最終話 伝説的な伝説の大団円
彩雲プランテーションは解散した。
凶月ダンジョン攻略後、学業に専念するという言葉を最後に長期活動休止に入ってから、彼女たちの足跡は消えたのだ。
とはいえ、誰も彼女たちの存在を忘れなかった。それこそ、伝説と謳われる少年Xを模したダンジョンボスとの激突、そしてその撃破という英雄譚こそが、新たなる伝説としてネットワークの世界に刻まれたからだ。
当時の最高視聴者数は50万の大台を超え、たった一日にしてチャンネル登録者は100万を超えて伸びあがっていった。
その躍進劇も、彼女たちの伝説に拍車をかけた。世界初のSSSクラスダンジョンの攻略は、それこそ世界中で注目されることとなり、metubeの配信アーカイブは驚異の一千万再生を超えるなど、かつての伝説を超える記録を樹立し、まさしくトップランカーと言って過言ではない域へと到達した彼女たちであったが――しかし、たった一日で積み上げられたその記録を最後に、たった一日で彩雲プランテーションは消えてしまった。
このダンジョンの攻略は、学生最後の挑戦として、先輩たちと一緒に挑みたかったもの。これからは学業に専念し、無事に大学に入れるよう努力するために、配信業はお休みします――というリーダーケシ子の言葉を最後に、ネットの海から彼女たちは消えたのだ。
それから十年。
何事も無くとは言い切れない時間が過ぎた。
「ひっさしぶりー!」
「こうして会うのは何年ぶりだ? あーしはスケジュールに余裕あるが……」
「お暇なのですね。研究者様様は」
「やんのか?」
「よくてよ?」
「こらー! ったく、相変わらず二人とも仲が悪いんだから、もぅ……」
さて。27歳となった彼女たちは、懐かしの京都で顔を合わせていた。
十年前の惨劇から復興した、京都に。
それから、待ち合わせしていた場所の近くの居酒屋へと、三人は入店する。
「そういえば、なずなちゃんって撮影とか大丈夫なの?」
「私にかかれば、時代劇なぞ何のその……そも、金髪の出番はあまりありませんでしたわ」
「いくら売れてるからって、時代劇に金髪って時代錯誤要素をよくぶち込もうとしたな……」
はてさて、彼女たちが顔合わせをしたのが彩雲町や神川県、或いは関東地方ではなく、かつての凶月事件の傷を忘れられる程度には復興が進んだ京都なのは、偏になずなのスケジュールに問題があったからだ。
問題、というかなずなに合わせた、というか。
「しっかし、天下の女優様々がこんなところで酒飲んでていいのかよ」
「それこそ、こちらのセリフですわ。目の隈が取れない程に不健康な面をするくらいでしたら、さっさと眠ればよいものを……」
この十年で、なずなは女優になっていたのだ。
その躍進の影には、やはり彩雲プランテーションでの活躍が大きい。特に、非佐木が見抜いた通り、彼女のキャラクターはバラエティー受けがよく、そういった方向で強かに成功を収めていた。
ただ――
「まあ、こんなところで女優をしていたところで、まだまだ虚居非佐木には勝てた気がしませんけれどね」
「あいつはまあ……特別だからな」
「今ひーくんってどこに居るんだっけ……」
それこそ、今撮影中の時代劇とは別に、朝ドラにヒロインとして出演するようになったなずなですら、非佐木という男が、自分の手の届かないところに行ってしまったことが、彼女としては不満の大きい所か。
というよりも、女優業が忙しすぎて、ダンジョンや非佐木との勝負がままならないというか。……そもそも、非佐木は今どこに居るかすら定かではない。
自然、何らかの勝負で決着をつけるというのも難しい。
「そういえば、非佐木の奴からこの前写真届いてたな」
「え、初耳なんだけど」
「一応、社外秘の研究資料だからな。それに、非佐木からとはいっても、別に非佐木の自撮り写真じゃねぇからな?」
「ぶー……」
なずなが今売り出し中の女優業をしているように、この10年で未若沙は研究者になっていた。もちろん、研究内容はダンジョンについてである。
「一応、非佐木には世界各地のダンジョン増加傾向について調べてもらってるが……まあ、世界回るついでに他にもいくつか仕事を受けてるみたいだからな」
10年前。凶月ダンジョンを攻略した後から、どういうわけか日本におけるダンジョンの増加傾向は、例年の数を大きく下回った。それこそ、更に10年前――少年Xの配信が行われる前よりも、年ごとのダンジョン増加数が減っていたのである。
その事実を受けて、篝は――「煉瓦の目論見通りみたいな感じがして気持ち悪いな」と、眉をひそめながら語っていたが、その口元はすこしだけ笑みを浮かべていたのを、妙に未若沙は覚えている。
ともあれ、そんなダンジョンの変化を受けて、研究員として高校卒業後にアドベントフロンティア社に就職した未若沙が、プロの冒険者になった非佐木に仕事を斡旋し、その結果、非佐木が今世界のどこに居るかわからないような状態なのだが。
「噂をすればくしゃみをするとかなんとか」
「ちょうどいいし、実験してみるか?」
