『連絡船』

やましん(テンパー)

『連絡船』 上


『これは、多少の事実はありますが、あくまで

フィクションです。1970年台のこと……』




 『おいら、しこくさ、ゆくんだべ。』  


 やましんべは、中学の友人に電話していた。


 母の父が、危ない、と言う知らせがはいったからだ。


 『しこく、って、台風来てるみたいだよ。』


 この時代には、まだ、携帯電話とかスマホとかはないが、真っ黒なダイヤル式の電話は、各家庭にかなり普及しつつあった。


 カラーテレビは、まだやましんべの家には入っていなかった。


 父側の祖父は、やましんべが四つの頃に亡くなっていたが、四国から遠く関東の地にやって来て最後を迎えたのである。

 

 孫の相手を、つまり、やましんべと遊びながらの日々のなかで最後を迎えたから、それなりに幸せだったのかもしれない。やましんべを、古風なベビーカーに乗せて歩く写真が残っている。


 一方、母方の祖父は、ずっと、四国にある古くからの家に住んでいた。


 それは、太い大黒柱が入った丈夫な建物ではあったが、天井が丸見えで、電灯はまだ、白熱電球だったし、お手洗いは、外にあり、ちり紙はなくて、新聞紙だったり広告だったりした。その電灯は暗くて、頼りなかったから、夜間はなかなか、スリリングな場所だったが、このあたりの農家では、それで普通だった。やましんべの小さな自宅では、かなり前からすでに、蛍光灯だったから、白熱電球の灯りは、むかしはやましんべ宅もそうだったのだが、今さらに、非常に迫力があるように思えた。人の影を、まるで、黒く焼き付けるように、畳に刻む感じがした。しかし、母の実家は、このころには、大きな屋敷を新築したばかりだった。古い建物も、残ってはいたが、そちらは、あっという間にもう残骸で、まるで一気に、未来にタイムスリップしたみたいだった。


 長男、つまり、母の弟が後を見ていた。


 この人は大工だったが、地元の政治家にも関わり、それなりの発言力はあったが、かなりの地元思考だったから、そのあたりは、やましんべは、学生時代を迎える時期になると、あまり好きではなくなった。


 しかし、その祖父とは、あまりつながりがなかったのだ。


 なにをした人かも、やましんべは、まるで、知らなかった。


 母と帰省したりしたときは、居たに違いないのだが、いまひとつ、記憶がない。


      🛳️


 やっと三原に着いたころは、もう、真夜中だった。


 尾道からの連絡船は、たぶん、最終便が早くに終わり、なんとか一刻も早く着きたかったから、わざわざ、夜中の便がある、徒歩客には不便なフェリーに回ったような気がする。しかも、三原からなら、一気に目的地に行ける。


 尾道港は、駅の真ん前にあるが、三原のフェリー乗り場までは、三原駅からタクシーで行かなければならないくらいの距離がある。むしろ、距離だけならば、糸崎駅の方が近いかもしれないが、いかんせん、タクシーがいない。



 本州側は、まだ、それ程には荒れてはいなかったが、雲行きは明らかに怪しかった。


 今ならば、台風の位置や勢力も自前の人工衛星からの情報で即時に分かるが、この時代は富士山のレーダーや、アメリカからの情報が頼りだった。それでも、台風の位置さえよくわからない、やましんべが小さい頃に比べたら、格段の進歩だったが。


 深夜12時過ぎの(資料をみると、1時20分となっている。)、最終便を出すかどうかで、船会社は、かなり迷っているようだった。


 時間がきても、乗船が始まらない。


 なんでも、四国側の状況が、ぱっとはしないらしかった。


 港に入れるかどうか、安全に着岸できるのかどうかが、はっきりしなかったらしい。


 台風が近づいてきているのは間違いない。

 

 今ならば、おそらく、もっと早くに欠航を決めていただろう。

 

 しかし、当時は、船は、当然ながら四国に渡るほぼ唯一の、貴重な交通手段だった。飛行機はあったが、庶民が乗るものには入っていなかったし、やましんべ宅は、さほど飛行場から離れていないが、両親の里は、飛行場からはあまりに遠くて、かえって時間がかかるし、さらに、台風には弱い。予約のしかたも乗り方も、やましんべの家族は知らなかった。


 橋ができたのは、はるか後の事である。目に見えるような工事もまだまったく、始まってもいない。


 四国は、大きな孤島だったのだ。


 

       🌉




 


 


 


 

 


 


 


 


 


 

 

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