うん!時間も限られてるし先に回った方がいいよね」
颯馬は蒼羽の誘いに乗り、二人は人混みの中へ消えていった。
――龍雅と美葉が違う集合場所で二人を待ってるとは知らずに。
一方龍雅と美葉は蒼羽に言われた通りの集合場所にやってきた。
「まだ二人は来てないみたいだな」
「そうね。あ、今蒼羽からLINEがあって先に二人で回っててだって。二人が来るまでは一緒にお祭り回らない?」
「そうするか。人混みだから離れるなよ」
そう言って龍雅は美葉の腕を優しく握り、顔を紅潮させている美葉に見向きもせずに人混みに消えていった。
――誰もこれが蒼羽の計画だとは知らずに。
龍雅に連れられるままかき氷、りんご飴、ベビーカステラ、射的などたくさんの屋台を回った。
移動している時も腕に龍雅の体温を感じる。
――人混みでもそこに龍雅がいることを体で感じることができる今の私はきっと幸せ者なのだろう。
四人で回りたかったが、まだ二人の時間を楽しみたい。
今年の夏休みは疎遠になってしまっていた時間の埋め合わせをするかのように龍雅との距離が近づいた。
もう何年目なだろうか。
龍雅は鈍感だからこの先何年経っても気づいてくれないのだろう。
なら、私から仕掛けるしか。
二人は飲み物を買うために一度手を離していた。
次移動する時、美葉は自分から手を繋ぐことを決意した。
決意を胸に、飲み物をバッグにしまい龍雅の隣を歩く。
美葉は無言でそっと龍雅の手に自分の手を伸ばすが――たった一瞬、恥ずかしさで龍雅を見ていなかっただけで、隣にいた龍雅は消えていた。
蒼羽は颯馬から龍雅のことを大量に聞き出した。
颯馬と龍雅は親友なため、蒼羽の知らない龍雅を知っていた。
――颯馬は出会った頃から私の虜になる男子と同じ目をしていた。
言動からして私を好きなのはほぼ確実だろう。
なら、私への恋心は私のために利用させてもらう。
蒼羽は昔からかわいい顔立ちと誰に対しても分け隔てなく接する性格で周りの男子を虜にしてきた。
それが武器だと知ったのは中学校に上がってからだ。
蒼羽は自分の武器を使って人脈を広げ、信頼を得て何でも思うようにしてきた。
今回も蒼羽は手に入れたいもののために颯馬を利用することにした。
颯馬と屋台を回りながら龍雅の話をしていると、前にいる龍雅を見つけた。
蒼羽の計画の第二段階に入った。
蒼羽は気配を消して颯馬の元から少しずつ離れ、龍雅に近づいた。
そして、美葉が龍雅を見ていない一瞬の隙に龍雅を人混みの奥に引き込んだ。
「うわぁ!」
龍雅は突然誰かに引っ張られ、声に出して驚いた。
「ごめん、驚かせちゃった?」
「なんだ蒼羽か。来るのが遅いぞ。颯馬は一緒じゃないのか?」
「それがさっきまで一緒だったんだけどはぐれちゃって。龍雅は美葉と一緒じゃないの?」
蒼羽に言われてから龍雅はやっと美葉が一緒じゃないことに気がついた。
慌てて周りを見渡すも、とめどなく人は流れていくので見つけることはできなかった。
「俺もはぐれたみたい。お互い様だな」
蒼羽は笑って「そうみたい」と返した。
蒼羽は通知の来てないスマホを見て文字を打っている振りをした。
「今美葉からLINEがあったんだけど颯馬と合流したって。この人混みで待ち合わせも大変になってきたから二人で回っちゃうって」
「美葉が一人じゃないならよかった」
「だね。じゃあ私達も二人で回っちゃおっか」
そう言って蒼羽は龍雅の手を握って人混みに紛れた。
その間、颯馬と美葉は一人で心細い思いをして二人を探していた。
蒼羽は既に颯馬から龍雅の趣味、好み、好きな女優などの情報を手に入れていた。
それらを元に龍雅の好みの女子になりきり――蒼羽は龍雅を落とす。
口調も、仕草も、髪型も全てを情報から推測した龍雅の好みに寄せた。
趣味も合わせ、スキンシップを多めにし、食べ物などをシェアして間接キスを意識させる。
