第25話 推薦と権限

「ユリィは農産物の育成について、独自の知識を持っています。それは、ユリィが力を失ってもなくなりません。ですから、僕は王立動植物研究所の設立と、ユリィの所長への就任を提案します」

「ふむ」


 エミリアーノ王はジェイクの発言内容を吟味するように、自信の顎に触れた。


「陛下はいつも召し上がっている、ユリィが作った菓子の味についてどう思われますか?」


 ジェイクの問いに、エミリアーノ王は唇を横にきつく結んだ。ユリィは何で急にと首を傾げる。ややあって、エミリアーノ王は意を決したように口を開いた。


「……毒のあるなしを抜いて、城で出される最上級とされているものよりうまい。私は子供の頃の教育係に、食べ物についてうまいとかまずいとか言ってはいけないと言われていたが、いつまでも気にすることはなかったな」


 意外な事実にユリィは少し虚を衝かれた。エミリアーノ王が絶対に味の感想を言わないのは、素直じゃない性格上の問題かとそっと放置していた。


「ええ、比類なき味だと僕も思います。全てユリィが小麦を育て、鶏を育て卵を取り、牛を育てて乳を搾っているものです。この生産技術と知識を国中に広め、また安定生産を指導する機関は必ずこの国を豊かにします」


 ジェイクの発言を聞いてユリィは前世にあった、農協を想像した。ユリィの前世において、実家は農家だった。その知識は現在も十分役立っているが、養父の子爵領にしか伝えられていない。


「そんなにジェイクに評価してもらって、色々考えてもらって嬉しいけど、私にそんなこと出来るかな?代表は誰か別の人を立てて、私がその補助をするなら出来ると思うけど」

「ユリィなら出来るよ」


 ジェイクはユリィに向かって、安心させるべく笑った。


「それに、王立動植物研究所の所長という権威ある立場であれば、予算をつけて周囲に護衛となる人間を配置できる。ユリィが自分の牧場で畑作業をしているときにも。僕はこれからのユリィが心配なんだ」


 普通の女性並みになるユリィの身の安全は確実にしたかった。屈強な、信頼できる既婚の男性についてもらいたい。


「そんな……」


 私情が含まれすぎでは、とユリィはエミリアーノ王の意見を伺うように、煌めく赤い瞳を向けた。


「確かにジェイクの言う通りだ。最強の名を欲しいままにしていたユリアレスだ。力を失ったという話はいつまでも隠し通せるものではない。犯罪者になろうが、名を上げたいという不埒な輩はいくらでもいる。私に特に恨みがあるというのでもなく殺そうとする国民もいるからな」

「そう、ですか」


 なぜかエミリアーノ王とジェイクに責められているようで、いつになくユリィは困惑した。何だか大変なことに、と小さく呟く。


 その通りであるので、ジェイクは胸を痛めた。本当なら、自分が代わりたい。あるいは常に寄り添っていたい。


「しかし……国政は私情で動かして良いものではない。ジェイク、その研究所は、それなりの利益が出る計算なのだな?」


 エミリアーノ王はとんとんとクロスが敷かれたテーブルを指で弾き、自ら大まかな予算の計算をしながら尋ねた。


「勿論です。これまで農民任せ、領主任せで生産されていた農作物を国として指導することは大きな国益を生みます。予算は支出を見直して捻出します」

「そうか。では、事業計画書を見て許可を出す」

「ありがとうございます」


 決定事項のようにふてぶてしく礼を述べるジェイクを見て、エミリアーノ王は大した拾い物をしたなと、一種運命的なものを感じた。貴族などのしがらみがなく、頭の良い人物を探してあちこちに声をかけては試してきた。実はジェイク以外にも様々な少年を連れてきたが、エミリアーノ王の嫌がらせに逃げてしまったのだった。


 エミリアーノ王は今や、この世に二人といない特別な少女が、密かに育て上げた少年としてジェイクを見ていた。動植物だけではなく、人間も育成する才能がある少女に、役職を与えるのは確かに価値があると思われた。


「ジェイク、財務特別補佐官の権限についてはどう決めたのだ?」


 ふと、新しく創設する役職についてエミリアーノ王は質問する。昨日の今日であるし、大事な彼女の身の異変で忙しかったかとは思うが、ジェイクなら既に決めてある気がした。


「はい。補佐官の権限については、いつでも財務部のあらゆる書類を閲覧でき、提案書を提出できる、その程度で結構です。そして、財務部の大臣と副大臣は減給処分でこのまま続けてもらいましょう」

「それは予算の節約になるが、あやつらと戦う気か」

「僕の提案の是非は経験に富むお二方に決めて頂く所存です」

「はは、そうか」


 財務大臣及び副大臣と、戦い続けるというジェイクの気の強さにエミリアーノ王は満足した。未だ少女のような顔に似合わず、好戦的な男だと認識を改める。


「なんか、ジェイクすごい。立派になっちゃって……」


 ユリィは途中から話を半分も理解していなかったが、感動していた。婚約をしたことで、不安もなくなった。純粋にジェイクを尊敬出来るようになったのである。


 その後も話合いを続けて、今日のところは終わりとした。裏門までユリィを送っていく貴重な二人きりの時間に、ジェイクは気になっていたことを訊く。


「ねえユリィ。昨日、前世で25歳まで生きたって言ってたけど」

「……」


 引き結ばれるユリィの赤い唇は、いかにも答えたくない気持ちを表していた。尊敬の気持ちが若干薄れさえした。


「結婚とかしてた?」

「してない……」

「親密になった人は?」

「いない……何にもなかった」


 ユリィは答えるのもつらいとばかりに低く小さな声だったが、ジェイクにとっては福音だった。顔が綻んでしまう。確かに、恋愛感情が希薄な彼女ならあり得る話だった。


「もうこのことは聞かないで、恥ずかしいから」

「ごめん」


 気にならないと言ったのに後からごちゃごちゃと質問して嫌になるだろうとはわかっていた。ただ訊かずにはいられなかったのである。まだまだ質問したかったが、ユリィの暗い顔を見て我慢する。話が終わった気配に、ユリィがほっと微笑んだ。


「ジェイクがいてくれて良かった」

「うん?」

「私、ジェイクみたいに自然に近くにいてくれて、それで……好きって言ってくれたり、結婚しようって言ってくれたり人がいないとまたひとりで死んでたかも」

「そんなこと……」


 ジェイクは、嬉しいのかどうか微妙であった。今の発言は、幼馴染であれば誰でも良いとも取れる。たまたまジェイクが近くに生まれただけだ。しかしそんな言葉端をつつく糾弾よりも、今、優先すべきは彼女の心だった。死の経験はどのようなものだっただろう。ひとりで死ぬとはどのような思いだったのか――また訊けないことが増えた。それでも、支えたいと願う。


「ユリィ、僕がいるから、ずっと。これからは何でも二人だよ。あっ、これまでも、だったけど」

「そうだね。ありがとう」


 ユリィは輝くような美しさ故か、いつもより弱々しく儚げに感じた。いつもの威圧する雰囲気がない。帰したくなかった。


「じゃあ明日から数日会えなくなるけど、お仕事がんばってね」

「ユリィも、何かあったらすぐ教えて」


 ユリィは、小麦の刈り取りで忙しくなるので数日は時間が取れない。刈り取りは時期を逃さず一気に行わなくてはいけないからだ。それが終わってから彼女は魔力を件のモンスターに明け渡すという。

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