6.恐怖と怒り

「すまない………ありがとう。え……と………」


 差し出された手を取りながら、立ち上がる。

 助けてくれたのは先程の『シーナ』と呼ばれている人物だった。


「シィルミナ・エレ=フロスティーゼよ。みんなにはシーナって呼んでもらってる」


 “シーナ”が本当の名前でないことを知って、少し驚くアシル。


「アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインだ」

「…………っ!?」


 一瞬、は途絶えたが、立ち上がって汚れを払うアシルにシィルミナが言った。


「助けてくれてありがとうアシル。でも、1つ聞かせてもらっていい?」

「あぁ、構わない」

「さっきなんで躊躇ためらったの?」


 アシルの頭は理解が追いつかなかった。


「躊躇った………?」


 何のことだか理解できないアシルは、少し首を傾げながら聞き返す。


「あいつの攻撃を弾いた後の一撃、あれは完全に入ったと思った」

「…………見てたのか」


 言われてみたらそうだ。敵の攻撃を防ぎ、弾いた後に繰り出した一撃は横腹に入ってもおかしくない一撃だ。しかし、防がれたわけでもないのに剣は勢いを失った。

 理由はアシル自身が一番わかっているだろうが、答えに困る。


「助けてあげたんだし、教えてくれてもいいじゃない」

「…………………そうだな」


 少し考えた後、シィルミナには話してもいいと思ったのか、助けてもらったからなのか、定かではないがアシルは答え始める。


「俺は………怖いんだよ。剣を振るうのが」

「怖い?どうして?」


 シィルミナの表情が曇り始める。


「大切な人を……奪われたからだ」


 アシルは自分の握る剣に視線を落としながら、昔のことを語り始める。


「俺の父親は聖騎士だったんだ。そんな父は家に帰るといつも俺に剣術を教えてくれた。お前は強くなれと」


 力を入れて握りしめた拳を見つめながら、父親との日々を思い浮かべるアシル。

 聖騎士である父親が優しく教えてくれた剣術、『うまくなったな』と褒めてくれた笑顔――――。


「でも、ルミナレス国との戦争で帰らぬ人となった。それから俺は剣を捨てた、振るうのが怖くなった」

「お父さんは、あなたに強くなれと言ったのに?」


 シィルミナがそう言うと、アシルの肩には力が入り始め、ガタガタと震え始める。


「失いたくないんだよ、大切なものを……。大切なものを奪った剣が……憎いんだ」

「……………それが、理由?」


 言葉が強くなってきているアシルに対して、シィルミナは悲しそうな言葉を返した。

 続けて、彼女はアシルの感情を砕くかのような一言を放った。


「あなたは……間違ってるわ」


 アシルは顔を上げて、シィルミナの顔を見る。

 睨みつけるような表情ではなかったものの、向ける視線は寒気がするほどに冷たい。 

 そんな彼女を睨むようにアシルは言った。


「なんだと」


 シィルミナは動じることなく言い始めた。


「大切なものを失いたくないから剣を捨てる?…………それに意味はあるの?」


 そう言われたアシルは拳に力を込めながら、抑えていた感情を解き放つ。


「父は戦争で死んだっ!!!聖騎士としてっ!!!剣を握ったから!!!それで消えていくくらいなら剣なんか捨ててやる!!!」

「だから、それが間違ってるわっ!!あなたが剣を捨てたところで大切な人は剣を構える。剣を捨てるなんて大切なものを捨てて逃げてるだけじゃない!!!」


 その感情を押し返すように、シィルミナの言葉にも感情が乗り始める。


「あなたは全くわかってないっ!!!大切なものを失いたくないから強くなるんじゃないの?あなたのお父さんだって、国を守るためだけじゃない!!自分を犠牲にしてまでも戦ったんじゃないの!?」


 シィルミナの表情にも感情が混ざる。

 そして威嚇するかのように、アシルに向かって言い放つ。


「強くなったんじゃないの!!!!!!?」

「でもっ!!それで死んだら意味が無いじゃないか!!!!!」


 アシルも彼女を睨みながら、反撃の言葉を放つ。


「そんなことないわ!だって、あなたは生きてるじゃない………、剣を捨てたら守ることができない。失っていくだけよ!!!!」

「………………っ!」

「なんのためにみんな剣術を学んでいると思っているの?自分を守るため!!大切なものを守るため!!失いたくないから剣術を磨いているの!!!」


 シィルミナの言葉を聞いて、アシルの拳からは力が抜けていき、反撃の言葉も見つからなくなってきた。


「本当に失いたくないなら…………、守りたいなら強くなりなさい!!!!剣を振るうのが怖い?…………じゃあ、なんでさっき剣を抜いて戦ってたの!?守るためでしょ!」

「でも………剣を振るうと………思い出すんだ。父との思い出を……振ろうとすると頭が痛くなるんだよ」


 シィルミナの顔から目を背けて、うつむくアシル。

 弱々しい言葉と、俯く姿を見て、シィルミナはため息とともに全身に込めていた力を抜く。

 そして――――。


「あきれたわ………アシル」


 再び、今度はアシルに聞こえるほどのため息をつきながら、少しだけ目をつぶる。

 やがて、何かを決心したかのように再びアシルに真剣な眼差しを向ける。


「その間違った考え、剣に対する恐怖心、見習いを逃げ道にしているその弱い心……すべて……」


 シィルミナは片手に握っていた剣に左手を添えて、剣先をアシルの目の前に突き立てる。

 アシルが驚いた表情で顔を上げると、


「私と決闘しなさい!!!!迷いのすべて………、私が断ち切ってあげる!!!!」


 目の前の臆病な人間アシルに、

 彼女は宣戦布告をぶつけた――――。

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