第38話 一息つこうぜー4
「単刀直入に言おう。蒼太君、うちに所属しないか?」
大量の高級寿司が運ばれている豪華な応接室。ふかふかのソファに座り寿司を食べながら俺は説明を受けていた。
龍一もいるが、特に口出しせずに黙々と寿司を食っている。こいつ寿司食いに来たのか?
しかし事前に龍一から聞いていたが、やはりそうか。
事務所に所属、あまり縛られるのは嫌なんだがな。縛りプレイが好きなのに。
すると俺が悩んでいるのをフィーバーさんが察して言葉を続けた。
「まず先に言っておこう。俺は君の動画を見て感動した。この子なら世界的ストリーマーになれると確信した。AI翻訳によってもはや言葉の壁はない今、君のプレイはただ世界を魅了できる」
急にまじめな声色で話すから調子が狂うな。
でもここまで褒められると少し照れる。
しかし俺は芸能プロダクションというものを全然理解していないのですぐ契約というのは。
「蒼太君はあまり詳しくないだろうからまずはこの界隈の仕組みを簡単に話そうか。配信者には大きく分けて二つある。個人か事務所に所属するかだ」
するとフィーバーさんがホワイトボードを取り出して説明してくれる。
というかやっぱり実はこの人以外とまじめだな? むしろキャラ作ってるまである。
「個人の場合は自分自身でコンテンツの制作、マネージメント、マーケティングなどを行う。その代わり収益は全て自分のものだし自由だ、何やってもいい。炎上して追放された配信者とか過激系は個人が多かったりするな。それに対して事務所所属は配信での収益のいくらか、うちなら20%ほどを頂いている。つまり儲けでいうなら個人のほうが特に見えるし、自由といえば自由だ」
「ほうほう……」
こう見ると個人の方が確かにお得に見えるぞ。
炎上系とか暴露系とかは個人が多いんだろうな、企業だと問題になるから。
「だが事務所に所属する場合、動画の編集に始まり、ブランディング、プロモーション、スポンサーの獲得などのマーケティング、そして税金対策まで全てわが社が面倒を見る。つまりは配信のみに集中できるというわけだ。ここからは少し説得のようになるが、うちに所属すれば間違いなく個人で活動するよりも収益を増やせるし、登録者数を増やせると断言する。そのノウハウがうちにはあるし、実績もある。なぁ龍一君」
「そうっすね。まぁ俺が言うとこいつ絶対OKするんで入れとは言えないっすけど、ファクトベースでいうと、所属した人全員収益は上がってますね」
「まるでお前の言う事なら全部聞くみたいな口ぶり」
「事実だろ」
ぐっ、確かに野球の時からこいつの命令は絶対というのが俺の頭に刷り込まれている。
監督からも龍一の言うことは絶対に聞くようにと言いつけられていたのもあるが、こいつの言う事はそもそも全部正しいからな。
「蒼太君、君は確かに世界レベルでバズった。チャンネル登録者も先ほど確認したが既に30万人を超えている。だが、伸びが鈍化しつつあり、おそらくは200万ほどで止まると推測できる」
そういって俺の時間ごとの登録者数のグラフを書いていくフィーバーさん。
こう見ると確かに少しずつ伸びが弱くなっていっているのがわかるな。
うーむ、200万か。いや、すごいし想像できないけども。
「悲観することはない。たった一回のバズでこれは正直前代未聞の驚異的な数値だ。でもね、私は君にはそれ以上の価値があると考えている。君の一番の武器は何だと思う?」
「え? セクシーな裸配信ですか?」
「冗談なのか本気なのかわかんねぇよ」
視聴者はそれを求めているんじゃないのか。
当たり前か……。
俺の裸体に需要があるわけ……ないな。
「ふふ、私はね。楽しくプレイするところだと思うよ。配信者とは夢を魅せる職業だ。君のプレイはまさしく魅せる。見ていて楽しいんだ。プレイヤースキルはもちろん高い、しかしうまさで視聴者数が決まるならなぜプロゲーマーより視聴者数が多い配信者がいる? 配信とはね、プレイのうまさを競う場所ではない、視聴者をどれだけ楽しくさせられるかという場所なんだ。蒼太君の配信には楽しかったっていうコメントが多くなかったかい?」
「確かに楽しかったって言ってくれる人多かったですね。なんででしょう。やはりギャグセンスが秀逸だからですかね」
「はっ!」
隣で龍一が寿司を食べながらこっちを見もせずに鼻で笑いやがった。
「龍一、サーモン好きだろ。やるよ」
「お、さんきゅ。…………んん!!!??」
ガハハ、ワサビ大量に仕込んでやったわ。
油断したな、馬鹿め。
お前が寿司のネタでサーモンが大好きなのは知ってるんだよ。激辛好きのくせにサーモンとたまごばっかり食うおこちゃまの舌ってこともな!
