第12話 夢子の夢
今年の夏は穏やかに始まった。いきなり夏というよりも春が続いてゆっくりと梅雨から夏に向かって登っていたと言った感じだ。その歩みは穏やかでいつ 季節が変わったのかはっきりとはわからないほどだった。それでも 季節は夏に向かって 確実に進んでいる、こちらの気持ちにはお構いなしに。
ただ 、深緑は美しかった。新緑がいつのまにか濃い緑色の深緑に変わってゆく様が美しかった。葉の緑は同じ 緑なのに なんと 多彩なことだろう。
緑一色 の中に この世の全ての色があるようだった。
夢子の乳房は素晴らしかった。美しい姿をしていた。乳房というのは 腕や 胸と連動していて それ自体で成り立っているものではないとよくわかった。女の乳房は単なる 胸の膨らみではないのだ。腕や胸の筋肉が生み出す究極的な形、姿だった。夢子の乳房の美しさは夢子の腕の美しさなしには考えられなかった。夢子の腕の付け根が少しずつ膨らんで、乳房に実のったのかもしれない。Yはそんな夢を見た。夢子に早く会わなくてはいけないと思った。
近くの TSUTAYA に行ってみた。もしかしたら 夢子さんに会えるのじゃないかと思って。
今日は雨は降っていなくてTSUTAYA は平日なのに結構混んでいた。幸い一番近いところの 駐車場が開いていた。ラッキーと思ってそこに駐めた。
最近TSUTAYA の客層がちょっと変わったような気がした。以前は 若い 受験生らしき 高校生が結構 いたのだが 最近は眼にしない。ほとんどが会社員や主婦の方になった。相変わらず 退職された方も何人かはいらっしゃった。学生や若い人あまりいない。これが落ち着いた日常の姿なんだろう。忙しく 次から次へと仕事をこなしていくような人はまずいなかった。のんびりとした時間が流れていた。昼間のTSUTAYA書店の素敵なひと時だと思った。一杯のコーヒーを飲みながらちょっとした話題に時間を過ごせる、そんな店だった。
Yはなるほどな と思った。ここが平日の昼間から混んでいるわけだ。TSUTAYA に全く人が来ていないなんていう日は一度も見たことがなかった。
ご旅行ですか?
えっ!はいそうです。
彼女が手にしていたの 道の駅 を特集した旅行雑誌だった。
道の駅 僕もよく使ってます。
長久手にあるあぐりん村によく行きますよ。
こんなふうに 会話 は始まるんだろう。TSUTAYA書店にはそんな雰囲気が溢れていた。
よくも悪くも 出会いの場である。ただ話しかけたくなるような人には、なかなか出会えなかった。あや子さんや夢子さんのような人にはまず出会えない。
それに 6月の出会いはお天気次第だ。曇りがちで雨が降り出しそうな日は、出会いもグッと 少なくなる。
夢子さんが配置されているのは何支店だったんだろう?自分で運転する車で来ていたから近い支店から来たんだろうとYは思っていた。名古屋支店はまずない。名東支店か 守山支店か 春日井支店かもしれない。その辺りを中心にもう一度 調べてみようと思った。
なおみはおそらく 離婚なんてしないだろうと思っていた。高校を卒業していくお兄ちゃんと、新しく高校生になる弟君。いきなり2人の子供達のお父さんがいなくなってしまうのはどうにも考えづらかった。お兄ちゃんの方は大学へ進学するのかどうかまだ 聞いたことはなかったが、もし進学する気なら学費は今まで以上に大変になってしまう。いくらなおみが介護福祉士で頑張ったところで正直言ってたかが知れているだろうと思った。三菱に勤めている旦那さんと離婚して、介護福祉士だけで 大学生と高校生の 2人の息子を持ってやっていけるとは思えない。おそらくなおみは離婚することなく一宮 の家で旦那と一緒に暮らしているんだろう。なおみからは何の連絡もなかった。離婚する 離婚するというのはなおみの口癖みたいなものでYはまずなおみは離婚しないだろうと思っていた。それは至って賢明な判断だよとYは言いたかった。多少不満があっても大学進学するような子供がいて離婚なんかするもんじゃないとYは思っていた。離婚なんかしないで 旦那に不満があれば、浮気でも何でもしておけばいいんだと思った。モテるんだからその方がよっぽど 簡単だろうと思った。離婚なんかしてもおそらく何もうまくいかない。かえって面倒なことばかり増えるだろうと思っていた。
夢子さんとは 家のリフォームを 辞めることになってしまってから一度も会えていない。あの時あのタイミングで僕が入院 なんかしなければきっと 夢子さんと付き合っていたと思う。二人は趣味が似ていたし、アウトドア好きな彼女とはきっと気があったと思う。Yは玄関横に置かれているマウンテンバイクを見ながら この自転車を興味深そうに見ていた夢子さんの姿を思い出す。あれからもう2年も経ってしまったのか。夢子さんと僕は全くタイミングが合わないんだなぁ。タイミング以外はおそらくみんな合っていただろうと思うのに。
なんで急にリフォームするのをやめるなんて言い出したんだあいつは。
認知症が進んでしまった母に代わって 新しく家主になった妹がリフォームの業者と僕がかわした契約書を見て急にキャンセルしたそうだ。入院と簡単な手術が終わって帰ってきた時には全てはそういうことになっていた。リフォーム を依頼した その会社は決してやばい会社なんかじゃなかった。ごくごく適正な価格で全ての契約はなされていたはずだ。一度言い出したら聞かないやつだからもう今更どうしようもない。正直 リフォームなんかどうでも良かった。ただ突然キャンセルしたために 夢子さんが工事に来れなくなってしまったことが残念だった。一緒に この年代ものの家を直しながら夢子さんと仲良くなっていこうと思っていたのに…。あんなに素敵な人はそういるものじゃない。細身でスラリとしているのに意外に小柄で、笑顔が素晴らしい 夢子さんのような人はまずいない。夢子さんと話した時間はとても短かったが、彼女の人となりはよくわかった。夢子さんは 決して人を騙せるような人じゃない。短い時間の間のやり取りだったけれど、夢子さんは誠実な人で、そして熱心だというのがよくわかった。夢子さんは独学でリフォームの勉強をしたと言っていた。仕事をしながら一人で勉強するのは大変だったろう。それでも リフォームを学びたかったのは、夢子さんがリフォームが本当に好きだったからなんだろう。大金をかけて 新しい家を建てるより古い家を直して住みやすくしていくリフォームの方が夢子さんは好きだったんだろう。そういったところも きっと僕と合うところだと思っていた。古くなったからすぐに捨ててしまうのではなく古くなっても傷んだところをリフォームしてまた 使おうという その考え方が 僕も気に入っていた。ヨレヨレのT シャツの上に首の伸びたトレーナーを着て小さな穴が開いていることぐらい気にしない僕はそんな夢子さんが好きだった。
そういえば 文子さんも ヨレヨレの T シャツをずっと着ていたなぁ。綺麗な子はあまり着るものなんか気にしないのかもしれない。
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