類は友とかを呼ぶ

そうざ

The same Being attracts The same Being

「このビルって、バブル景気の頃に建ったんだってね」

「元は古い住宅街だったんでしょ?」

「ヤクザを使って強引に立ち退きさせたとか」

「自殺者も出たとか」

「見たって人も――」

 俺が給湯室に入ると、社員達は会話を止めてそそくさと出て行った。


 バブル期に建設された十三階建ての貸しビル。施工は当時下請けだった我社うちが担ったが、今ではその最上階に居を構えている。中小企業でも業績は悪くない。

 あの頃の俺はまだ新人で、現場担当の末席に居た。立ち退き業務には携わっていないものの、ヤクザは疎か自殺者の話なんてこれまで一度も聞いた事がない。

 俺が社長に就任した今年度から急に妙な噂が飛び交い始めたのは、どういう訳だろうか。


              ◇


「やけに寒いな」

 夏の昼下りとは言え、空調が利き過ぎている気がする。

 見渡すと、女性陣のみならず男性諸氏も上着をしっかり着込み、熱い飲み物で必死に暖を取っている。

「ねぇ、ガクガク、エアコン、ガクガク、壊れた?」

「そうですガタガタね、変ガクブルですよね」

 気が付けば皆の息が白い。彼方此方あちこち其処等中そこいらじゅうに霜が下り、ちらほらと雪が舞い、カップの表面に薄っすらと氷が張り始めた。

「ブルッ! 何でだろう、リモコンが動かないブルッ!」

「寒いガチガチ寒いガチガチ寒……」

「おい、寝ちゃ駄目だ!」

 全ての窓を全開し、外の熱気を入れて何とか事なきを得たが、電気屋を呼んでも機器に異常は見付からなかった。


 こんな事もあった。

「うわっ!」

 誰かが奇声を上げた。上から不意に水滴が垂れて来て顔に掛かったという。しかし、天井を見ても水漏れの形跡すらない。

「きゃ!」

「ちょっ!」

「こっちもっ!」

 ぽったぽったと水滴の雨が降り注ぐ。

「うえぇ……しょっぱいっ?!」

 油断して口に入った液体は、何故か塩辛かった。

 直ぐに各所を調べたが、やっぱり異常は見付からない。

 それとなく別階のテナントに探りを入れたところ、珍現象はうちのオフィスだけで起きていると判明した。

 心霊現象とは呼びたくない。が、もし万が一霊の仕業だとしたら、このビルを施工したうちを標的にしているという事なのか。

 空調が回復しても、背筋に寒さが残った。


              ◇


「飽くまでも非公式と言うか、物は試しと言うか、霊能者を呼んだ事をくれぐれも他で言い触らさないように」

 半信半疑にも拘わらずと言うか、だからこそ寧ろと言うか、俺は社員達に箝口令を敷いた。

 新入りの女性社員が、知り合いの友達の遠縁の近所に霊能者が居ると言うので、藁にも縋る蓼食う下手の横好きの一心で、除霊をして貰う事になったのだ。


 やって来たのは、ザ・おばさんだった。

 買い物袋から長葱が飛び出しているのはご愛嬌としても、小学校帰りらしい三兄弟を連れているのには面食らった。

「これは……無理だわ」

「どういう事ですか?」

 子供達が駆け回る中での霊視である。

「アタシね、どっちかって言うと水子とか男に捨てられた蓮っ葉な女とか、下世話なドロドロしたのが専門だから」

「専門があるんですか?」

「そうよ、常識よ」

 俺は居並ぶ社員の方を睨んだ。件の女性社員は知らん顔でIDストラップの捩じれを繰り返し直している。子供達がコピー用紙で勝手に紙飛行機を折っているのも気になる。

「因みに、どんな霊なんでしょうか?」

「古いわね。昨日今日じゃないわよ」

「例えば、バブル景気の頃とか……?」

「さぁ、その頃アタシはまだ生まれてないから、ホホホッ」

 冗談なのか嘘吐きなのかが判らない。

「安心なさい、アタシが専門の人を紹介するから」

「それは助かります」

「紹介料だけで構わないから」

「……はぁ」


              ◇


 翌日にやって来た別の霊能者はザ・爺さんだった。

 紋付き袴で白い撫で付け髪、口髭を蓄えている。イメージ的には昨日より霊能者っぽい気がするが、付き人だという人達が介護職っぽい服装なので心配になった。

「こりゃ……厄介だわい」

「どういう事ですか?」

 付き人に脇を支えられたままの霊視である。

「ワシはどっちかと言えば旧日本兵とか落ち武者とか、勇ましいのが専門だからのぅ」

「じゃあ、ここに居るのは女の霊?」

「性別なんぞ分からん。それどころか言葉すら通じん」

 女性社員はコンビニ袋からお握りを取り出し、何処吹く風で食べようとしている。付き人が断りもなしにウォーターサーバーを使おうとしているのも気になる。

「心配は要らん、ワシが責任を持って――」

「お願いします」

「適任者を紹介する」

「……紹介料、ですか?」

 爺さんは無言でおもむろに首を縦に振った。


              ◇


 翌日、ザ・ホストがやって来た。

 スーツでビシッとキメているものの、金髪と茶髪の中間みたいな髪を横へ流し、大胆に開襟したシャツや袖口からキラキラとした貴金属を覗かせ、オフィスに夜の匂いを持ち込んだ。

「マジか……マジでヤバいっす」

「本当に危険、という意味ですか?」

 ずっと前髪を弄りながらの霊視である。

「二足歩行じゃないっす」

「幽霊の足って……」

「めっちゃ大量っす」

 女性社員を見る。ホストを意識しているのか、手鏡を片手に我が物顔でメイクを直している。金魚の糞みたいに付いて来た太客ふときゃくらしい女達が辺り構わず煙草を吸っているのも気になる。

「オレ、生き霊なら慣れてるんすけど、これは無理っす」

「やっぱり……紹介料?」

「あざ〜っす」


              ◇


 その後、ザ・女子高生、ザ・ボディビルダー、ザ・ヲタク、ザ・SM嬢、ザ・ヤクザへと、紹介の紹介は皆、紹介だ、とばかりに紹介の輪が続き、最初のザ・おばさんを紹介されそうになったところで、はたと気付いた。

 これは多分、きっと、恐らくは詐欺だ。


「君、ちょっと話があるんだけど」

 俺は例の女性社員を給湯室に呼び出した。

「霊能者を頼んだのは飽くまでも俺個人の判断だから、紹介料を経費で落とす訳にも行かない。全額ポケットマネー払いだよ」

 この一件で俺は一気に五、六キロ痩せた。これは霊の仕業なのか、心労の所為なのか。

「霊能者にもあんなに棲み分けがあるなんて私も知りませんでした」

 まるで他人事の口振りだが、当然こいつは連中とグルに違いない、と思うのだが、当の本人からはやましさの欠片すら窺えない。俺の勘繰りに過ぎないのだろうか。呼び付けたこちらが気まずくなり、お茶を淹れて誤魔化ざるを得なくなった。

「兎に角、もう打つ手がないよ」

「そうでしょうか。最終的には依頼者の心掛け次第だと思いますよ」

 俺は、口に運び掛けた紙コップを止めた。依頼者とは俺の事だろうが、言わんとしている意味がよく解らない。

「例え霊能者に祓って貰えても、依頼者に畏敬の念がなければ霊は浮かばれないって事です」

 不意に背筋が寒くなった、と思ったら、新人当時の一場面が蘇った。

 地鎮祭が行われる日の朝、俺は寝坊をしてしまった。しかし、下っ端の俺が参加しなくても問題はない、どうせ施工には影響しないのだからと開き直った。上司には説教を食らったが、腹では舌を出していた。

 吐く息が白い。凍えながらお茶を口元へ運んだ。

「うわっ!」

 俺は反射的に紙コップをぶち撒けた。

「どうしました?」

 女性社員が冷静に問う。

「おぅお茶の中に虫がっ!」

 床には液体が広がっているだけだった。

「どんな虫でした?」

「どんなって……変な虫、だったな……」

 一瞬の事だったが、蝿でもゴキブリでもないように見えた。

 鼻先にぽたっと滴が垂れた。また塩水だろう。


「取り敢えず、盛り塩でもしておくか……」

 もう縋る藁も蓼食う下手の横好きもへったくれもない。俺は思い付きでオフィスの四隅に食塩の山を作った。無信心なので具体的な言葉は思い浮かばなかったが、取り敢えず敬意を払うつもりで手を合わせて頭を垂れた。


              ◇


 珍現象はぴたりと止んだ。

「結局、君のお陰かも知れない」

「社長のお心掛けが通じたんだと思います。私も肩の荷が下りました」

「それにしても……何だって急に霊が迷い出たんだろうな」

「類は友を呼ぶっていうじゃないですか」

「んん?」

「でも、まさかあんなに古い時代から膨大に集まるなんて、思いも寄りませんでした」

 相変わらず話が見え難い。

「誰が霊を呼び寄せたって?」

「霊が霊を」

 今年度、新人女性一人を採用、その入社のタイミングで始まった珍現象――。

「君はまさか――」

「社長」

「えっ」

「大きな声で独り言ですか? さっきからフロアにダダ漏れですよ」

 給湯室にやって来た連中が怪訝な顔で俺を見ている。

 俺は誰と話していたのだろう。今年度は新入社員を募っていない。


              ◇


 ずっと虫の事が気に掛かっていた俺は、漸くそれらしいネット画像に辿り着いた。

「三葉虫……?」

 今は化石でしか存在しない虫だが、俺が見たのはもっと生々しかった。

 調べてみるに、今から約4億4400万年前、オルドビス紀に地球初の大量絶滅が起きたらしい。何らかの影響で地球が寒冷化、海水準の変動に依って環境が激変し、生物の85%が滅んだという。

 地上げだ、立ち退きだ、俺の土地だ、私の物だと主張しているが、誰もが大いなる歴史の末席に間借りをしているに過ぎない。

 寒冷化した地球、海水の引いた海、消え失せた無数の命――俺は改めて心の中で手を合わせた。

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