第30話 嫉妬の炎

「い、いや……服のことよりはまずその姿のことを説明してもらいたいんだけど」

 

 俺は理性の力でなんとか白の体から目線を慌ててそらしながら言う。


『ふむ……それもそうだな——』

 

 そして、白の口から出た答えはしごく単純なものだった。

 魔法……幻影魔法とやらで、姿を変え……いや幻を作り出しているとのことだ。

 

 理解はした……だが、容易には納得しがたいものはある。

 とはいえ、この異世界に来て散々経験しているように、圧倒的な現実を目の前で示されると、無理やりにでも頭をこの新たなリアルに適用せざるを得ない。

 

 現に俺の視界には優雅な美女——白——がいて、話しをしているのだから……。

 俺は半ばあきらめたように、

「……わかったよ」

 とうなずく。


『ところで……だ。主殿。どうだ? この人族の姿は? 気に入ってくれたか?』

 

 そう言うと白は、俺の方をじっと見つめてくる。

 何か白の一挙一投足に妙に色気を感じてしまう。

 

 い、いや……しっかりしろ。

 相手は獣だぞ。


「え、えっと……ま、まあ……い、いいんじゃないか」

 

 俺は自分の下心を知られないように、あまり興味がないフリをして必死にごまかす。


『ふーむ。そうか。まあ、わたしも人族の男が好む女の姿ははっきり言って詳しくはないのだが……しかし、繁殖のためにこういう胸部が大きい女が好まれるのだろう?』


 白はそう言うと、俺のすぐ近くにまできて、胸元をこちらに見せつけてくる。

 俺は予期せぬ白の行動に、


「え……あ……い、いや……」

 

 と、思いっきり挙動不審になりながらも、目は白の胸元に言ってしまった。

 

 白は俺のその反応を興味深げに見ながら、ますます近づいてきて……いや密着してきて、もはやその息遣いまで感じるほどに——


 その時、ふと白の後ろにいるクレアが目に入った。

 クレアは、今まで見たこともないほどに冷たい目をしていている。


 いや……それだけではなく、クレアはなにやら片手を上に上げていて、その先には——


 火球が渦巻いていた。


「え……と、クレア……な、何を——」


「——ルドルフ様……この獣のはしたない振る舞いには我慢がなりません。一度——焼いてしまった方がよろしいかと」

 

 クレアは冷静な口調のままとんでもないことを言い出す。


「い、いや……ち、ちょっと——」

 

 俺が止めようとすると、白が火に油を注ぐような発言をする。


『まったく……女の嫉妬はみっともないぞ。ましてや主殿を困らせるなど——』


「ば、馬鹿を言うな……獣に嫉妬など——」


『しかし主殿は大分この姿を気に入ってくれたようだぞ。なあ主殿?』


「え……いや——」

 

 俺は思わず言い淀んでしまった。

 確かに今の白の姿はどうしようもなく魅力的ではっきり言って、目を奪われてしまっていた。

 

 とはいえ、俺のこの態度はまずかった。

 

 クレアは、俺を鋭く睨んで、

「………ルドルフ様。そうなのですか?」

 詰問してくる。

 

 これほどの剣幕で睨まれたのは正直今までの人生でおそらく初めてなのではないかというほどにクレアの視線は怖かった。

 

 なにか今後の発言次第では、火球が俺の方に飛んできそうな気がするほどに——


「えっと……確かに今の白の姿はとても綺麗——」

 

 その瞬間——クレアの視線が一層鋭くなる。

 俺はその迫力に言葉が一瞬止まってしたが、それでもなんとか続ける。


「——き、綺麗だけど、その……く、クレアの方が俺は好き……かな。その耳もとても神秘的だしさ……」


 そう言った後すぐにかなりマズいことを言ってしまったと後悔した。

 俺の本心ではあるけれど、よくよく考えたら……いや考えなくともかなりキモい発言である。


 クレアの反応を恐る恐る見る。

 クレアは顔を背けて、耳を抑えている。


「す、好きだなんて——急にそんなこと……」

 

 やはりクレアの心証を大分害してしまったようだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る