蒼羽の経験も相まって、ものの数十分で龍雅は蒼羽を意識していた。
最後に遺恨を残さないように二人と合流し、四人で少し屋台を回って今日はお開きとなった。
夏祭りの帰り、龍雅は颯馬と二人きりになり蒼羽を好きになったことを相談した。
「今日俺、もしかしたら蒼羽のこと好きになったかも」
「……そっか。龍ちゃんならかっこいいし岡垣さんと話も合うし本当に付き合えそう」
――応援するよとは言えなかった。
颯馬は視野が広く、人の感情を読み取るのに長けていた。
それは長所でもあり短所でもあった。
感情を読み取ってしまうと人の顔色を伺いながら行動することが多くなり、いつしか自分の心の思うままに動かなくなった。
颯馬は龍雅から希望と幸せの感情が溢れているのがすぐに分かった。
だからこそ親友の希望を、幸せを奪うわけにはいかないと、自分の気持ちは一切言わなかった。
ここで本当のことを――僕も蒼羽が好きだと言って正面から龍ちゃんと向き合っていれば未来は変わっただろうか。
この時の颯馬にそんな考えはなく、ただ自分の気持ちを心の奥底に隠して龍雅の話を聞いていた。
「付き合えるように頑張るわ。颯馬は好きな人いないの?俺でよければ手伝うぜ」
「……今はいないかな。ありがとうね」
鈍感な龍雅の優しさが颯馬の心を深海へと沈める。
夏祭り後は四人の関係が少しずつ変化していった。
龍雅は明らかに蒼羽を意識してアタックしていて、蒼羽は満更でもない態度を取っていた。
颯馬は自分の気持ちを隠しながら龍雅の相談相手になっていた。
そんなある日、お盆で部活がないので颯馬が学校の図書室で夏休みの宿題を解いていると美葉がやってきた。
「金山さんも宿題をやりに来たの?」
「今日は颯馬に話というか相談があってきたの」
不安、羞恥、若干の希望。
――あぁ。金山さんもなのか。
瞬時に美葉の感情を読み取ってしまった颯馬は自分が大変なポジションにいることに気づいた。
「相談って?」
相談内容が分かっていても分からないふりをする。
「実は私、昔から龍雅のことが好きで。前までは疎遠でほとんど諦めてたんだけど、最近は距離が縮まった気がしてこの夏で告白しようと思うの」
案の定美葉は龍雅に恋をしていた。
そんな美葉に龍雅の好きな人は蒼羽だなんて言えるはずもなく、颯馬は驚いた振りをした。
「鈍感な龍ちゃんでも気づくくらいアタックすればいいんじゃないかな?」
「たしかに……龍雅が意識するようなこととか考えてみる。颯馬も龍雅の好みとかさりげなく聞いておいて」
「分かった。頑張ってね」
美葉は親指を立てて図書室から出て行った。
それとなくアドバイスをしてこの場は切り抜けたが、これから二人に相談されると思うと先が思いやられる。
「これから僕はどうすればいいんだ……」
問題が多すぎて困惑していると、そこにさらに問題が押し寄せた。
颯馬が机に突っ伏して頭を抱えていると正面に気配を感じて顔を上げた。
そこには小悪魔のような笑顔の蒼羽が立っていた。
「これからデートしない?」
颯馬は考える前に、言葉が口から出る前に、首が縦に動いていた。
勉強道具を片付けると蒼羽に連れられるがままに駅に到着し、行き先も内緒と言われて一時間ほど電車に揺られた。
「着いた着いた。あ、ここで降りるよ」
蒼羽の後に続いて颯馬が降りた駅は片瀬江ノ島駅だった。
ここに来るまで何度も龍雅のことが頭によぎった。
だが、颯馬も蒼羽のことが好きなので折角のデートを断るなど以ての外だ。
「これからどこに行くの?」
「んーそれは颯馬次第かな。ねぇ、海と江ノ島だったらどっちに行きたい?」
弁天橋を渡り、交番の脇にある片瀬東浜と江ノ島への分かれ道の前で蒼羽に選択を迫られる。
颯馬が悩んでいると隣で蒼羽がおもむろに制服のボタンを外し始めた。
