第5話 ビアガーデン

久しぶりに大学時代の連中と集まることになった。


親友の大輝は毎年夏になるとビアガーデンを予約し、俺たちに集合をかけてくれる。


この歳になると、なかなか友人と会う機会もない。

ましてや俺は自分から誘える性格ではないから、大輝のような存在は貴重だ。


みんな昔のように浴びるように酒を飲むことは無く、それぞれが自分のペースで酒を楽しんでいる。

それもそうか。

気がつけばみんな中年のおっさん連中になったんだ…


そんな中、大輝だけはペースが早い。

さすがに俺は離れた席から声をかけた。


おまえさ、飲み放題だからってペース早すぎだぞ!


すると他の奴らも

そうだぞ。

お前が潰れちゃ困るぞー。

俺たち体力衰えてんだから、介抱なんてしてやれないぞ。


と大輝を気遣った。


すると大輝の手がピタリと止まった。

そしてか細く小さい声で言った。


今日ぐらいは飲ませてくれよ。

頼むよ。

俺だってたまには日常を忘れたいことだってあるんだ…


大輝の顔は叱られた小さな子どものようだった。


俺は思わず大輝の隣の席に移動した。


どうした?

何かあったのか?

お前がみんなを呼ぶときはいつも楽しく飲んで解散じゃねえか。


何かあるなら聞くぞ。


すると大輝は大きなため息をついてから、少しずつ語りだした。


直樹、お前嫁さんとうまくいってる?

俺はさ、俺はだよ?

嫁と付き合った期間も含めりゃ、それはもう長い年月一緒に過ごしてきたんだ。

その間、俺は昔も今も変わらず好きなんだ。

ずっとね。

一目惚れして、何度も振られて、それでも諦めたくなくて粘ってさ…

結婚したんだよ。

嫁が出産したあとも、女として見られなくなったとか言う奴いるけど、俺は何も変わらなかった。

何ならこんなにがんばってくれてありがとう!って

愛しさ倍増したぐらい。


でもさ、この前嫁が女友達と電話してるのたまたま聞こえちゃって。


あいつ、なんて言ったと思う?


大輝に聞かれて考えたが全く検討もつかない。

恋愛スキル下の下の俺にわかるはずもない。

黙っていると大輝は続けて話しだした。


タイプじゃないし、好きでもない人と結婚したからね。


だって。

当然話の前後は聞いてないから、どんな会話の流れで言ったのか知らねえけどさ、その先の会話を聞くのが怖くて、咄嗟にベランダに出たよね。


もうショックでさ。

当然付き合い始めた頃は俺のこと好きじゃないって分かってたよ。

でもさ、こんなにも長い年月一緒に過ごして、身体の関係もちゃんとあって、子育ても一緒にしてさ…


嫁は一体今までどんな気持ちで俺と接してたの?って。

流石の俺も、もう…

人間不信になりそうだよ。


大輝は大粒の涙をぽろぽろ流して俯いた。


いつも元気でポジティブな大輝しか知らなかった俺は戸惑ってしまった。

こんな時、一体どんな言葉をかけてやればいいのかわからない。


自分の体をテーブルの方へ前のめり気味に倒し、

泣いている大輝が周りから見えないようにしてやることしかできなかった。


大輝が一番端の席でよかった…


そんな大輝だったが、5分もしないうちにパッと顔を上げた。


俺はビックリして思わず飲み物をこぼしそうになった。


大輝の顔を見るといつもの明るい大輝になっていた。


直樹ごめんな、こんな話して。

お前の顔見たらついベラベラと愚痴っちまって。

お前、聞き上手だな!

天才。

おかげでちょっとスッキリしたわ!

さぁ、ここからはのんびり飲もうかな。

そう言うと大輝は残りのビールを飲み干した。


俺は帰りの電車に揺られながら、ぼーっと窓の外を見ていた。

なんだろう、今日の大輝の話。

大輝の話を聞いてからそういえばずっと何かがザワザワする。

モヤモヤする。

なんでだろう。


酒のせいで思考がうまくまわらない。


今日は考えるのはやめだ。

とにかく帰ったら風呂にでも入ろう。

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