第7話 帰宅
◆ ◆ ◆
有坂の家で甘いひと時を過ごした俺は軽い足取りで帰路に着いた。
自宅の最寄り駅に到着すると電車を降り、人の流れに沿って夜空の下を歩く。
街の
今日は有坂のお陰で
人肌の
それと同時に、彼女の想いを利用しているという事実に罪悪感が押し寄せてくる。
だが、それでも今の関係を解消しようとしない俺は本当に酷い男なのだろう。自覚していても改めようとしないのだから。
内心で自嘲しながら歩いていると、自宅のマンションに到着した。
外からマンションを見上げて自宅の部屋をなんの気なしに確認する。すると、カーテン越しに明るい照明が漏れており、俺の口から自然と、「母さん、今日はもう帰って来てるのか」と零れていた。
俺の母は所謂シングルマザーというやつだ。
だからこのマンションで幼い頃からずっと母さんと二人で暮らしている。
シングルマザーというと経済的に厳しい生活を送っていると思われがちだが、幸いなことに我が家はそんなことはない。
母はやり手なのか、収入はそれなりにある。俺が幼い子供ではなく、ある程度は放っておける年齢になったから仕事に専念できているというのもあると思う。
それが原因なのかはわからないが、母さんは仕事で帰宅するのが夜遅くなることがわりと多い。なので、俺は無人の家に帰宅することが頻繫にある。だが、どうやら今日は早く仕事が片付いたようだ。
慣れた足取りでエントランスを潜ってエレベーターに乗り、自室のある階層に移動する。ほかの住人と出くわすことなく、スムーズに自宅の扉の前に辿り着いた。
鞄を漁って鍵を取り出し、扉のロックを解錠する。
扉を開けて中に入ると、玄関に二種類の靴が並んでいた。
一つは母の物だとわかる。そしてもう一つは――
「――おかえりなさい」
リビングに繋がる扉を開いて顔を出した女性――
どうやら玄関の扉を開ける音で俺が帰ってきたことに気がついて出迎えてくれたようだ。
「
「ええ」
微笑みを向けてくれる彼女に釣られて俺も表情が緩んでいく。
彼女の顔を見るだけで晴れやかな気分になる俺は単純なのかもしれない。
「
首を傾げる舞さん。
「まだ」
「そう。なら私たちと一緒に食べましょう。ちょうど
麗子とは母のことである。
舞さんと母さんは学生時代からの親友だ。なので、舞さんは我が家に良く遊びに来る。
「わかった。着替えてくる」
「待ってるわね」
カーキ色のハイネックニットセーターに、黒のスキニーパンツを合わせている舞さんの横を通りすぎる。
セーターの裾をパンツにしまっているのでタイトになっており、そのせいで胸部が強調されていてどうしても視線が吸い寄せられてしまう。
長い脚に密着しているスキニーパンツが
大人の余裕と色気、そしてクールな印象が茶色に染めた前下がりショートボブによって引き立てられている。
この髪型が舞さんにめちゃくちゃ似合う。正直言うと、今後もずっと今の髪型のままでいてほしいくらいだ。
◇ ◇ ◇
部屋着に着替えてダイニングに移動した俺は、舞さんの手料理に
我が家はシングルマザーなので、仕事で忙しい母さんは家事まで手が回らない時がある。今は俺も家事を一通りこなせるようになったが、幼い頃はそうもいかない。
当時は独身だった舞さんが料理、掃除、洗濯をしに良く足を運んでくれていた。
俺が身の回りのことを自分でこなせるようになった今でも、専業主婦の舞さんは時間がある時は世話を焼きに来てくれている。
だから俺にとって母の味は舞さんの手料理と言っても過言ではない。
「――舞さんはこんな時間まで
鶏の唐揚げを飲み込んだ俺は、舞さんに視線を向けて疑問を投げかけた。
既に二十時を過ぎているので、専業主婦の舞さんは夕食の支度を済ませて旦那さんを出迎えている頃合いのはず。
むしろとっくに食事を終えていて、旦那さんと一緒に
「夫は出張でいないから大丈夫よ」
なるほど。確かにそれなら問題ないな。
だが――
「この間も出張してなかった?」
舞さんの旦那さんは先月も出張していたはずだ。
高校生の俺には会社員の事情なんてわからないが、短期間に何度も同じ人に出張させるものなのだろうか?
しかも既婚者にだ。自由が利く独身ならまだわからなくもないけど。
「――どうせ同僚の若い愛人と旅行気分で行けるチャンスだと思って、自ら志願しているのよ」
酔いが回っているのか、母さんはそんなことを口走る。
は? それ、どういうこと?
舞さんの夫――
初耳なんですけど……。
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