第2話 種無しの犯罪

 変な女の人に絡まれたからいつもよりも2ランク低いテンションで帰宅する。しかし、今日は戸棚の奥に入れている、一年間待ちに待った季節限定の大好物のポテトチップスがあるから悪いことばかりではない。なんならマイナスを超えてプラス値に戻るまである。戸棚の奥においているのは妹から取られないようにしていた時の癖である。そうだ悪いことばかり考えなくても良い、俺の人生にはちゃんと楽しみがあるのだ。


 わくわく気分に戻ってきたところで、家の戸を開けようとしたところで違和感に気づく。なぜか、分からないが家の扉が開いている。おかしい、確かに朝家を出るときに閉めたはずなのに、俺の勘違いだったのか?まいいや、扉を開けて俺は「ただいま」としっかりと口に出して音を作る。お風呂にこびり付いた黒カビのように寂しさがホームシックとなった僕の心に沁み付いている。自分でも虚しいと思いつつも懲りずに続けている。最近では音がないことに寂しさを感じるようになり、帰宅してからすぐにテレビを付ける癖がついていた。いつも通り帰宅して、玄関にある小物入れからスマホを手に取る。家にスマホを置いてないと、大学授業でこっそりスマホ触っってしまうから、家の外では持ち歩かないようにしている。そして、テレビの置かれている寝室の方へ移動するための少しだけ開いていたドアを開けようとすると、朝学校に行くときは切っていたはずのテレビがついているのが、隙間から見える。おかしい、ケチな俺がテレビを付けっぱで学校に行くがはずがない。玄関のドアも開いていたことを思い出し、俺の心の中に不安が生まれてくる。緊張しつつもそろりとドアノブに手をかけて、ゆっくりと中の様子を確認しながら開ける。すると、嫌な予感が的中した。テレビを見ながら休日に何もすることがなくなったお父さんのようにベットの上に寝転んで、俺の好物のポテトチップスを貪る青髪の少女がいた。少女は寝ころんだままこちらを向いて一応形式上やっておかないといけないと言わんばかりに、寝転んだまま顔をこちらに向けて口を開く。


「おかえりなさいませご主人様。鍵が掛けられていたので開けて起きました。気遣いのできてかわいいくて優しいメイドさん、流石は私ですね!報酬として戸棚の奥に隠すかのようにおいてあったお菓子をいただいております」


 まず何から言えばいいかわからない。普通このような状況になったらまず驚き腰を抜かすだろう。しかし、今の俺は驚きではなくて別の感情を抱いていた。それは俺の誕生日プレゼントを、俺の金を使って買われるような驚き呆れる感情だった。


「なんで人の家に入り込んでんだよ。」


「私、ちゃんと言いましたよ、近いうちにお邪魔すると」


「近いの概念がほぼゼロ距離、なんなら接触してるやん」


 相手を待たせないというメイドとしての覚悟は最高によいが、俺の中ではまだこいつは名前すら知らない赤の他人、いや道端でストレスをたっぷりと提供してくれたメイドである。まだ、家に入ることを許可した覚えはないぞ。早く追い出したいけど、侵入方法が全く分からない。その経路を絶たなければ、同じことの繰り返しとなってしまう。何とか本人に追い出したいことを悟られずに聞く方法はないものか…………。


「俺よりも先に家の中にいたけど、カギ閉め忘れてたかな?」


「ああ!玄関から入るのは迷惑かと思ったので、煙突から入ってきましたよ」


「クリスマスプレゼントを配るサンタさんか!しかも、このマンションに煙突はない。あと、普通の人は玄関から入られるより、煙突から入られる方が数倍、嫌だと思う」


 ひとつの返答でここまでボケが重なっているのにツッコミを入れるのは生まれて初めてかもしれない。考えてみれば、路上で正座をしていた彼女は今後の衣食住が掛かっているのだろう、そう簡単に本当のことを答えてあげないということか。でも、これ警察に通報したら即逮捕じゃないか?いや、まだ分からない。向こうも、こちらを脅せる材料がないと、こんな大胆なことはできないはず……それなら相手の手札を切らせるために一度、脅してみるか。


「これ以上内に居座るようなら、警察を呼ぶぞ」


 相手を威圧するようにいつもよりも二オクターブくらい低い声で力強く警告する。俺は本気だぞとスマホを手に取り、相手に警察の電話番号を打ってすぐにでも掛けられる状態であることを見せつける。しかし、もうすでに対策済みであると言わんばかりに彼女の余裕の表情は崩れない。やはり、何かしらのジョーカーを持っているのであろう。相手がジョーカーを切るのを待つことしかできない俺をあざ笑うかのように、ここで彼女が動く。


「残念でしたね、ご主人様がそうすることを気遣いのできるキュートで美人な私は見越していたよ。ご主人様のスマホの設定のところを見てください」


 いつ俺のスマホに細工をしていたというのか。確かに朝一度家で触った時から俺はスマホを家に置いたままで触れていなかった。だからその間に俺のスマホをいじったというのか。今度はスマホのロックまで突破しやがった。でも、帰宅までの時間ではそんな大層なことができる訳ない。ということは、俺に会う前から俺の家に居たいうことなのか………………怖すぎるだろ。まあ、とりあえず、相手の言葉の真意を探るために設定画面を確認してみるか。え?Wi-Fiが繋がっていない。それ以外は何ともない…………と、驚き理解に苦しんでいると。


「そうです、これから先スマホ依存症になるかもしれないご主人様の代わりに私がWi-Fiを繋いでいない状況下で低速になるまで、使用し続けてやりました。しかも、今はWi-Fiを切っている状況です。つまりご主人様は電話をすることも、依存することもができま…………」


「スマホなめんな。緊急時の場合は低速関係ないわ。」


「え~~~まじで?」


 さっきまでの敬語はどうした?素が出てるぞ。まあいい、呆れるあまりツッコミを入れてしまったが、結果オーライ。これで安心して通報できるそう思っていた。ここで運命に嫌われているのか、スマホの充電が切れてしまう。メイドをするというならご主人様のスマホを使ったらちゃんと充電くらいしてくれよ。いやまだだ、こいつは充電を切れたことを知らない。それをうまく利用しよう。


「俺も鬼ではない、今すぐに家から出ていき、二度と来ないと肝に銘じるのならば、今日のことはなかったことにする。だから、……」


「そういえば私さっきご主人様のスマホの充電がゼロになるまで使ってましたよね…………いや、間違えました。ご主人様が依存されないように電源がきれるようにしておいたのです。流石は私、気遣いのプロ女神ですね。」


 女神は関係ないと思いますが、あと、本音が出てるぞ。おそらく純粋に俺に嫌がらせをしたかっただけなんだろうな。まあ、毎日訪れてこようと警察に一度連絡してしまえば、ただ捕まることしかできない無力な女の子なのだから、今日のところは引き下がろう。そんな思考を冷静に戻すことのできた俺に彼女が原爆並みの爆弾を投下する。


「まあ、実は昨晩こっそり忍び込んで実印と君の筆跡をいただいたから、もう契約書にサインしているのですけどね。おめでとうございます」


 と言いつつ見せつけてくる紙切れには俺が書いたとしか思われない筆跡で契約書にサインされていた。さっきからどんな手を使ってやってるんだよ。犯罪者ステータス高すぎるだろ。しかも、本当にこいつ俺のメイドをするつもりなのか?何がしたいか全く理解ができない。もういい、こいつには戦いを挑まないこと、おそらくそれ以外に勝機がない。殺すタイミングならいつでもあっただろうに、殺されていない。お金に困ってるなら取るタイミングも無限に作り出せただろうに、それをしなかったってことは少なくとも命の保証はされていると考えていいのだろうか?まあ、色々怪しいのは確かだ、最新の注意を払っておこう。


「もういい俺の降参だ。メイドをするなら好きにして欲しい。」


「美女との二人暮らしに興奮して襲わないでくださいよ!いくら私が可愛いからってそんなことしたら世間が許してくれましんよ」


 もうすでに俺は夜、襲撃を受けているが……このことは彼女の中では、犯罪ではないのだろうか?俺の知らない世界もあるのだろうか…………。


「しねえよ、今日からよろしく」


 不本意ではあるが、ここまでされるともはや脅迫なので、受け入れるしかない。まあ、いい。心は泣いていたが、理性でポジティブシンキング、念願のメイドだ~~。犯罪者としては一流だけど、メイドとしては難ありの子が俺のメイドになってしまった………………。


 





















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