永遠の課題

笠井 野里

永遠の課題

 私は、夏休みの宿題を出せなかったたちの子どもだった。罪だとは思っていたけれど、宿題を出すことを諦めていたのだと思う。だからとにかく、どう言い訳するかに着眼点を置いた。直球の謝罪、知らないフリ、無くした忘れたという噓。屁理屈さえ捏ねたことがある。だいたいは看破され、無駄な努力として怒鳴られる。まあ、当然だ。それが嫌で、学校を休みがちになったことさえある。

 教師によって対応は結構違う。毎日、一時間近く怒鳴どなるような先生もいたし、ハイハイまただねと諦めているような先生もいた。

 だいたい彼らの論理的に正しい説教は、忘れてしまった。しかし一つ、ある先生の怒り方は、忘れられない。

 あれは、小学校のいつか、確か二か三年の担任だった。女で、少し太め。若いのに目元にうすいほうれい線のようなものさえあって、顔つきからは良い印象を持たなかった。性格に関しては、全くと言っていいほど、印象がない。

 例に漏れず、その担任のときも、課題を出さなかったのだけど、彼女のあの癖が、私には忘れられない。

 彼女は毎朝、朝の会(懐かしい響き!)の時間に、課題を数える。

 委員会のお知らせのときでさえ、彼女は、課題の数を数えている。何回も数えるのだが、毎回私の分の課題は増えていない。皿を数える女妖怪のよう。一枚、二枚、三枚。そうして数えて、結局一枚足りない。顔色は何一つ変わらない。ただ数え直す際、毎回書類を机に当てて整えるのだが、その音が教室中に鈍く響く大きい音だった。音に明確な、凄まじい怒気のような怨気えんきのような、とにかく恐ろしい感情が見える。そうして整った書類をまた数える。これが何回も続く。教壇きょうだんで生徒が話していようが関係ない。ドスン、ドスン。まるで罪人を斬首するギロチン。一度、その音について隣席の女の子に尋ねたことがある。あの書類を直す音はうるさくてかなわない、やってられないと話す私に

「え、そんな音してる?」

 とキョトンとした顔をして、訊き返すものだから私は酷く驚いたし狼狽うろたえた。罪人にしか聞こえない音なのかもしれない。ドスン、ドスン。一枚、二枚、三枚……

 そうして先生の話になると、だいたい簡潔かんけつに話を終わらせ、最後に私の名を呼ぶ。私は断頭台に上がる罪人の気持ちで、下を向いて彼女の方に向かう。私の顔を見て、またギロチン。そうしてお説教の開始である。説教の内容や仕草は覚えていない。しかしあの、書類を整える音だけは、今でもはっきりと思い出せる。

 それどころか大学生になった、今でもたまに、その音が聞こえるのだ。ドスン、ドスン。その度、私は激しく憂鬱になり、罪をあがなわない罪人であることを思い出し、なぜかまだ私を殺さないギロチンを思う。

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永遠の課題 笠井 野里 @good-kura

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