第50話 パーティーの最中

 始まりのダンスが終わると、今度は勇者パーティーによるダンスが行われる。


 ヒダカは妹たちと一曲ずつ踊り、僕がパートナーと一曲躍るのを間に挟んで、エルゥとセナともさらに一曲ずつ。なんと全部で四曲を踊り切った。相変わらずの体力だ。


 僕たちが輪の中心から退場すると、すぐさま新しい曲がかかって参列者が優雅に踊り出す。本格的なダンスパーティーの始まりだ。


 一曲目はパートナーと踊るのが礼儀なので、みんな澄ました顔でくるくると回っているけど、内心は勇者パーティーの誰かに近づきたくて必死なんだと思うと少しおかしい。


 この間に僕はパートナーをしてくれた彼女にお礼をした。これ以上一緒にいると彼女の家族に余計な期待をさせてしまう。


「どうか、ご無事に」

「ありがとうございます。貴女の顔が喜びで花開くことを祈っております」


 彼女からのよくある送り出しの言葉に、僕も遠回しに貴女を幸せにはできないです、と伝える。当然分かっています、とばかりに頷かれてホッとした。


 正直、僕や仲間にとってはダンスパーティーなんて名前だけだ。この先はきっと押しかける人たちの相手で忙しくて、踊る機会はほぼ無いと言っていい。


 僕は適当なところで足を止めると、失礼にならない程度の速さでフレッシュジュースを飲み干した。



 場の空気を読んだのだろう。短めの曲が終わると、まずは若い人たちが一目散に僕らの元に来て目当ての人を囲む。


 これは正直なところ、僕らがみんな年頃のわりに恋人の影が一切ないのが悪い。本心じゃないけど、せめてヒダカかエルゥのどちらかくらいは誰かいてくれたらいいのにと思うことすらある。


 だって仕方ないじゃない? 僕は無理だし、セナには期待できないんだから。


 なんて、そんな現実逃避すらできないほど次から次へと人が押し寄せるのを必死に笑顔で迎える。顔が分かる相手は最初の内だけで、段々名前すら聞いたことのない人が挨拶に来る。富裕層の子息、隣町の議員の息女、有名な商家の子息、フサロアスの遠縁の息女など、実に様々だ。ここまでくると出身を聞けば何とか察しが付く、って程度。


 これでも僕はかなり勉強してきている方だから、セナなんかは途中から完全に相手が野菜か何かに見えてそう。そう思うと少しだけ肩の力が抜けて気が楽になる。


 第一陣が去ったら、最初に他の仲間に挨拶に行っていた人がやってくる。


 本当にキリがないけど、しばらくするとまともに相手をするのは僕とヒダカだけになる。


 セナは興味ないとばかりに挨拶だけして突き放しているし、エルゥは話こそするものの、かなり物理的な距離を取っているからだ。彼女の周りの関係者がやんわりと拒絶して鉄壁を作っている。


 女性陣はその行動が許されているからほんの少し羨ましい。


 それにしても予想していた以上に全く自由な時間が取れない。出る前に少しお腹に入れてきていてよかった。喉の渇きに負けて傾けているグラスの数が三杯を越えてしまった。お腹が減っていたら酔ってしまっていたかもしれない。


 若い人の波が引くと、続いて現役の議員や士院の団長、幹部がやってくる。


 こちらは主に政治的な話をしにくるのでまだ楽だ。子息子女の相手は結婚を前提として自分を売り込むものばかりで、蔑ろにしないようにするのに気を遣う。


 他を見る余裕はないけど、きっと会場内には三つの人だかりができている。


 僕とヒダカ。それから兄を中心したものだ。


 兄は今日パートナーを連れていない。彼だけは例外だからだ。下手に相手を選んでしまうだけで水面下の権力争いが始まりかねない。


 ただでさえあの事件でフサロアスやその他の議員、士院の中に情報を流している者がいると分かっているのに。



 曲が段々とゆっくりしたものに変わってくると、さすがに話をしにくる人も少なくなる。


 やっとのことで少しだけ料理を口にした。選んだのは色とりどりの果物を閉じ込めたジュレだ。透明のプルプルが照明の光を乱反射させていて無性に癒される。


「ルメルさん」

「エルゥ」


 甘味に疲れを溶かしていると、苦笑しながらエルゥが声をかけてきた。


 彼女のドレスはやっぱり白を貴重としていて丈が長い。肩と腰の辺りに金糸で刺繍がされていて、セナの色合いと対のようになっているのがいい。


 普段は耳の下で二つのお団子にされている髪の毛は艶やかに背中に垂らされて、僕が勧めた髪飾りを付けてくれていた。


「ご苦労様です」

「ありがとう。エルゥは大丈夫そうだね。よかった」

「はい、教会の方のお陰です」


 僕がそっと後ろに目をやると控えている教会の人たちが無表情でこちらを見る。彼ら、彼女らは、何も持っていないただの人である僕がエルゥと必要以上に仲良くなるのを余りよく思っていないみたいだ。


「あの、ルメルさん」


 エルゥが一歩近寄ると、潜めた声で僕に聞いてきた。


「どうしたの?」

「ヒダカさんの、耳飾りなんですけど……」

「ああ、あれね」


 僕は笑顔を引き攣らせる。


 ヒダカが当日になって特大の爆弾を落としてくれたお陰で、話題の最後に必ず聞かれることになってしまった。


『勇者様の耳飾りのお相手はどなたですか?』


 そんなの知ってるわけないじゃん。


 言いたかったよ。全員に。当たり障りないことを言って誤魔化したけど。


 本当に、僕が知るわけない。


 今まで分かっていたことや、知っていたこと、信じていたもの全てが崩れ去ったのだから分からなくて当然だ。


 ただ、もし僕が見て来たヒダカの性格の全部が本当なら、きっとあれは妹や他の参列者へのアピールだ。


 特に妹たちには思わせぶりなことを言っているに違いない。


『この耳飾りの意味、考えておいて?』


 みたいな感じ。きっと。


 そんなことを言っておいて、実際はエルゥかセナか、まだ見ぬ聖獣と恋愛するのだから。


「僕も知らなかったんだよね。今度ヒダカに直接聞いてみよう?」

「そうですね。分かりました」


 遠くからヒダカを見る。探さなくてもどこにいるのかすぐに分かる。彼のところには名残惜しいとばかりにまだ人が訪れている。きっとパーティーが終わるまでずっとあの調子だろう。


 この場所は譲るつもりはないと両端に控えている妹たちの笑顔も随分引き攣ってきている。


 反対に奥に見えるシャリエは酷く上機嫌だ。


 当然だろう。義理とは言え娘が二人とも勇者とダンスを踊って、意味深な耳飾りまで付けている。あの事件でヒダカを慰めに行かせたことが功を奏したとでも思っているのかもしれない。


 僕は口元を意識して引き締める。


 妹には悪いけど、少し清々しい気持ちになってしまう。


 あの女が何を企んでヒダカを手に入れようとしてるのかなんて僕には分からないけど、預言者が言うには、恋愛が成就した相手とは結婚することになるそうだ。つまり、どんなに頑張ってもヒダカが妹たちと結婚することはあり得ないということになる。


『すべからくうまくいく』


 そう預言者は言ったけど、それが誰にとってなのかは分からない。僕にとってなのか、ヒダカにとってなのか、それとも預言者本人にとってなのか。


 僕がヒダカに気持ちを伝えることを否定はしなかったけど、ヒダカの気持ちが僕にあるとも言わなかった。


 パパッー!


 終わりの音が響く。兄が終わりの挨拶として何か話しているのに耳に残らない。


 遠くから期待のざわめきが届く。みんな、勇者が最後のダンスを誰と踊るのかが気になって仕方ないのだ。


 いつの間にか会場の中央に立っていたヒダカは、視線を釘付けにするだけすると兄に向かって深々と腰を折った。


「本日は、私への激励のためにこのような素晴らしいパーティーを催してくださり、大変感激しております。心よりお礼申し上げます。――神試合は決して楽な戦いではないでしょう。様々な困難が待ち受けているはずです。しかし! 私は必ずやこのスラオーリの国に勝利と言う名の王冠を持ち帰ります!」


 ワッと歓声が上がった。怒涛のような拍手も起こる。給仕でさえ感動して動きを止めてヒダカに見入っている。勢いが増せば増すほど僕の心は不安に震える。


 会場が割れそうなほどの大きさだった拍手も、ヒダカが小さく手を上げるだけで恐ろしいほどすぐに収まり静まり返った。


 妹たちに振り返り、二人の手を取り中央に連れ出すと、手を離して一歩下がった。


 二人の顔に微かに戸惑いが浮かぶ。


「終わりのダンスの前に、本日のパートナーを務めてくださったお二人に感謝を」


 会場がさっき以上の期待にざわめき、勇者のダンスを狙う人から我先にと労いの拍手が起こる。


 こうなってしまっては、彼女たちは怒りや悲しみを隠しながら淑女の礼を取るしかない。


 僕は嫌な予感がした。まさか。いや、でもこの流れで他の誰を呼ぶの? 他に誰がいる?


 ヒダカは続ける。


「そして、最後のダンスの代わりに皆さまへの覚悟表明として、仲間との結束を示します!」


 やっぱり!


 ザァと血の気が引く音がして、背中が寒くなる。咄嗟に近くにいたエルゥに視線をやると目を大きく見開いている。知らなかったのは僕だけじゃないらしい。



 ヒダカが手を上に掲げ、声高らかに宣言した。


「エルウア・マイグソン! キリセナ・バイレアルト! ルメル・フサロアス! ここへ!」

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