「すみません、フィーバーさん。話がそれました。龍一、ちょっと静かに」
「オレ、オマエユルサナイ」
「ははは。君自身が面白いのはもちろんだが、私は君が誰よりもゲームを愛して、楽しんでいるからだと思う。それは得難く、とても素晴らしい才能だ。好きという感情を人は簡単にはコントロールできない。もしそれができるなら勉強したいときに勉強を好きになればいいし、仕事を好きになればいくらだって仕事ができる」
なるほどそれは一理ある。
誰かが楽しんでいると自分もやりたくなるもんな。
そうか、ゲームを好きって気持ちが才能か、まぁ禁断症状が出るぐらい好きだからな。
今も話聞きながら若干早くトワイライトしたいなって思ってる。いや、ほんと失礼ですみません。
「話を戻そう。私達なら君が楽しく配信だけに集中する手伝いができる。だってしたくないだろ? 納税の計算とか、動画の編集とかその他マーケティング諸々」
「滅茶苦茶したくないです。ゲームだけしたいです」
「素直でいいね」
それは本当だ。
税金とかわからん、動画編集とかわからん。
編集は少し面白そうだが、やっぱりゲームの方がしたいし、ゲームする時間がつぶれるのは嫌だ。
というか収益上がって面倒ごと全部投げられるのに損とかなくないか?
それに俺の配信は個人でやらないと問題があるような系統じゃないしな、ただゲームするだけだし。
「ちなみにお前の動画も、うちのスタッフに俺が頼み込んで急ピッチで作ってもらった奴だぞ」
「まじでか」
どおりでクオリティがすごいと思ったわ。
なるほど、聞けば聞くほど俺は所属した方がいい気がしてきたな。
「耳障りの言い事ばかりに聞こえると思うが、契約内容は高校生の君にもわかりやすく後でスタッフに正式に説明させる。だが蒼太君、これだけは信じて欲しい」
そういってフィーバーさんは俺にサングラスのまま目線を合わせ、俺に握手をと手を伸ばしながら言った。
「金のためじゃない。俺がこのプロダクションを立ち上げたのは世界に夢を魅せるためだ。君達ストリーマーならそれができると思っているし、私自身、地獄のような戦場で患ったPTSDから君達ストリーマーに立ち直らせてもらった」
「どういう……」
そういってフィーバーさんは星型おふざけサングラスを外した。
それを見て俺は言葉を失う。
「もはやほとんど見えないこの眼でも、君のプレイはあまりに眩しく輝いていた。だからもっと世界に君を見てもらいたいんだ。私はその手伝いがしたい」
フィーバーさんのその眼は白く、光がなかった。
おそらくは失明に近いのだろう。
だが、それでも燃えるような熱さを持っていた。
俺をまっすぐ見つめ、笑いながらウィンクする姿は思わず信じてしまいそうになるほどに。
やられたな。
これがGAPか。
さすが一部上場企業の社長、人心掌握に長けてやがる。
こんなおふざけスタイルからのまじめ系熱血社長か。
その言葉に嘘偽りなしと断定したくなるほどに俺はこの人が良い人に見えた。
というか龍一が味方だと信じている時点で相当この人が良い人なのはわかっている。
人の観察だけで感情をトレースできるほどの龍一が信じているんだ。
なら疑う余地もないな。
「わかりました、フィーバーさん! これからよろしくお願いします!」
俺はその手を握って頷いた。
こうして俺は芸能プロダクション『ライブスター・プロダクションズ』へと所属した。
契約内容は正直難しかったが、とりあえず裸で街中を歩いたりすると賠償金問題が発生する可能性があるという点だけは心に刻んだ。
あれだ、芸能人が不倫とかした時とかと同じらしい。
イメージビジネスだからそりゃそうだなとは思ったし、俺は別にCMとか企業と契約してないから今なら大丈夫とのこと。
そう、今ならまだ大丈夫なのである……今ならな!
いや、やらないよ? 普通に捕まるからな?
その帰り際のことだった。
「蒼太君。今月末に、配信者達による大規模イベントがある。参加しないか? 君が来れば盛り上がると思うんだ」
「俺で良ければいいですよ」
フィーバーさんに誘われたので『ライブスター・プロダクションズ』主催の大規模ゲームイベントに参加することになった。
詳細はまた連絡するとのことなので、その日は家に帰ることにする。
配信者のイベントか、ちょっと楽しみだな。他の配信者との交流できるのかな? ワクワクするな。
まぁでも今はとりあえず。
……
「ただいま、天空のトワイライト!」
ふぅ、そろそろ禁断症状がでるところだった。
やっぱこの世界は良いな、今すぐモンスターを滅多切りにしてやりたい気分だ。
んじゃ配信も始めるとして……ONっと。リスナーが集まる前に……ぬぎぬぎっと。
うん、素晴らしきかな開放感。ほんと息苦しかったぞ。
「おっす、リスナーのみんな一日ぶり!! とりあえず今日は俺が解放した龍人の里に行くぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます