第40話 繰り返される日常

 いらっしゃいませ。


 これはまた珍しいお客様だ。どこで私のことをお知りに?


 ああ、なるほど、なるほど。戻ってきたばかりですか。今は何回目ですか? 四回目。それはお疲れ様です。


 それで今日は……。なるほど。そのルートが解放されませんか……。それは困りましたね……。


 いえ、実は私も方法は分からないんですよ。すみません。正直に言えば、余り好みじゃなかったもので……。すみません。はは! それはよかった。


 え? ああ、そうです。その情報はすでに入手されていたのですね。それは間違いありません。でも今戻ってこられたのなら、かなり選択肢も減っているのでは? やはりりそうですか。それでこちらに? なるほど。


 そうですね……。これはあくまで私の経験則なのですが……。よろしいですか? ありがとうございます。


 この世界は間違いなく実在しているものです。私たちはこの世界で生きている。ならば、実際に情報収集をするのも手なのではないかと思うのですが……。


 おや、何かひらめいたようですね。いいえ、いいえ。お役に立てれば幸いです。



 それでは、ご武運をお祈り申し上げます。



 ***



 酒場に行った翌日からヒダカは以前のように訓練へ参加した。事情を知っているのはごく一部なので二週間に渡る勇者の不在は公務のためということになった。


 一部では秘密の訓練をしていたとか、特殊な魔法を習得していたとかの噂が立ったものの、事実に触れるような内容はなかった。


 喜ばしい内容でもない上に、老夫婦の存在自体が機密情報なこともあって、エルゥのときとは違って流石に関係者のほとんどが口をつぐんだようだった。


 あれから二週間。変わったことが二つある。

 一つは、ヒダカの剣筋が鋭くなったことだ。

 今も、牛でレースをできるくらいに広い演習場のど真ん中で、この国屈指の剣士と手合わせをしている。


 流石に一撃で決着を付けられるほどの差はないのか、高い天井に修練用の剣のぶつかる音が響いている。


 カンッ!

 ダンッ!

 ガンッ!


 左からの横凪ぎには腕を捻って剣で力を流し、柄で首を狙われたら両手の甲で相手の手首を押しのける。


 そして、無防備になった胴に容赦なく強烈な蹴りを入れた。身体強化された体から繰り出された蹴りで、屈強な剣士が壁際まで吹っ飛ばされる。


「う、わっ……!」


 気になって手を止めていた全員がどよめき、喜色満面と共に歓声を上げた。次々とヒダカの元に人が押し掛ける。僕もつい口から感嘆の声が出た。


 相手の剣士には同僚だと思われる何人かが駆け寄っていた。


「参ったな、勝てる気がしない」


 きっとそんなことを話してるんだろう。苦笑する様子から簡単に予想が付く。


 もう、この国に一対一でヒダカに敵う人はいない。


 僕や他の固有魔法の使い手にさえ追い付いてしまっていたのに、前までは残っていた遠慮もなくなってしまったのだから本当に怖いものなしだ。


 ハッとして視線を下げる。


 とうとうヒダカに対して悔しいと感じなくなってきている。頼りたいと感じることも増えてきている。


 知っていたけど、知らなかった。知りたくなかったのかな。


 僕は剣士にもなりきれないただの凡人で、親友にもなりきれないただの女の子だ。


 ずっと側にいてくれた双剣に申し訳なくなる。


 たくさんの人の中、まるで取り残されたような気分になって、そっと踵を返して演習場を出る。


 でも、結局は廊下を歩きながらため息を付くことになった。他のことを考えようとして、嫌でも頭を過った予定に気が重くなったからだ。


 ――ヒダカが変わったことの二つ目。


 自分の立場が有利になるように動き始めたことだ。


 前以上に“勇者 エイデン・ヒダカ・ヘンリット”であることに真剣に向き合っている気がする。


 来週に去年から予定されていたダンスパーティーがある。開戦が近づいていることもあって決起集会も兼ねている。


 今までであれば、ヒダカはエルゥかセナをパートナーに選んでいた。何かあるたびに、本当に見事に交互に選んでいた。まるで自分は誰のことも特別にしてはいないですよ、と言っているようなものだった。


 そんなヒダカが、一昨日こんなことを言った。


「なあ、俺はダンスパーティーに誰と行った方がいいと思う?」

「……どうしたの? いきなり」

「俺も色々考えることが増えたんだ。だから、ルメルから見て一番“俺”にいい相手が誰かと思って」


 僕は顎に手を添えた。


「それなら、身内びいきで悪いけど、妹たちを誘ってくれると助かるかな」

「理由は?」


「今、国内は勝利後の話で持ち切りだ。彼らの話題の中心は君だ。帰国したら、きっとヒダカは結婚するよう迫られる。そのときに、妹たちに可能性を残しておくことで、フサロアス家の印象がよくなると思う」

「なるほど。そりゃ、そうだな……」


 納得はしても、気乗りはしていないような声だった。それもそうだろう。妹たちはエルゥとセナへの態度がとにかく悪い。


 例えば勇者パーティーの結成祝いのときも、要人を集めて行われた場で、あの二人は見事にエルゥとセナに挨拶以外の会話をしなかった。それが余りにも分かりやすいものだから、二人へのフサロアス家以外の当たりも強くなってきているのだ。


「エルゥとセナにとってもいいと思うんだ。今は聖女だ、賢者だともてはやされているけど、それもいつまで続くか分からない。あの二人が不利になるのは避けたいし、どっちかと結婚したとしても立場が弱いのはよくないよね?」

「つまり?」


 射抜くような目で見られて僕は目を瞬いた。


「君も学んだでしょ? 交渉はバランスだよ。今までの君はバランスを取っているようで、先延ばしにしてただけだ。”勇者”は世界で一番強いけど、何でも思い通りになるわけじゃない。腹を括れってことだね」


「今後の身の振り方を考えろって?」

「言い方を変えれば、そうなるね」

「そろそろ頃合いだとは思ってたけど……。仕方ないな。分かった。気は進まないけど考えてみる」


 そう言ったヒダカの顔は、真剣そのものだった。


 これ以外にも、あれだけ相性の悪かった兄と連絡を取ったとも聞いている。内容は二人とも教えてはくれなかったけど、どうやら政治的なもののようだった。


 自分の足場を固めるための行動は取っても、ここまで積極的に動くことはなかったものだから少し驚いている。


 それだけあの事件はヒダカにとって衝撃が大きかったのだろう。


 なんだか胸が苦しい。これは一体どんな感情なんだろう。


 最初はともかく、それなりに自分で選んだ人生のつもりだったけど、もしヒダカがいなければ苦しい思いもしなくて済んだのかな。


 ぼんやりとそんなことを思った。

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