「ちょっ?!そんなに外したら下着見えちゃうよ!」
「そんなこと言ってもう見てるくせに」
蒼羽は胸元をチラつかせて颯馬をからかう。
「まぁこれ水着なんだけどね。ブラだと思った?」
小悪魔のような笑顔でネタばらしをする蒼羽に颯馬はドキッとしてしまった。
「水着着てるなら海に行こう。てか最初から選ばせる気なかったよね?」
「あるよ。じゃあここで条件追加ね。海に行くなら今日美葉と話してたこと全部教えて」
その言葉を聞いて浮かれていた颯馬は一瞬で我に返った。
背筋が凍り、冷や汗が頬を伝っていくのを感じた。
蒼羽は依然、小悪魔のような笑顔で颯馬の目の奥を見ていた。
美葉の話は蒼羽であっても相談された颯馬が言うわけにはいかない。
でも、蒼羽の水着を見たいという気持ちがどうしても心の中心でふんぞり返っていた。
――ごめん、金山さん。
心の中で美葉に謝った颯馬は図書室で相談されたことを全て蒼羽に話した。
「――そっか。教えてくれてありがとうね。じゃあ約束通り海に行こっか」
美葉について言及することもなく、蒼羽は海へと駆け足で向かって行く。
颯馬はただそれについて行くことにした。
海に着き、二人は海の家の更衣室で着替えるために一旦分かれた。
蒼羽は女子更衣室に入り鍵を閉めると、堪えていた笑いが溢れ出てきた。
「あははは!本当に何もかも私の思い通りに動く!あとは颯馬を利用して美葉が早く龍雅に告白するように仕向けるだけ。そのために颯馬を沼らせる」
おぞましい笑みを浮かべていた蒼羽は、頬を両手で挟むように二回叩いていつもの笑顔に戻した。
それから二人はかき氷や焼きそばを食べ、海に入って充実したデートを過ごした。
あっという間に日は暮れて夕焼けが海を赤く染め上げた。
「そろそろ帰ろっか。今日はすごい楽しかったよ。ありがとね」
颯馬は美葉への罪悪感を抱きながらもしっかりデートを楽しんでいた。
「私もすごい楽しかった。最後に一つお願いがあるんだけどさ、美葉には早く龍雅に告白した方がいいってアドバイスしておいて」
デートの最後に蒼羽は美葉の話題に触れた。
「でも……龍ちゃんには好きな人がいるんだ。だから今金山さんが告白したら成功する確率は少ないんじゃないかな?」
「告白して意識させることが大事なんだよ。それに美葉のことは親友の私が一番分かってるから任せて。あ、私がアドバイスしたことは絶対言わないでよ――絶対に」
蒼羽の圧に颯馬は「はい」以外の選択肢を与えてもらえなかった。
蒼羽がどういう心境でデートを提案し、美葉の話を聞き出し、アドバイスをしたのかずっと疑問に思っていて常に蒼羽の感情を読み取ろうとしていた。
颯馬はその人の小さな行動や何気ない言葉から感情を読み取っている。
だが、今日一日蒼羽の感情を読み取ることはできなかった。
感情を読み取れるような言動は一切なく、ずっと芝居を見ているかのようだった。
恋は盲目という言葉があるが、颯馬はそれの術中にはまっていた。
蒼羽の強引な誘導に一切気づかず、好きな人だからこそ悪い闇の部分を見たくないという本能的なものが動いてしまったのだ。
ここまで誰もが蒼羽の手のひらで動かされている。
蒼羽の計画は誰にも悟られることなく最終局面を迎えようとしていた。
―次の日―
美葉は今日も颯馬に相談するために学校の図書室に訪れた。
そこで颯馬は昨日蒼羽に言われた通りに告白するよう促した。
「まぁたしかに?龍雅は鈍感だから意識させることは結構大事かもね。じゃあ早めに告白する」
「それがいいよ。それで、いつ頃告白する予定?」
「そうねぇ……あ、来週の花火大会とかはどう?」
来週に高校近くの土手で花火大会が行われるのだ。
「いいね。もし僕に手伝えることがあったら言ってね」
「今日も相談に乗ってくれてありがとう。じゃあね」
そう言って美葉は図書室から出て行った。
その後すぐに入れ違いで龍雅がやってきた。
「龍ちゃんが来るなんて珍しいね。そろそろ夏休みの宿題やらないと間に合わないから?」
「もちろん颯馬と遊びに来た。これからカラオケ行こーぜ」
「でも夏休みもあと少しだよ。龍ちゃんはしっかり勉強してるの?」
「俺のことはいいんだよ。それにカラオケでも勉強できるから。じゃあ行こーぜ」
半ば強引に龍雅に連れられ、二人は近くのカラオケに向かった。
颯馬に相談した後、以前四人でスタバに行った時のショッピングモールで買い物をしていると、偶然蒼羽を見つけた。
「蒼羽ー!やっほー」
「あ、美葉じゃん。こんなところで会うなんて偶然だね。買い物?」
「うん。学校に行ったついでにね。あ――」
美葉は親友の蒼羽にも龍雅について相談した方がいいのではと頭によぎった。
「話したいことがあるんだけどここだとあれだから、そうだね……これからカラオケ行かない?」
「いいよ。美葉とカラオケ行くの久しぶりだね」
こうして二人も颯馬達と同じカラオケ店に向かった。
部屋に入り、数曲歌った後に美葉は龍雅の相談をした。
「私、龍雅のことが好きで来週の花火大会で告白しようと思ってるの」
蒼羽は昨日、颯馬から相談の内容は聞いていたのでだいたい察しはついていた。
蒼羽の指示通り、颯馬は告白を催促して美葉も告白することを決意している。
何一つ滞りなく計画は順調だが――今この場で蒼羽が相談を受けていることが唯一の問題だった。
他人になら嘘を貫き通せる。
他人になら感情を表に出さずに完璧な岡垣蒼羽という役を演じることができる。
他人になら非情になり、多少の犠牲や感情を殺すことなど容易いことだ。
でも――美葉は違う。
美葉には素の岡垣蒼羽が出てしまう。
美葉の前では感情を堰き止められない。
ここで感情を爆発させてしまったら全てが水の泡だ。
だけど……言いたい。
出会った時から抱えて、隠し続けていたこの感情を解き放ちたい。
そう思った時にはもう言葉が勝手に飛び出していた。
「龍雅に告白しないで……私だけを見て、私は、私は美葉が好きなの!」
「私も蒼羽のこと好きだよ?でも告白しないでってどういうこと?」
そう――蒼羽は恋愛的に美葉のことが好きなのだ。
それも熱狂的な愛で、最後に蒼羽の手に美葉がいればいいという狂った考えを持っている。
そのため、龍雅に振られた美葉の傷心につけ込んで美葉を手に入れるつもりだった。
だが、蒼羽は完璧な計画を無下にするほど美葉を愛していて嘘はつけなかった。
「龍雅は私の事が好きなの!だから龍雅は諦めて私のことだけを見て!好き、大好き。美葉が大好きなの!」
蒼羽の言葉は脳を介することなく脊髄から放たれている。
「本当にさっきから何言ってるの?変だよ……もしかして蒼羽も龍雅が好きだからそういうこと言ってるの?」
「だから!私の好きな人は美葉だって言ってるじゃん!」
「じゃあなんで龍雅が蒼羽のことが好きだなんてひどいこと言うの?私が龍雅のこと好きだって知ってるのに」
「だから言うの!龍雅を諦めて私だけを見て欲しいから」
熱を帯びた口論は氷のように冷えた美葉の一言で幕を閉じることになる。
「私は蒼羽のこと好きじゃない。恋愛対象でもないしそんなひどいこと言う人友達でもない」
――違う、違う、違う。
こんな結末を求めていたんじゃない。
私の計画は完璧だったのに。
私の武器は顔と演技と人脈なのに。
なんで、なんで美葉には通じないの。
男達はすぐに食いついて離さないのに。
蒼羽の積み上げてきた何かが全て崩れる音がした。
放心している蒼羽を美葉は睨みつけて荷物を持って出て行ってしまった。
「あぁ……あ、あぁ……待って、置いてかないで」
心ここに在らずの蒼羽は足を引きずりながら追いつかない美葉を追いかける。
