第30話 正面突破ならず

 明るい店内と、可愛いエプロンをした女給たちが、にこやかに給仕をしている。ハナは最近できたパーラーというところに清に連れてきてもらった。


「君からデートしたいなんて驚きました」


 ハナは別にデートに誘ったわけではなかった。清に婚約破棄のお願いをしようと思って「二人でお話ししたい」と言っただけだった。 


「お好きなものをどうぞ。もうすぐ…お別れですからね」


 そう言われて、ハナは清を見つめた。涼しい顔で整った清は決して嫌いではない。ただ他に好きな人がいるのに騙すような気持ちで結婚はできないと思った。


 どれも美味しそうだが、値段が張るのでハナがメニューを決めかねていると、清が決めていいか? と聞く。


 頷くと店で一番高いものを頼んだ。プリンやアイスや果物が乗っているプリンアラモードだった。


「…こんな」


「お腹壊しますか?」と言うので、ハナは少し笑って首を横に振った。


「それで…改まって話なんて…。あまりいい話じゃなさそうですね」


「あの…私、やはり結婚は…」と思い切って切り出した。


「花嫁修行が辛いですか?」


「そんなことは…」


 実際、花嫁修行はハナにとって楽しい時間だった。ピアノは少しずつだけれど、簡単な曲が弾けるようになったし、ダンスもとても楽しかった。


「ではなぜです? 理由を教えてくれませんか?」


 その清の言い分は正当だと思ったので、ハナは勇気を出して言うことにした。


「他に…好きな方が…出来ました」と最後の方は小さな声で言った。


 清はハナを見て「正雄ですか?」と言った。


 ハナは答えられずに息を飲む。


「彼はいい男ですからね」


 まるで分かっていたかのように淡々と話した。


「申し訳…ありません」


 ハナは頭を下げるしかなかった。


「それが理由ですか?」


「…はい。こんな気持ちで大原様と婚約を続けるわけには…」


「僕のことは嫌いになりましたか?」


「…嫌いになんて」


 しばらく横を向いて清は黙った。沈黙の後、清は言った。


「では…構いませんが」


 その意味が分からず、ハナは清を見た。


「婚約は続けて構いませんと言う意味です」と驚くようなことを言った。


「…どういうことですか?」と声が掠れる。


「あなたが正雄を好きになっても、構いません。婚約はそのままで結構ですと言う意味です」


 その言葉の真意が分からなかった。


「酷なことをいいますが…あいつはあなたを選びませんよ。僕との約束を守ります」


 そう言い切る清にハナは言葉が出なかった。


「彼はそういう男です」


「確かにそうです。でも…私がこんな気持ちでは」


 そういうと、清は軽く笑った。


「ハナさんのそういう真っ直ぐなところ…気に入りました」


 何を言っても取り合ってもらえそうにない。それなら言わない方が良かったのか…。無駄に清を傷つけてしまっただけかも…とハナは俯いた。

 

 横長のガラス皿に驚くほどのフルーツとプリンが乗っていて、運ぶ女給はどこか自慢気で、それを通りすがりに見るお客は感嘆の声を上げる。


 それがハナの目の前に置かれる。

 周りの人の羨ましそうな声とため息が聞こえた。それに清は整った顔の清潔感ある男性だ。ハナのことを品定めするような視線も感じる。


「さ、召し上がってください」と清に言われる。


 まさかこんなに話を流されるとは思ってなかったので、ハナはどうしていいか分からないし、そもそもこんなものを頂いていいのかも分からない。


「食べないのなら、食べさせて差し上げましょうか?」と言ってスプーンを取る。


 こんなに人の視線を集めているのに、さらに注目を受けてしまう、と慌ててスプーンを受け取ろうとする。

 

 スプーンを渡されながら

「ハナさん、あなたを幸せにするのは僕ですから。それは彼も分かってます」と言われた。


 清の前だと、まるで何もできない赤子になったような気分になる。


「…食べたら、動物園にでも行きましょう」と言われ、ハナは子供扱いしないでください、と、顔を横に向けた。


「それは失礼しました」と素直に謝られ、慌てて「こちらこそ、我儘ですみません」と謝ると、清は笑った。


「いいんですよ。少し距離が縮まった気がします」と穏やかに言われる。


 確かに清に話すのが少し気楽にはなった。でもハナは正面突破しようとしたが、少しも動じない清にどうしていいか分からなくなった。


「…動物園…行きたいです」


 清が笑いを我慢しているのが分かったけれど、ハナは忸怩たる思いでお願いした。

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