第17話 魔獣との初めての闘いとその思わぬ結果

 俺はしばしその場で固まってしまった。 

 クレアは俺のそんな様子を見て、呆れ果てたのか、


「あのルドルフ様。やはりわたしが対処いたしましょうか」

 と言う。


『じゃあ頼むよ』と思わず喉から出かかってしまったが、辛うじてそれをこらえる。

 さすがに魔法が使えないからといって、あからさまに危険な接近戦をクレアに丸投げすることはできない。

 

 というかクレアがあまりにもあっけらかんとしているから、『魔獣と闘う』ことが、まるで『車を運転』するくらいのハードルの低さのように思えてしまう。

 この世界では魔獣と闘うことはそれくらいの感覚なのだろうか。


「い、いや……俺がやるから」

 と声を震わせながら言う。

 

 しかし……どうやって闘うんだ。

 自慢じゃないがケンカの類いなど小学生以来したことすらない俺が……。

 そもそも眼の前にいる魔獣の力はどれくらいのものなのか。

 

 と、そこで俺はようやく初歩的なことに気づく。

 そう……『鑑定』スキルだ。 

 

 これを使えば自分と相手の力の分析ができるはずだ。

 とはいえ、今までは人にしか使ったことがなかったが、はたして魔獣にも効果があるのだろうか……。

 

 俺はもう一度先ほどの茂みへと視線を向けて、『鑑定』スキルを発動——脳内で鑑定する旨を思考——する。

 

   「名前」・・・魔獣A

   「力」・・・23

   「魔力」・・・70

   「体力」・・・28

   「幸運」・・・4

   「スキル」・・・なし

   「ユニークスキル」・・・***


 視線の横に例の文字列が表示される。

 どうやら人以外にも『鑑定』スキルは有効らしい。

 

 そして幸いなことに今相対している魔獣は俺の固有値よりも全体的に数値が低い。

 これならいける……のか。

 

 しかし、魔力が大分高いのが気になるが……。

 もしかしたら、魔獣は全体的に魔力が高いのだろうか。

 いずれにせよ比較対象がない以上、ここで考えていてもしかたがないが……。

 

 俺は一呼吸をして覚悟を決める。

 そして、護身用として身につけている短刀を握りしめて、息をこらして相手へと近づく。

 

 クレアも、俺のすぐ後ろに続く。

 魔獣との距離が20メートルくらいになったところで、ついに魔獣が茂みから出てきてその姿を現した。


「ブラックハウンド……ですね。一匹でいるのは珍しい……ですが。しかも、白い毛並みなのも……」


 クレアが警戒体勢を保ちながら声を潜めて言う。

 俺は初めて目にする魔獣の姿を食い入るように見る。


 これが……魔獣か。

 その姿は幸い……なのか「熊」ではなく狼の類いの形状をしている。


 ただ熊ほどではないが、かなり大きい。

 狼をリアルで見たことがなくうるおぼえの記憶しかない俺でもわかるほどに眼前の魔獣の体躯は一般的な狼と比べて大きかった。

 

 さらには口元から除き見える牙などもこの距離から見てもわかるほどに鋭く長い。

 クレアの態度から察するにこれでもこの世界ではよくいる「モブ」魔獣っぽいが……。

 

 それにしても、確かに『ブラック』という割には随分と真っ白で、しかも大分美しい毛並みをしているな……。

 

 が……そんな俺の思考も魔獣の突然の唸り声とともにすぐにかき消される。

 

 その音が耳に木霊したのとほぼ同時に魔獣は勢いよく駆け出し、飛びかかってきた。


「ルドルフ様!」


 クレアの叫び声が聞こえたと思った時には、既に俺の鼻先に魔獣は来ていた。

 ほとんど反射的に俺は両手を前に突き出し、防御体勢に入る。

 あの牙とこの巨体で噛みつかれたら一貫の終わりだ。

 

 そう心の中で悲鳴を上げながら、魔獣の巨体を死にものぐるいで止めにかかる。

 おそらくはほんのわずかな時間だったのだろう。

 ほどんど無意識下で動いてくれた俺の体はなんとか魔獣の初撃を受け止めて、致命傷を負わずに済んでいた。

 

 ただ魔獣の攻撃を受け止めた時の衝撃はかなりのものだったらしく、俺はいつの間にか後ろに吹っ飛んでいた。


「ルドルフ様! 大丈夫ですか!」

 

 クレアが俺の方へと駆け寄ってくる。


「な、なんとか」


 クレアの前で強がったところも多分にあるが実際のところそこまでのダメージは負っていなかった。 

 これはやはり固有値の数値が高いことによる恩恵なのだろう。

 俺みたいな完全に戦闘に関してド素人の俺でも、ここまでの動きができるとは……。

 

「ルドルフ様は下がっていてください。わたしが……やりますので」


 そう言うクレアの口調は一見いつもと変わらぬ冷静なものだ。

 が……その美しい緑の目を見ると、有無を言わさぬほどの静かな怒りがこもっていた。


 正直、今にも魔獣に飛びかかりそうなくらいの勢いがあり、俺は気圧されてしまった。

 俺のあまりの不甲斐なさに相当憤ってしまったのかもしれないと……。

  

「く、クレア。ちょっと待って——」

 

 俺が慌てて止めようとした時、 


「グルゥゥ!!!」

 

 と、先ほどの魔獣のけたたましい雄叫びが響きわたる。

クレアはその雄叫びで水を刺される形になったためか、とりあえず今すぐ飛びかかるのはやめ、その場でただ眼前の魔獣をじっと見据えて、警戒心を保っている。


 俺も少しばかり平静を取り戻し、間近で魔獣をあらためて見てみると、あることに気がつく。

 

 魔獣の全身は、ともに痛々しいくらいに大きな傷を負っている。

 もちろん俺が与えた傷ではない。

 つまるところどうやらこの魔獣はかなりの手負いらしい。


 そう考えれば、こうして敵である俺たちが間近にいるのにも関わらず魔獣が追撃せずにただ威嚇しているのも納得がいくというものだ。

 

 となると、『逃げる』というのも現実的な選択肢になってくる。


 俺がそうクレアに言おうとした時、魔獣が体の向きを変えて今までで一際大きな雄叫びを上げる。

 

 何事かと俺たちも魔獣の視線の方へと体を向けると、複数の魔獣がぞろぞろと出てきた。

 

 目の間の魔獣と同じ種とおぼしきブラックハウンドの集団である。

 

 最悪だ……。

 仲間を呼ばれてしまった。

 

 俺は突如として現れた魔獣の群れを見て、思わず目の前が暗くなってしまった。

 が……そこから事態は思わぬ方向へと進んでいく。

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