三題噺「漫画」「助手席」「ミルク」
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三題噺「漫画」「助手席」「ミルク」
スランプでも描く手を止めてはならない。とりあえず何か描こう。漫画家はミルクみたいな原稿用紙に、とりあえず車を模写した。
車――スープラ、GTR、NSX。メーカー各社のシンボルみたいなスポーツカーを写し取っては、紙をくしゃくしゃにする。何かが足りない。自分に必要な何かが。
車の中にキャラクターを描いてみる。まずは助手席に女性のキャラクターを座らせた。漫画家としては、美しい女性を助手席に座らせるというのは男としてのステータスであるという固定観念があった。だから、女性。それでも彼はうなった。これではない。次。操縦席に男性を描いてみるも、それもなんだかありきたりだった。
何がいけないんだ……。漫画家は天井を見上げた。プロット通りに進めてもそれはそれで面白くなかった。だから一風変わった展開をとも思ったが、面白いくらいに進まない。
今からでもプロット通りに描こうかなぁ。そう筆を取りかけた矢先――
――助手席から女が飛び出した。
「冗談じゃないわよ、こんな男の助手席なんか」
「ま、待ってくれよ」
「公道をちんたらちんたら、安全運転第一。そんなドライブなんか求めてないの」
「そ、それなら」
強い男を描いたはずなのに、その男はなよなよとしていた。漫画家が好きではないタイプだ。
「君が走ってみてくれよ」
「いいの?」
「保険には入ってるし、そこまで言うんだったら、君の運転を見てみたい」
「いいのね」
「男に二言はない」
なーにが男に二言はないだ。漫画家は思った。
「分かったわ。なら助手席に乗って」
と言うなり男を引っぺがすように運転席に乗った。
そして男が席に着くなり、アクセルを全開に吹かした。
「ちょ、ちょっと待て! まだシートベルトも」
「いやっはー!!」
それは空想上に継ぎ足されていく道路、そして峠を高速で駆けていった。
……。
…………。
漫画家は唖然とした。こんなにも勢いのある女性像があるだなんて。そう思うと、自分の女性像というのはひどく昔ながらのステレオタイプ(もはやモノラルかもしれない)であって、ここまで
……ここまで逆転した女性は描けない。自分の芸風は分かっているつもりだ。
しかし、これはなにかの参考にはなるはずだ。そう……例えば事態を逆転するための一要素には……。
そうか! 漫画家は唸った。まるで車が走り出すような掛かり方だった。ここをこうすれば、事態はもっとひねりのある展開になりそうだ!
インスピレーションがドバドバと浮かぶ。筆はやがてミルクを満たしたような用紙に引き立つ黒を記していく。
その様子を見て――助手席に座るあの男も、まんざらではないような顔をしていた。
三題噺「漫画」「助手席」「ミルク」 -N- @-N-
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