幕間エピソード 白の想い——その3
「ところで……お前はいつまでその姿のままでいるつもりなの?」
そう言って、エルフの女はわたしの今の姿を上から下まで確認するように見る。
『さて……いつまでかな。とりあえず街にいる時は、人族の女の姿でないとマズいだろうしな』
「な……お前も街に一緒に来るつもりなの」
『当然だろう。使い手であるわたしがいなければ誰がお前に対して幻影魔法をかけるというのだ』
「そ、それは……確かに。でも……ということはルドルフ様もその姿を見るということに……」
『主殿が今のわたしの姿を見たら何か問題なのか? 主殿は人族なのだから、獣の姿よりも人族の女の姿の方がむしろ良いだろう』
「ま、まあ……それはそうだけど。でもまさか魔獣のお前が幻影とはいえ、こんなに人間の……若い女に似せられるなんて。ルドルフ様が良からぬ気持ちを抱かなければいいけど……いや……そんなことルドルフ様が思う訳ないわよね……相手は魔獣なのだし……いえ……でもルドルフ様もまだ幼いとはいえ男なのだから、幻影とはいえ若い同族の女を見たら……」
と、エルフの女はわたしのことを無視して、ひとり自分の世界に入って、ブツブツと何かを言っている。
『おい……一人で考えにふけるのはよいのだが、主殿をあのままにしてはおけないだろう。あの様子だと半日近くは眠ったままだぞ』
「え……そ、そうだ。ルドルフ様をいつまでも床に寝かせておくなど——」
エルフの女はようやく我に返ったのか、眠りこけている主殿の元へとかけより、自分の膝の上に抱きかかける。
そして、主殿の寝顔に吸い込まれるようにただじっと見つめている。
本当に愛おしくてたまらないと言った様子で……。
——いつまで経ってもエルフの女は微動だにしない。
放っておいたら夜までこのまま見つめているのではないかと思うほどに……。
『……いい加減に離れたらどうだ。主殿も、お前の膝枕よりも、大地の上で体を横にした方が休まると思うのだがな』
さすがにわたしもついに我慢できずに呆れながら言う。
「な、何を言う! いいか、お前は知らぬだろうが、幼い時分にはずっとわたしがこうやってルドルフ様を寝かしつけていたのだ」
『いやしかし……主殿はもう幼子ではないだろう。人族の年齢はよくわからぬが……少なくとも膝枕が必要な年齢とは思えぬぞ』
「いいか! わたしとルドルフ様の間にはお前などでは到底立ち入ることができない長い関係があるのだ!」
『そうは言うが、ほれよく見てみろ。主殿は随分と苦しそうな顔をしているぞ。やはり、お前の膝枕では寝心地がよくないのではないか』
「な!? そんなことは——」
とまあ……こんなやり取りをしながら、エルフの女は、結局日が暮れるまでいつまでも主殿を離さなかった。
ようやくエルフの女が主殿から離れたのは、自身も眠りこけてからである。
その際も「わたしが見張りをする」と言って聞かなかったのをようやく説得してからのことであった。
やれやれ……先が思いやられる……。
が……まあすくなくとも無防備に寝るくらいにはわたしのことを信用しているか。
——それにしてもこの女……主殿にくっつきすぎじゃないだろうか。
これでは主殿が暑苦しくて仕方がないのではないか。
そう思いながら、エルフの女をじっと見ていると、殺気を感じる。
やはり狸寝入りか……。
心なしか獣の姿よりも今の人の姿になってからの方がエルフの女からの圧が強い気がする。
わたしは、ため息をつきながら、森の方へと顔を向ける。
さて……人族の街ではどうなることやら……。
好奇心が9割、残り1割が心配という面持ちでわたしは、静まり返った夜の森にわずかに出ている星々の光を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます