第29話 ずっと…
「奥さんのことがあるからですか?」
「…いや、そうじゃなくて…なんだろう」と未嗣は軽く目を閉じた。
夕雨は本当に未嗣が夢の中の人なのだろうか、と今でも不思議な気持ちになる。あれ以来、夢を見ていないから夕雨の中でも曖昧な気持ちになっているのだが、今だと未嗣を意識し過ぎて彼を夢で見てしまいそうだし、未嗣でなければ、それはそれでがっかりしてしまう気がする。
「今度って…ほんと、なんだろうね?」と未嗣に聞かれた。
「え?」
「初めて会ったのに」
「だから…未嗣さん…もし私と前世で会ってたら…?」
「あ、前に言ってた夢の話?」
「そう…です。この前は否定されましたけど」
ちょうどアイスクリームが運ばれてくる。
「否定は…してないけど。まさか僕が…」
「もしかすると私と未嗣さんが前世で会ってたから、だから私に一目惚れしちゃったんじゃないですか?」
「え?」
「そう考えたら納得行かないことが、納得できます」
「納得できないこと? アイス、食べたら? 溶けちゃうよ」
夕雨はこれを言ったら、終わりになるかもしれないと思ったけれど、言うことにした。
「未嗣さんのことが分からなくて。お付き合いの話も…ずっと納得できなくて。でも前世からの繋がりだから、…一目惚れしちゃったんです。そうじゃなかったら…多分、好きにならないと思います」
「…」
未嗣は黙っている。
「…いただます」と小さい声で言って、夕雨はアイスを食べた。
しばらくの沈黙があり、夕雨は未嗣も冷静になっているんだろうな、と思いながら冷たいアイスを食べる。風が吹いて気持ちがよかった。
「…妻と付き合っている時…彼女を愛してたけど…微かに違和感があって」
「違和感ですか?」
「でもそれは彼女が病気を持っているからかと思ってた。いつかは別れが来るのを分かっているからか、気持ちをセーブするための違和感かなって。それは自分の中ですごく不思議で…。好きだし、愛してたのに、どこかで違う気もしてた。…でもすごく微かな違和感だから…。そんなにずっと感じることはないし、次第に薄れていったけどね」
それは未嗣も説明しがたい感情らしく、夕雨にも分からなかった。
「それで…私にはその違和感がないっていうことですか?」
「…違和感じゃなくて…」と言って、未嗣は困ったように首を傾ける。
夕雨もつられて同じように首を傾けた。それを見て、未嗣が笑う。
「夕雨ちゃん、なんでそんな可愛いことするの?」
「え?」と言って、慌てて傾けた首を元に戻した。
「違和感じゃなくて…一目惚れってことはやっぱり前世で君のこと好きだったのかな?」
そんなことを未嗣が言うので、驚いた。
「…あの、でも前に前世に囚われない方がいいって。好きに恋した方がいいって…」
「恥ずかしいなぁ」と未嗣が言うので、何を言い出すのだろうかと未嗣の顔を見た。
それは夕雨が運命の人を探しているって聞いてたから牽制していたと言った。万が一、運命の人が現れてもそっちに行って欲しくなかったらしい。
「牽制?」
「運命の人より…僕を見て欲しかったから」
夕雨は驚いて、何も言葉が出なかった。そして最初に出会った時、一瞬よぎった感覚を思い出す。あれは本当だったのだろうか。
「自分が夕雨ちゃんの運命の人だって発想はなかったからね。だから結構、頑張ったんだけど…」
そう言われると、未嗣がいろいろ夕雨にしてくれたことが理解できる。英語を教えてくれたり…、バイトを代わってくれたり…ストーカーのことも…。
「お肉も?」
「お肉は…まぁ、一緒に食べれたら嬉しいけど、流石にね」
そう言われて未嗣がしてくれたことがたくさん思い返される。どれもこれも、どうしてこんなことをしてくれるのだろうと思っていたけれど、未嗣の気持ちを知ると理解できた。
「…本当に私のこと?」
「本気だよ」
その声を聞いて、夕雨の胸が震える。特に出会ってから時間は経っていないのに、なぜかようやく…という思いが裡に広がる。
「もし君が夢で見ているのが僕だったら…初めましてじゃないんだろうね」
長い、長い年月の末に気持ちが届いたような感覚で
「ずっと…」
未嗣を見て言った。
「好きでした」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます