奇形の夢
どーせ落選してる。
結果を待つだけ無駄だ。
わかりきってる。
別にこれが初めてってわけじゃない。
もう何度も落選してる。
いい加減、学習してる。
才能が無いんだ。
おれには。
昔はあると思ってた。
世間知らずだったんだ。
おれには他の連中とは違う何かがあると思い込んでた。
根拠の無い絶対的な自信で満ちてた。
夢………。
本当に夢のような素材だな。
普通はそれに触れられないのだ。
手が届かないのだ。
でもおれだけはその例外になれると信じてた。
「おれは天才だ」
誰もいない部屋でそう呟いた。
自分自身を騙さないとやってられなかった。
学校でも会社でもおれは上手くやれなかった。
集団の中で常に役立たずだった。
どうしてだかはわからない。
心の均衡を保たなくてはならない。
その他大勢にすらなれないことを受け入れられなかった。
納得させる理屈をでっち上げなくてはならなかった。
おれには才能がある。
小説を書く。
今となってはその発端も思い出せないな。
何でも良かった。
漫画とか。
ただ漫画を描くのは大変そうだったのでやめた。
読むのはあんなに簡単なのにな。
だからかな。小説を書こうと思った。
好きな作家はいなかった。
でもあいつらより面白いものを書ける気がした。
おれから言わせればあいつらただ真面目ぶってるだけだ。
人生？
そんなもん何もねー。
そのことがまるでわかってないのだ。
おれならきっともっと楽しく書ける。
小説家になる。
ある日ある時そんなことを思ってしまったのだ。
そして今もそれをなぞり続けてる。
意味すら剥奪された行為。
おれは夢や希望を信じられるほどもう幼くはない。
どーせ落選してる。
悲観的になってるわけじゃない。
わかりきってる。
おれは賞を取れないだろう。
一生このままだろう。
いつかは芽が出ると思ってた。
その時、最初に話す言葉も決めてあった。
だが全て形の無い妄想で終わった。
駄目だった。
理解されないのか本当に屑みたいな内容だったからなのか。
自信は呆気なく打ち砕かれた。
おれはもう駄目なんだろうな。
世間的にはただの可哀想な人。
誰も気にしてないだろうけど。
おれは自意識過剰だから辛かった
小説家を目指してることがばれるのが嫌だった。
新人賞を取ってそうすればちゃんと報告、出来るのだ。
最初の頃はその発表に一喜一憂してた。
絶対、取れると思ってた。
編集部からの電話が鳴ると信じて疑わなかった。
世界はこのおれの登場を待ち望んでると思ってた。
今となっては何故それほどまでにこの世界が自分専用なのだと思い込めたのだろう？
連絡は無かった。
本屋で立ち読みした。
選考結果が載ってる号だ。
一次選考のずらりと並ぶ応募者の中にもおれの名前は無かった。
眺めてる文字列が歪むのを感じた。
血の気がざっと引いた。
何かの間違いだと思った。
何度も同じ文面を見返した。
やはりおれの名前はそこに無かった。
本気で郵便局の奴が盗んだと思った。
宛先を見て興味をそそられそこに封入されてる傑作に驚愕し自分のものにしたのだった。
それから暫くの間は自分が送った内容と酷似したものが受賞しないか様々な賞に目を光らせてた。
そしてようやく理解した。
おれの送った小説は落選したのだ。
受賞するに値しない内容だったのだ。
信じられなかった。
また次の小説を書いて送った。
なるほどおれはこの作品で世に出るべきだったのだ。
更なる傑作を書き上げた。
一次選考で落選した。
一次選考、二次選考、三次選考があり、その度に応募者はふるいにかけられるのだ。
そして最終選考。
そこで初めて審査員の先生方に読まれる。
あいつら全員まとめてぶっ殺してやりたい。
楽な仕事しやがって。
ふざけるなよ。
偉そうな面して三つか四つ適当に小説を読んで感想を述べてそれでおしまい。
こっちがどんな思いで人生を賭けて臨んでるかなんて知りもしない。
どーせ落選してる。
いつからか期待することも無くなった。
小説を書いてる理由も思い出せない。
最初は好きだった………気がする、よく思い出せないけど。
何の望みも無いけどただ惰性で続けてるだけ。
いつか何とかなるんじゃないかなんて甘い気持ちを完全に払拭、出来ずにいる。
馬鹿だよな。
もうそんなのとっくに通り過ぎた筈なのに。
仕事は非正規で転々とした。
いつかは作家になるのだと自分に言い聞かせた。
自分のやってる仕事を自分で見下してた。
こんなのおれがやるべきものじゃないと思ってた。
そういう態度が全部、表に出て同僚や上司や顧客に筒抜けだった。
おれは成長とは無縁にただ老けただけだった。
学生気分が抜けてないと評価された。
ふん。
好きに言ってろよ。
おれは将来、作家になるんだ。
その時にお前らはきっと手のひらを返すんだ。
まるでおれと知り合いであったことを誇らしげに自慢するんだ。
そんな妄想で自分を慰めた。
ぎりぎり繋いでた。
………このままこんな感じで終わりか？
小説家になれる可能性なんてもうこれっぽっちも残されてはいないのだろうか？
誌面を見る。
そこにはおれより下らない小説家なんて幾らでもいた。
どうしておれじゃあ駄目なんだ？
こいつらが良くて自分が駄目な理由がわからない。
落選する度に死にたくなる。
自暴自棄になる。
酒を飲みしなくても良いことをしてしまう。
建設的なことなんて何一つ出来やしない。
それはまず賞を取ってからだ。
新人賞を取る。
それがおれのあらゆる行動の基盤となっていた。
そこからようやくおれの人生が始まるのだ。
だってこんなのあんまりじゃあないか。
よくみんな耐えられるな。
このつまらない社会にきちんと収まることが出来るな。
別に軽蔑してるわけじゃない。
ただ退屈すぎてとてもではないが我慢がならない。
人生がこんなものであって良い筈がない。
また結果発表が近付いて来た。
どーせ落選してる。
そう思う。
でも何度、落ちたって今度こそは………って心の片隅で思ってる自分がいる。
本当に馬鹿だ。
病気だ。
おれが絶対、賞を取るべきなのだ。
おれは世に出るべきなのだ。
何度、繰り返せばこの脳はわかってくれるのだろう？
もう諦めて他人の言う通りにすれば良いのに。
今度こそ取れるに違いないと信じて疑わない自分がいる。
おれが賞を取る。
長い遠回りの果てにようやく陽の光を浴びる時が来た。
そこから見える景色、以外にもう欲しいものなんて何も無い。
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