貧乏神
真留女
貧乏神(落語)
えー 世界には数え切れないほど沢山の宗教がございますけどな、
これ実は、ぽーんと二つに分けられるんですワ
一神教と多神教。つまり 神様はこの世にたったお一人だけという考え方とあっちこっちに神様がいるという考え方ですな。
で、日本は、ってーと、八百万と書いてやおよろずと読むのが日本流。
つまり神様が八百万いらっしゃるってんですから、これ人口で言うと大阪府には負けるけど愛知県には勝ってる。神様だけの政令指定都市も夢じゃない
これだけいらっしゃると、拝む方も全部に同じという訳にはいきません。自ずと順位が決まって来る。ランキングってやつですな。
いいランキングが並べば、勝手に裏ランキングができる。『抱かれたい男』のランキングが出れば『抱かれたくない男』のランキングが出るようなもんです。
『抱かれたくない』方にランクインされた方が言ってましたね
「せめて抱かせてくれってお願いした奴に言われたい」って、ごもっとも様です。
まあ、神様総選挙 裏 ランキング不動の一位といえば、死神ですな。これはもう世界中に親戚がおいでになる名門のお生まれ、有史以来ずーっとセンター、生まれながらのトップスターでげす。光があれば影がある、ずっと一位がいれば万年二位が生まれる。どんなこったって一位ならまあいいけど、嫌と言われるわ、二番手だわ、もう踏んだり蹴ったりです。
本日は、そのありがたくない神様ランキング二位の神様のお話にお付き合い願います。
「なんでえなんでえ、熊の奴が、『近所の大金持ちがおっ死んで今夜は通夜だ。きっと豪勢な通夜振る舞いがあるにちげえねえから食いに行こう。なあに客は大勢来るんだから紛れちまえばわかりゃあしねえ』ってえからついてったら、仏はよっぽど嫌われてたんだなあ。客はしょぼしょぼ、振る舞いは煎餅とするめと渋茶だけ。おまけに家の者が控えを片手に、『えーそちら様は仏とはどういったご縁で? 御香典は頂きましたかな?』と聞いて回りやがる。人が少ねえから逃げも隠れも出来ねえ。そしたら熊が『こちら様の御普請の際にお世話になったものでございます。急なことで、取り急ぎ駆け付けました。御香典は明日のお葬儀に持参いたします』と言ったね。
あいつはそういうところがすごい。なんたって根っからの噓つきだからな、
そしたら、『はて、普請といえば先々代の折のお話でしょうか』だと、あの家は先祖代々ケチだったんだ。くわばらくわばら、いくら金があっても金の番して死にたかねえもんだ」
「もおし、もおし」
「ん?」
「もおし、もおし、そこなお方」
「うわあ! おい! お前、人を呼ぶのにそんなに近づく奴があるか!
振り向いた途端にチューしそうになったぞ」
「まあ、ご冗談を」
「何照れて赤くなってるんだよお、しょぼくれたおっさんが」
「もし違てたらすんません。あんさんは、貧乏神と名乗ってらっしゃるお方ではあり まへんかいなあ?」
「貧乏神? ああ、そらおいらのニックネームだ」
「ニックネーム?」
「まさか自分から名乗りゃあしねえよ。周りがそう呼ぶんだよ。貧乏神にそっくりだってな 一体どこのどいつが本物の貧乏神を見てきたっていうんだよなあ」
「はい、わてもあんさんのお友達にお会いした事はないと思いますが」
「ん? そういやあお前さん、やけにおいらに似てるなあ。いや、似てるなんてもんじゃねえ瓜二つだ。もしや、おめえのおとっつあんは、留吉と言わなかったかい?」
「いいええ、わたいに親なんぞございません」
「そうかそうか、苦労したんだなあ、兄さん」
「うわっ! 抱きつかんといて! それよりさいぜんあんさん何と言いました?