その姿を同じカラオケ店にいたジュースを取りに行く途中だった龍雅が見ていた。
「あれ、蒼羽かな。なんだ、同じカラオケ店にいたのかよ。誘ったらもしかしたら一緒に歌ってくれるかな」
二人の口論など露知らず、何気ない気持ちで龍雅は蒼羽を追いかける。
美葉を見失った蒼羽はカラオケの横の路地裏に入って行った。
そして徐々に冷静になっていき、自分が全てを無駄にしてしまったことに、実質美葉に振られてしまったことに気がつき始めた。
「私――何やってるの?こんな筈じゃなかったのに。くそ、くそ――くそ!」
怒りの形相で路地の壁を叩き続けている。
拳からは血が出ていて青く腫れていた。
痛みはなく、あるのは怒りだけだった。
だが、突然ふっと怒りは引いた――否。引いてしまったのだ。
怒りだけならどれほどよかったことか。
蒼羽の心の闇は怒りを、悲しみを、慈しみを全て呑み込み一つの衝動にしてしまった。
それは――
「美葉が私のものにならないのなら、殺してしまおう」
路地裏で芽生えた歪んだ愛は人一人を変えてしまうものだった。
そんな一部始終を見てしまった龍雅は体調が悪いと颯馬に言って家に帰った。
家に着いた龍雅はひとまず状況を整理した。
「蒼羽は美葉が好きだけど振られたから美葉を殺す。あの感情剥き出し具合なら本当にやりかねない」
怖くなった龍雅は美葉に連絡を入れるが一向に返事はなかった。
命がかかっているので、なりふり構ってはいられず龍雅は美葉の家に向かった。
美葉の家には美葉の自転車があり、家には帰っているようだ。
すぐに蒼羽のことを美葉に報告しようとしたが、友達が自分の命を狙っているなど知りたくもないだろうし、いつ殺されるのかと怯える日々を過ごすことになると思い、龍雅はこの問題を一人で解決することにした。
その日は夜中まで美葉の家の近くで張っていたが蒼羽は現れなかった。
「美葉は死なせない。蒼羽にも友達は殺させない」
その決意は人を悲しませる一つの
次の日から龍雅は蒼羽を監視することにした。
日が昇ると同時に蒼羽の家の近くで待機し、蒼羽が外に出ると見つからないようにつけて行った。
つけている途中で美葉から返信があった。
昨日は疲れて寝てしまったらしい。
その後、話の流れで龍雅は美葉に花火大会に誘われた。
龍雅は四人で行くと思っていたが、この調子だとそれは厳しく、断る理由もないので了承した。
来週の土曜、十九時に土手の高架下集合とメッセージが来て、龍雅はOKと返信した。
蒼羽は学校にやって来て図書室に入って、颯馬と何かを話して出て行った。
蒼羽が出た後に龍雅も図書室に入った。
「颯馬、今蒼羽と何話してたんだ?」
「ちょうど龍ちゃんの話をしていたんだ。金山さんと花火大会一緒に見る約束してる?」
「あぁ。ちょうどさっきしたところだけど」
「何時にどこで金山さんと待ち合わせしてるの?」
颯馬が執拗に時間と場所を聞いてくるのでさっきの二人の会話はあらかた予想がついた。
――おそらく颯馬は利用されていて、蒼羽は俺よりも早く高架下に来て美葉を殺すつもりだ。
危うく颯馬を共犯にしてしまうところだった。
みんなを巻き込む蒼羽に龍雅はふつふつと怒りが湧いてきた。
「十八時五十分に高架下に集合する予定だ」
――美葉が来る前に俺がかたをつける。
颯馬は人殺しの共犯にはさせない。
龍雅は嘘の時間を颯馬に伝え、図書室から出て蒼羽を再びつけた。
龍雅が図書室から出るとすぐに颯馬は言われた時間を蒼羽に伝えた。
それから花火大会までの毎日を蒼羽の尾行に費やしたが、蒼羽が美葉と接触することはなかった。
そして花火大会当日の十八時半。
ショルダーバッグにナイフを入れて龍雅は高架下に向かった。
目的地に近づくに連れて足は震え始め、体温は低くなり、夏だというのに身震いが止まらなかった。
でも、美葉を失うことに比べたら恐怖など可愛いものだった。
