第8話 談笑
◇ ◇ ◇
ショッピングモール内の店を一通り見て回った俺たちは、通路にあるベンチに腰掛けながら談笑している。
他愛もない会話を交わすのはいつものことだ。だが、心なしかいつもより充実している気がする。
なんとなく有坂との心の距離が今までより近くなった気がする――いや、多分、有坂のほうはなにも変わっておらず、俺の心がより開いたのだと思う。
彼女には完全に心を開いているものだとばかり思っていたが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
なぜ今になってより心を開いたのかは、正直自分でもわからない。
心当たりがあるとすれば、それだけ俺が有坂の包容力の虜になっているということだろうか。
いずれにしろ悪い気はしないし、有坂も楽しそうにしているから深く考えなくてもいいのかもしれない。
とりあえず今は彼女と楽しく過ごせれば充分だから――と一人で勝手に納得していると、会話が途切れたタイミングで有坂が尋ねてきた。
「――舞さんとは一緒に買い物したりするの?」
「最近は少し減ったが、結構するぞ」
「なんで減ったの?」
「高校生にもなると昔ほど時間があるわけじゃないし、照れくささもあるからな」
「ふうん」
小学生の頃とかはいくらでも時間があった。
学校に拘束される時間が短いし、勉強は高校ほど難しくないから必要以上に自習に励むことがなかったので、舞さんと過ごす時間が有り余っていた。
ついでに言うと、高校生にもなると母親と二人で外出するのは気恥ずかしさがあるものだと思う。
まあ、俺はそういった感情とは無縁だが、舞さんが相手となると話が変わってくる。
なんと言うか、年を重ねるほど、舞さんへの想いが強くなるほど、一緒に出掛けると居た堪れなくなっていくんだよな……。
そりゃ、舞さんと出掛けるのは嬉しいよ?
でもさ、俺は恋人としてデートしたいのであって、親子がする日常の延長線上の買い物をしたいわけではないんだよ……。
いや、まあ、俺は自他ともに認めるマザコンだから、母親同然の舞さんと親子として買い物に出かけるのは嫌いじゃないけども……。――訂正します。大好きです。
マザコンを極めし者と致しましては、親子として外出するのも大変喜ばしいことなんですけども、それはもう充分堪能したから、いい加減、拗らせに拗らせてしまった恋心を成就させたい気持ちのほうが強いわけですよ。
端的に言いますと、恋人として舞さんとイチャコラしながらデートに洒落込みたいんです。
だから最近は、舞さんと出掛けるのはもどかしさで心が押し潰されそうになってしまうので、少し敬遠していた。
今はアピールできるようになったから一緒に外出するのは大歓迎だけども。
「それに舞さんのほうも俺に気を遣って遠慮してる節がある」
「それはまあ、自分に想いを寄せている親友の息子相手だとそうなっちゃうよね……」
「いや、俺が告白する前からの話だからそれは関係ないな」
「あ、そうなんだ」
「単純に俺が高校生になったから、いろいろとやることがあるんだろうな、と思って時間を奪わないようにしてくれてる感じだな」
「なるほど」
有坂は一旦納得したように頷くと、そのまま続きの言葉を紡ぐ。
「確かに高校生になるといろいろあるもんね。人によっては勉強、部活、バイト、恋愛、これ全部やってるし」
「まさに青春って感じだよな」
「ねぇ~」
そう言うと、俺たちは互いに苦笑し合う。
「まあ、それはわたしたちにも当てはまるかもしれないけれど……」
「お前は部活とバイトが当てはまらないだろ」
「ありがたいことに、わたしはお金に困ってないからね」
俺がすかさずツッコミを入れると、有坂は愛想笑いしながらそう呟いた。
実際、有坂の実家はなかなかの金持ちだと思う。
自宅は豪邸だし、室内にある調度品も高級そうだから、俺でも裕福なんだろうな、と一目でわかるくらいだ。
誤解がないように言っておくと、金をかけるところにはかけるといった感じで、なんでもかんでも豪奢にしているわけではない。
必要以上に投資しないところに金持ちの心の余裕が感じられる。
成金はなんでもかんでも豪華にしたがるって聞くしな。
まあ、有坂家がどれだけ裕福なのかは俺にはわからないが、少なくとも金に困ることはないのだろう。実際、有坂が小遣いに四苦八苦している姿を見たことがないからな。
「バイトしなくていいなら、部活やる時間くらいあると思うんだけどな」
「ん~、特にやりたいことないし、氷室君と一緒にいたほうが楽しいから」
そう言われてしまうと都合良く利用している立場の俺にはなにも言えないが、楽しいと思ってもらえているのは男冥利に尽きる。
「そう言う氷室君も帰宅部だよね」
「俺は片親だからな。幸い金には困ってないが、それでもできる限り母親には苦労をかけたくないからバイトしてるんだ」
「偉いね」
「そんなことないぞ。ただ、やりたい部活があるわけでもないから、ちょうどいい暇潰しってだけなんだ」
舞さんへの想いを拗らせて鬱積したもやもやに苦しんでいた俺は、バイトで気を紛らわせていただけだ。もちろん母に苦労をかけさせたくないという想いもあるけどな。
相手の都合があるから常にセフレを呼び出せるわけじゃないし、そういう気分じゃない時もある。
だから金を稼げて気晴らしもできるバイトは俺にとって都合が良かったのだ。
普通の高校生なら部活に打ち込んで余計なことを考えないようにできるのかもしれない。
だが、生憎と心惹かれる部活がなかったから、実益を考えてバイトする道を選んだ。
一石二鳥というやつである。
「わたしがいつでも会いに行けたらいいんだけど……」
「いや、お前にはお前の都合があるだろ」
「だって、ほかのセフレさんを相手にするくらいならわたしを呼んでほしいもん」
「……」
不満そうに少し頬を膨らませる有坂の姿に、ばつが悪くなった俺はなにも言えなくなってしまう。
「辛い時は自分を頼ってほしいと思うのが恋する乙女なんだよ」
「……それは男にも言えることだな」
「ならわたしの気持ち、わかるでしょ?」
「……ああ」
全くその通りである。
想いを寄せる相手が自分以外の人とよろしくヤっていたらおもしろくないのは当然だ。
有坂の気持ちを理解できるのに、ほかのセフレに
自業自得とはいえ、無性に居た堪れなくなってきた……。
「あ、バイトは別だよ? 家の事情があるし、働くのは悪いことじゃないからね」
バイトで気を紛らわせるくらいなら自分を頼って、と言わないところが有坂らしい。
そういう理解あるところがどんどん俺を駄目人間にさせていくのだが、その優しさに甘えている立場なので苦言を呈すことなどできるわけがない。――まあ、俺にとって都合がいい立ち回りに徹する有坂に不満など微塵もないのだが。
なんて胸中で自嘲気味に独白していると――
「――
俺にとっては聞き慣れた声が横合いからかかった。
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