この顔が、あんさんに瓜二つやて? あほな! わたいはそんな貧相な顔やおへん」
「いやあ、似てると言っといて自分で言うのもなんだけど、お前はものすごく貧相な顔だぜ 鏡見たことないのかよ」
「おへん」
「わあ、貧乏したんだなあ、兄さん」
「だっ、だから抱きつかんといて! わては鏡にはうつりまへんのや」
「いいんだいんだ、俺んちにも鏡なんざねえ。顔洗うついでに水鏡で整えて…
そうだ」
男は貧乏神の腕を掴んで天水桶のところへ
「わっ! わっ! 何しまんねん! 」
「ほうら、こうやって桶の水をのぞいてみたら、えっ! 見たら… 」
「うつりまへんやろ。乱暴なお人やなあ。袖がほつれるやおへんか」
「なっ、なんで? なんで写らねえんだ。おめえ一体、何者だぁ!」
「いまさらでっかいな。わたいは本物の貧乏神だす。なんや最近この辺りで貧乏神の名かたって施しを受けたり、よそさんのおかずをかすめたりしてるもんがいると聞いて、出てまいりましたんや」
「ええっ?」
「わたいは瘦せても枯れても神さんだす」
「なるほど、瘦せてるし枯れてるなあ」
「ほっといておくんなはれっ! あんたにも誰にも迷惑かけてまへん! それがわたいの誇りやったのに、たかってるの、かすめてるの言われて、わては… わては…」
「泣くなよお、ただでさえきたねえおっさんが、泣いたら目も当てられねえ。
それは違う、情報伝達のミスってやつだ。おいらはたかってもいなきゃ、かすめてもいねえ」
「ほんまに? 」
「ああ、神に誓って。って おめえも神さんか。仲間と飯を食うだろ、最後にみんなから金を集めてる奴がおいらの顔をじーっと見て、悲しそうな顔になって『おめえはいいや』っていうんだよ。ふうらふうらと歩いてると、長屋のおかみさんが飛び出してきて『ほらこれ、おかずの残りもんだけど、これでも食って元気だしなよ』って無理矢理持たせるのさ」
「なんと」
「おいらの貧相はきっと、人の胸に響くんだろうね。このおひとを何とか助けたいってさ」
「そやなあ、わたいもさいぜんからちょっとそんな気に… 」
「おめえ親方に怒られて来たんだろ、すまなかったな。おいらを懲らしめて帰ったら、おめえさんちったあ あっちで出世できるのかい?」
「いいええな、わたいの上には八百万の神さんがもう何千年も前からいはります。わたいなんぞは、人の世に経済ちゅうもんが出来て、金持ちと貧乏人が出来てからの生まれだすさかい、いつまでたっても新参者ですがな」
「ええっ? 上の奴が何千年も居座って動かないってかい。そりゃあ立派な老害だなあ」
「しーっ! そんな事言うたらあきまへん。そやけどなあ、大きな敷地の神宮、神社、社に祠のある神さんは羨ましい時もありますわ」
「神さんにも、ビバリーヒルズ級の豪邸から小さな庭付き一戸建てまで色々ある訳だ」
「そこまで行かんでも、ずらーっと並んだ小ぶりなお社でも、雨露しのげて羨ましい」
「ああそらあ 二戸いち、四戸いち、長屋ってとこだな」
「日本中、歩き回っても貧乏神に社を作ろうなんておひとは、いはりません」
「そりゃそうかあ。おい、おいらもおめえを見てたら何とかしてやりたくなってきたぜ。おっ、そうだ、おいらの家を貧乏神神社にして賽銭箱を置くんだ」
「そんなん、だれがお参りしますねん」
「馬鹿野郎、日本にゃ昔から祟り神信仰ってえのがあるんだ。平将門、菅原道真、崇徳上皇… 怨霊を神さんに祭り上げて、どうぞ私には祟らんといて下さいと拝むんだよ。最初は馬鹿にする奴もいるだろう『貧乏神に賽銭上げて拝めるかい』ってな」
「ウッウッ…」
「泣くなよ。そしたら、おめえがそいつにとりつくんだよ。ばくちは負ける、財布は落とす、入ってた仕事が急になくなる… こうなると、そいつは青くなるね『わあ、貧乏神を馬鹿にしたたたりだ』ってさ、で、慌ててお供え物持って賽銭上げに来る。そういうのを二、三回もやったら、あとはほっといても賽銭やらお供えやら持って人が来る。って寸法よ」
「はあー、あんさん、みかけによらん知恵者やなあ」
「どうでぇ、これでおめえには雨露しのげる家ができ、おいらは寝てても金が儲かる。いい話だろうが」
「いやあ、それはちとむずかしいかなあ」
「なんでだい!」
「なんせ、あんさんには、貧乏神がとりついてますさかい」
貧乏神 真留女 @matome_05
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