十八時五十分――高架下に着くとそこにいたのは蒼羽ではなく美葉だった。
そして後ろから何故か颯馬が現れた。
「なんで……集合時間前に来んなよ!」
だが幸い蒼羽の姿はない――と思ってほっとしたのも束の間だった。
反対方向から蒼羽が現れ、美葉に接近していた。
「やっぱり……なんかあるの?龍ちゃんから時間を聞いた時に決意、恐怖、怒り、孤独、そんな感情を読み取れたから」
「……これから何が起きても全て俺のせいにしろ。あと、美葉を頼んだ」
そう言って颯馬がすぐに走れないように押し倒して龍雅は美葉一直線に走った。
「え、蒼羽がなんでここに。でも丁度よかった。この前は――」
「美葉!逃げろー!」
美葉の言いたいことは血眼になって向かってくる龍雅の声にかき消された。
「ちっもう来たのかよ。まぁいいや。美葉――死んで」
ポケットからナイフを取り出した蒼羽は美葉一直線に走ってその刃を振りかざした。
刹那――美葉の視界を見慣れた背中が覆い、赤い鮮血が美葉の白のワンピースを模様づけた。
振りかざされたナイフは龍雅の鎖骨辺りに深く突き刺さった。
「蒼羽をただの人殺しにはさせない。一緒に地獄に堕ちよう」
龍雅は吐血しながらナイフを取り出して蒼羽の首に突き刺した。
蒼羽が動かないように――という名目で龍雅は蒼羽に抱きついた。
一歩遅れて走り出した颯馬は読み取ってしまった。
龍雅の喜びの感情を。
蒼羽の安堵の感情を。
龍雅が抱きついた数秒後、冷たくなった蒼羽はスっと軽くなり龍雅の胸に倒れた。
出血している龍雅に蒼羽を支える力はなく、胸に抱えたまま仰向けに倒れた。
轟音とともに咲き乱れる空の花は人々の目線をくぎ付けにし、美葉の悲鳴も、颯馬の救援を呼ぶ声も、蒼羽と龍雅の歪んだ愛も、何もかもをかき消した。
「花火……綺麗だな。これで一緒に、花火を見る約束、守れた」
「そんな約束どうでもいい!死なないで!せっかくまた仲良くなれたのに!やっと想いが伝えられると思ったのに!龍雅のことが好きなの!だから死なないでよ……」
美葉は膝に龍雅の頭を乗せて龍雅の顔の上で泣きじゃくる。
「そうだったんだ……俺、鈍感だから気づかなくて、ごめんな……」
後頭部から感じていた美葉の体温も感じることができなくなっていき、自分の終わりが見えていた。
「僕のせいで……僕が岡垣さんに利用されたから龍ちゃんが……」
「それは、違うぞ……蒼羽を殺したのは俺、だし。しくじったのも、俺。だから気に病むな。美葉を……よろしくな。楽しかった……ありがと――」
花火に伸ばしていた手が地に落ちていった。
高架下で起きた殺人事件に周りが気がついたのはそれから数分後だった。
次の日、その事件はニュースに取り上げられたが、心中として扱われ被害者も容疑者も記事には載らなかった。
蒼羽を人殺しにしないという龍雅の最後の願いは叶っていた。
颯馬と美葉はこの夏以降に行われた花火大会は必ず二人の墓の前で見た。
四人の夏は来年も、再来年も、幾年も訪れる。
二人が墓にやってくる度に四人の夏の物語は続く。
長い合掌を終えた颯馬と美葉は桶と柄杓を片付けた。
「じゃあまた夜に来るね。颯馬、花火大会まで何して時間潰す?」
「そうだね――カラオケとかは?四人同じ店に揃ったことはあるけど同じ部屋で歌ったことはなかったよね」
「じゃあカラオケ行こっか。夏だけは私達はずっと四人だから」
恋人繋ぎで墓を後にする二人に、二人は嫉妬と応援の眼差しで見送った。
夏になれば二人が隣にいて、また四人で過ごしているように思える。
夏だけは四人ずっと一緒、夏休みの織姫と彦星達だ。
四角関係は平和に終わらない ムーンゆづる @yuduki8
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