子猫とサボテン

ぜろ

第1話

 慧天と休日を過ごすのはいつもの事で、テスト前は一緒に勉強したりもする。二学期の中間テストが明けた秋のある日、気分転換がてらにあたし達が行ったのは名画座だ。久し振りにフラッシュ・ゴードンが上映されると聞き、無類のQUEEN好きの慧天はにこにこ笑って私と手を繋いでいた。楽しみ? と喉に付けた新しい咽喉マイクで慧天のヘッドホンに声を飛ばせば、うん、っと満面の笑みを浮かべられる。フィクションは現実を裏切らない。慧天がヘッドホンなしでいられる数少ない場所である映画館は、遊園地に近いものかもしれない。特にフラッシュの映画は転々とする事態に派手な見せ場が多く続く。ジェットコースターみたいな物だろう。ちなみにあたしは寝落ちして、QUEENの挿入歌で叩き起こされたことがある。上映時はスター・ウォーズと被っててあんまり人気が出なかったらしいけれど、それはまあ無関係だろう。あたしの集中力がもたないだけだ。長いので有名なマサラ・ムービーも寝落ちする。

 それでもあたしが映画館に行くのは、慧天を一人で出掛けさせると困ることがあるからだ。例えばチケットの購入。例えばフードやドリンクの注文。他人の声を怖がる傾向にある慧天は、出かけるのにも制約が多い。そんな時の為の静紅ちゃんなのである。なんてったってあたしは、慧天の『通訳』で『ヒーロー』なわけだから。まあ、慧天の両親にはよく思われていないけれど。


 映画館に着くとまずはポップコーン、キャラメル味のLサイズを買った。それから飲み物はコーラを。本当は紅茶が良いけれど流石に売っていない。それらを慧天に持たせて、あたしはチケットを購入した。名画座は普通のシネコンより人が少ないからどこも並ばずに買えるのは良い事だ。自分の分のジュースと慧天の分のチケットを交換し、もぎりのお姉さんに渡していざ小さなスクリーンの前から自分たちの席を探すと、真ん中辺りのそれが見付かる。慧天の席の隣には、もう帽子をかぶった男の子が座っていた。サボテンのアップリケを付けた黄色いポロシャツにジーンズ、歳は小学生ぐらいだろうか。懐古主義を集める名画座には目立つな、と思いながらあたしたちは席を交換する。隣に人がいるのもちょっと苦手だからね、慧天は。

 やがてシアターが暗くなると、半分ぐらい入っていたお客さん達も静かになる。殆どがあたし達のお父さんかお祖父ちゃん世代なのが、慧天の趣味の広さを示しているようで、ちょっと面白かった。まったくQUEENは偉大なバンドだよ、あたしのお父さんの趣味はパンクだったりロックだったりごろごろしているバンドだ。でも一途に追いかけてるのは、慧天と同じかもしれない。

 そう言えば隣の小学生も親と一緒じゃない所を見ると一人なのかな、思いながら視線をそっちに向けると、椅子の下に何かを突っ込んでいるようだった。リュックか何かかな。と、それより、慧天のヘッドホンを外す気配に気を取られ、あたしも咽喉マイクのスイッチを切る。と同時に映画は始まった。

 あたし達の長い二時間の始まりだった。

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