黒い大きな手とキラキラ星

生永祥

真っ黒な手とぐちゃぐちゃの文字

 今、私の目の前に、A4サイズ程の大きさの、スケッチブックが一冊置いてある。

 随分長い間、押し入れの中に置かれていたスケッチブックの表紙は、劣化してしまったのか、白色から茶色に変色していた。

 久しぶりに押し入れから取り出したスケッチブックの表紙を、私は長い時間じっと見つめる。そしてその後、私は意を決し、ゆっくりとスケッチブックのページを開いた。パラパラと、ところどころ変色した紙のページをゆっくりと捲る。そして最後のページから二番目のところで、それまで動かしていた私の指がふと止まった。

 その瞬間、真っ黒な大きな固まりが目の中に飛び込んでくる。

 するとそこには、4Bの鉛筆で、乱暴に書きなぐられた詩と絵が、スケッチブックの紙面いっぱいに克明に記されていた。紙面の中央にあるものは、鉛筆で真っ黒く塗りつぶされた大きな手だった。その手が遠くにある煌めく星を掴もうと、懸命に手を動かして、もがいている。

 そんな勢い良く書きなぐられた絵が、お世辞でも上手いとは言えない、ぐちゃぐちゃの線で描かれていた。

 そしてその絵の両側に目をやる。すると鉛筆が折れそうなほど強い筆圧で書かれた詩が、これまた、ぐちゃぐちゃの文字で紙に刻み込まれていた。


泣いてばかりじゃなくて。

黒い手でも良い。

つかんでみろよ。

もう己の道を断ってしまうな。

叫んで狂いそうになってもふんばれ。

負けるな。信じろ。狂うな。

逃げるな。己の道をゴミのように捨ててしまうな。

どんなものも全て。希望は君の手の中に。

2006.8.5. sat.


 この詩と絵は、私が心療内科で『うつ病』と診断されて、約二ヶ月後に描いたものである。

 一瞬でも気を抜くと、気が狂いそうな精神の中で、魂を込めて必死になって描いた作品である。

 久しぶりにそのスケッチブックを開いた私は、そっとそのページに触れた。その瞬間、閉ざされていた約十七年分の記憶が、まるで走馬灯のように蘇ってくる。

「……ここまでくるのに、十七年もかかったよ」

 そう呟いて私はもう一度、スケッチブックに描かれた真っ黒な大きな手と、キラキラと輝く星の絵を優しくそっと見つめた。


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