第5話 氷の貴公子のプライド 1
ロイがアリアドネを始めて見たのは本当に偶然だった。
それは越冬期間に入ってすぐのことだった――
鍛錬場で訓練が終わったロイは黙々と剣の手入れをしていた。他の仲間たちは楽し気に歓談している。
「……それで、今夜俺にようやく番が回って来たのさ」
「へ~……そうか。羨ましいな? 相手は誰だ?」
「ああ、確かミリーって名前だったかな?」
「あ、あの口元のほくろが色気のある娼婦か‥‥…いいんじゃないか?」
彼等は今夜娼婦に相手をしてもらう話で盛り上がっていたのだ。
「……」
ロイは下卑た会話を聞き流しながら、剣を磨いていると不意に背後から声を掛けられた。
「おい、ロイ。お前まだ女を知らないんだろう? よければ今夜俺が話を通しておいてやろうか?」
その言葉にロイはピクリと反応する。すると、別の男が話しかけてきた。
「やっぱりな……お前、いつもすました顔をして女には興味ありませーんなんて態度を取っていたが、本当はそうじゃないんだろう?」
「そうだな、腹の中じゃ女を抱きたくてたまらなかったんじゃないか?」
そして声を上げて笑う男たち。もうこの言葉にロイは我慢出来なかった。
ロイは無言で立ち上がると、そのまま三人の騎士達に剣を向けた。
「黙れ‥‥…斬られたいか?」
その目には凄まじい怒りが宿っている。
すると、男たちは立ち上がった。
「面白ぇ……やる気か?」
「前々からお前は気に入らなかったんだよ」
「ガキのくせして、オズワルド様に気に入られやがって」
彼等も剣を構えた。
「お、おい。やめろよ」
「そうだ。仲間内で喧嘩はやめろよ」
「俺たちの敵は南塔の騎士達だろ?」
彼等の様子を見ていた騎士達が止めに入る。が……
「うるせぇっ! この生意気なガキの鼻っぱしをへし折ってやる!」
言うやいなや、一人の騎士が剣を構えたままロイに切りかかった。
ガキィイイイインッ‼
「何っ⁉」
切りかかった騎士の顔に驚愕の表情が浮かぶ。彼の剣はロイによって弾き飛ばされて
いたのだ。そしてそのままロイは無表情で剣を振り下ろす。
ザクッ‼
「ギャアアアア‼」
騎士の腕から血がほとばしる。
「てめぇ!」
「やりやがったな!」
二人の騎士が同時に切りかかって来る。しかし……
キーンッ‼
ガキィィィィンッ‼
「グアッ‼」
「ギヤアアアアッ‼」
ロイは二人の攻撃を素早く避けると、一太刀で二人の腕を傷つけていた。
「ヒイイ‼ い、痛てーっ‼」
「医者! 医者を呼んでくれ!」
「クッソー!き、貴様……!」
血を流しながら床の上で転げまわる彼らを侮蔑の目で見ると、ロイはそのまま鍛錬所を出て行った。
彼等は知らなかったのだ。ロイが女を食い物にする男たちをどれ程までに憎んでいるのかを。
彼の姉が凌辱されている最中に舌を噛み切って自殺したことを――
****
「……」
ロイは頭を冷やす為に、仕事場近くの倉庫の軒下で吹雪いている景色を見つめていた。
そして何気なく窓から仕事場の様子を見た時、息を飲んだ。
「姉……さん……?」
ロイの視線の先には仲間たちと共に、糸紬をしているアリアドネの姿があった――
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