5
短い沈黙が落ちた。短い、けれど喉を焦がすような。
章吾はその沈黙に息を飲んだ。
似ていると思ったのだ。はじめて七瀬を抱いた日の沈黙と。
もしかしたら、と思った。もしかしたら、また自分は同じような過ちを繰り返すのではないかと。それは、ほとんど恐怖のような強さで。
しかし七美は章吾の緊張に気がついたらしく、にこっと破顔一笑した。
そしてその顔のまま、声の端っこを震わせて言ったのだ。
「お兄ちゃんが死んだって聞いたとき、章吾さんも連れて行ったと思いました。一人で死んだわけないと思って。」
章吾は、七美が言っている意味をつかめず、子供のようにきょとんと首を傾げた。
「……え? 俺を、連れて?」
ええ、と七美が頷く。
「お兄ちゃんは本当に章吾さんを好きだったから。だから、死んだって誰にも渡す気なんかないと思って。」
想像もしていない台詞だった。章吾は驚いてただ言葉をなくした。七美は笑ったままの頬にぽろりと涙を一粒落とした。
七美の言うことを、嘘だ、と流してしまうのは簡単だった。
嘘だ、そんなことがあるはずはない、と。
けれど、そうしてしまうには、七美の目の色はあまりに深かった。
連れて行かれるところだった?
まさか、と思う。七瀬に殺意を向けられたことなどないと。
思い出すのは、傷だらけだった手首と、思い詰めたようにそげた白い頬。
あの傷のうちのいくつかは、いや、もしかしたら全てが、章吾に刻まれるべき傷跡だったのかもしれない。
殺意は、章吾がそれと意識できないほど、常に密やかに向けられていたのかもしれない。
「……俺たちは、ここでなにをしてたんだろうな。」
問うでもなく、そんな言葉が口をついた。
この部屋で、俺達はなにをしていたのだろう。
章吾が抱えていたのは恋にも愛にもなりきれない劣情。七瀬が抱えていたのは恋も愛も飛び越えた先にある殺意。
なにも噛み合っていない。なにもかも噛み合わないまま、俺たちはこの部屋で二人、なにをしていたのだろうか。
3年間、一緒に暮らした。6年間、身体を重ねていた。21年間、幼馴染としてすごした。
長い時間があったはずだ。
その長い時間の中で、なにも噛み合わせないまま、組み合わさることのない歯車は、不協和音しか奏でられない。
そんなふうに暮らしてきた事実が、七瀬の死によって、どうしようもなく日の下にさらされてしまっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます