第51話 パーティーの終わり
人の壁が割れた。ヒダカへ続く三つの道筋ができる。近くにいた人の視線全てが僕に突き刺さる。
なんてことをしてくれたんだ……。これじゃ逃げようがない。
僕は仕方なく意識して凛々しい顔を貼り付けると、真っすぐにヒダカに向かって一歩を踏み出す。
一瞬遅れてエルゥが。周囲に背中を押されてセナが歩き始めた。
ヒダカは僕の方を見ていた。段々近づく彼は、今日初めて真正面から見る。
黒光りするジャケットに、白いシャツとウェストコートと共通のタイ。磨き上げられた靴や白いカフス。そのほとんどが僕と似たり寄ったりだ。違うのはポケットチーフの色と左胸の勲章。
それから、髪を前髪と一緒に思い切り左に流しているから耳飾りがとにかく目立つ。
僕のように揺れるデザインはなく、その分凝った模様が透かし彫りされている。間近で見て分かったけど、外側に一つだけ石が添えられていた。色はシルバー。僕は瞬きを増やした。前回の式典まではなかったものだ。
シルバーは一般的にはフサロアスの色だ。妹たちへのサービスにしてはやりすぎじゃないだろうか?
全員がヒダカの前に辿り着くと、僕らはまるで示し合せたかのように同時に跪いた。
素直に驚いた。エルゥはともかくセナができると思わなかったから。
微かに頭を下げていると、ヒダカが小声で「ありがとう」と言った。ここまできたらもうしょうがない。僕の出番だ。
主役の勇者は当然ヒダカ。姫はエルゥとセナ。僕は語り部。
胸に手を置いたまま声を張った。
「お呼びでしょうか!」
昔から舞台向きのよく通る声だと褒められたものだ。
何でもやるよ。きっと僕ができることなんて、最初から演じることだけだったんだ。
鷹揚に頷くと、ヒダカが話し始める。
「皆様もご存じの通り、彼らの助けによって今の私があります。これからも彼らへの感謝を忘れることなく突き進んで参ります。そこで、キリセナ」
「……はい」
「三年前のサピリルの森で使った派手な魔法を覚えているか?」
「……? はい」
「その応用を頼む」
セナが微かに眉をしかめる。
「害がなく威力の小さい派手な魔法を」
僕は小声で付け足した。セナがパチパチと二回瞬きをする。
「承知いたしました」
セナが――形ばかりは――見事な了承を伝える。
「女神スラオーリに歎願します。この場の全ての輝きよりも強い光をわたしの手にお与えください」
水を掬うように両手を広げるとその中央に強く輝く、まるで乳白色の鉱石のような球体が現れた。両手を上に掲げるとそれはゆっくりと上昇していく。
「あれが……!」
「なんて美しいの……」
恐らく初めて見る詠唱短縮に周囲から感嘆の声が上がる。
「次に、エルウア」
「っはい!」
「万が一の対処を。私とルメルには二重に」
「? しょ、承知いたしました! ――女神スラオーリに歎願します」
エルウアは膝を折ったまま両手を両肩に置く祈りの姿勢を取ると、硬質な声で詠唱を始めた。
エルウアを中心とした大規模なガード魔法が広がっていく。
「女神スラオーリに感謝します。タスターラ・ロールローランタ」
「見事だな……」
「全て均一なんて……」
今度は恐ろしく強度の高いガード魔法が会場全体を包み込んだ。
「さて、仕上げだ。ルメル」
「はい」
ヒダカが指を鳴らすと、給仕が練習用の剣を渡してきた。
ヒダカには大剣、僕には小型の双剣だ。
「久しぶりに手合わせを」
「承知いたしました」
何をするのかを察した人の波が言わずとも引いて行き、中央には僕とヒダカだけが残った。
「追撃の型より合わせ!」
その言葉に体が勝手に反応した。僕は双剣を逆手に持ち、右手を口の前に、左手を後ろの腰の辺りに据えた。
ヒダカは大剣を左側へ下ろしている。
「ドウ!」
ヒダカが叫んだ!
僕は固有魔法を使わずいつもより速度を落としてヒダカの右側へ間合いを詰める。
構えから右腕を横へ払って二の腕の神経を狙う。
こは右に体を捻って躱される。次、来る……!
ヒダカは僕が予想した通りに躱し、その勢いのまま横凪ぎに大剣で襲ってきた。
それを後ろへ跳ぶことで避ける。
ヒダカが追ってくる。
分かっている。彼の動きは嫌ってほど。次は右下から斜め上でくる。
――ほら、やっぱり。
僕はまた後ろへ跳ぶと、思い切り体を低くした。両手を軸にして、振り切ったことで体勢を崩している足元を回し蹴りで狙う。
ヒダカは予備動作なしにそれを避けた。
こっちが彼の動きを読めるように、あっちだって僕の動きをよく理解している。
今度はヒダカが大剣で突きを繰り出してくる!
双剣を急ぎ順手に戻すと正面で重ねて受けて跳ねのける。
練習用の剣なのに刃の部分が削れて飛び散るのが見えた。
参列者ギリギリのところまで跳び下がると、ヒダカと十分な距離を取って双剣を正面で重ねて構える。ハジメの型と呼ばれているものだ。そのままじりじりとヒダカを睨みつけた。睨み合うこと数秒。同じように正面に大剣を構えるハジメの型を取っていたヒダカの腕がゆっくりと下ろされる。
遅れないように僕も双剣を下ろす。すかさず受け取りにくる給仕の優秀さはさすが兄の人選だ。
ヒダカが微かに頷くのを確認して、近づいてまた跪く。
「スラオーリに勝利を! スラオーリに祝福を!」
満を持したようなヒダカの咆哮の直後、天井までたどり着いていた球体が閃光を撒き散らして破裂した。
一瞬、会場中が真っ白に染まる。その光は柔らかく、目を逸らす必要もないほどに温かかった。
セナ、こんな演出できたんだ。
感心した。周りがみんな天井を見つめているのをいいことに、横目でセナを見る。彼女は魔法を使った後の両手を強く握りしめていた。
余り自信がなかったのかもしれない。演出のための魔法なんて、やったことないだろうから。
温かい気持ちになっていると、ふと視線を感じて正面を見上げた。
上体が揺れる。
こんな大事な場面で醜態は許されないのに。
でも、こんな。
こんな。
瞳に込められた余りの熱量に溶かされてしまうかと思った。
ヒダカが、私を見てた。
まるで止まっていたみたいな心臓が、ドッドと音を立てて動き出す。
体が震えそう。
酷い。
酷いよ、ヒダカ。
これも嘘なの?
もう、期待なんて、させないで――。
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