芥の思い付きから、非佐木に電話をかけてみる未若沙であったが、しかし通話は繋がらない。どうやら、電波の届かないところにいるようだ。
一応、ダンジョン内は電波が届くはずなので、本当にどこに行ってるんだ、と未若沙の愚痴のような言葉が零されて、その話題は終了した。
話題の終わりと共に酒を飲み、つまみを一口。
「そういや、芥は教師だったっけか」
「うん、ちょっと大変かなーって感じだけ。やりがいは感じてるよ」
「教職業は相当にブラックだと聞きますが……」
「企業秘密~」
女優に研究者と来て、しかし芥はそこまで意外性もなく、教職員という職に就いていた。
その理由は簡単で、彼女らしいもの。
「やっぱり、青春っていいよ~」
中学時代から昔が存在しない彼女にとって、学生という時間を謳歌する生徒たちを見るのが好きだったのだ。
子供という、誰にもでも存在したはずの時間を持たない芥は、自分が辿ることのなかった子供の時代を謳歌する学生たちを見ると、心の中にある空白が埋まるような、そんな心地よさがあるから。
まあ、高校教師である彼女が見るのは、当然高校生であり、果たして高校生を見てその空白が埋まるのかは定かではないが。
ともあれ、彼女は今を楽しんでいた。
「そういえば、白はもう高校生だっけ」
「うん、そだよ」
白、というのは……白芥のことだ。
芥と融合したはずの彼女は、しかしその一年後になんと分離したのである。もちろん大騒ぎになったものの、特に大きな問題が起きるわけでもなく、事態は沈静化。
というよりも、その分離は実際に分離したわけではなく、白芥の意志を乗せた作り物を、世界に出力することで、ウィルスとしての白芥を芥の中に残したまま、人間としての白芥を世界に出現させたそうな。
どうやら、白芥も学校に通いたかったらしい。そんなわけで、凶月事件から一年後、晴れて小学生としての人生を歩み始めた彼女は、芥の本物であるはずなのに、自分の名前を白と改めて学校に通っている。
そして、人間としての体であるため、しっかりと成長し、現在では高校生である。今は、芥と二人暮らしをしている。
「……そういえば、だが」
あれやこれやと喋っているうちに、しずしずと未若沙がとある話題を食卓に乗せた。
そういえば、今回の会はみもりーからの誘いだったっけ、と。芥はそんなことを思い出す。
だからこそ、その言葉に耳を傾けた。
「10年前の凶月事件。あれの被害者について一つ話があってな」
10年前の被害者、といえば京都の話だ。今、自分たちがいる京都を襲った未曾有の大災害のことだ。
被害者は30万人を超えると言われ、その多くが行方不明のままの大災害。
それは、凶月ダンジョン消失の後も同じだ。
凶月ダンジョンは、白芥と芥の融合後、自然消滅した。中に居たモンスターも、特に駆除する必要もなくダンジョンと共に消えてしまったことで、ネットでは大きく騒がれたことが懐かしい。
しかし、それはもう10年も前の話だ。果たして、そんなことについて、今更何の話があるのだろうか――
「実はな。あの事件の被害者のデータが抽出できそうなんだよ」
「……でーたをちゅうしゅつ?」
「まさか……生き返らせれたのですか?」
「いや、まだだ。ただ、アメリカと協力してやってるプロジェクトのうちに、ダンジョンの内部データを読み取るやつがあってな。その時、京都ダンジョンのデータと中に、あの時の被害者っぽい断片を見つけて……もしかすれば、それを想起させることで被害者を蘇らせることができるかもしれねぇってとこまでこぎつけたんだよ」
「……と、とんでもないね」
「だな。ある意味奇跡だ」
おそらくは、あの時の条件が良かったんだろう、と未若沙は語った。
暴走現象と同時に始まった、白芥によるダンジョン再構築。これに巻き込まれる形で、凶月事件の被害者たちのデータがダンジョンに組み込まれた結果、本来は自然消滅したはずの被害者たちのデータが残存し、それが犠牲者蘇生のきっかけになるかもしれないとは――
「あ、もちろん内密に頼むぜ」
「まあ、居酒屋で話すような内容でありませんわね」
ともすれば、この話は人間から死を取り除くことができるかもしれない重大な話だ。
まあ、そんな話が京都の居酒屋でされているなんて誰も思わないだろうけれど……しかし、何故そんな機密を、わざわざ話してくれたのか?
「あくたんの気が晴れると思ってな。なんだかんだ言って、白が起こした事件、引きずってんだろ?」
「あはは……ばれてた?」
「ばればれだ」
どうやら、これも未若沙なりの気遣いらしい。
まあ、今芥が同居している白は、故意ではないものの、かつて凶月事件を引き起こした張本人である。
あまりにも多すぎる犠牲者を出したまま、のほほんと生活し続けるのにも無理があった。
ただ、もしも未若沙の言葉が本当なのだとしたら――10年かかったけれど、かつての事件の犠牲者が、戻ってくるのならば。
それは、まさしく大団円というにふさわしいのではないだろうか?
……と、言いたいところだけれど。
確かに、物語としては大団円だ。
犠牲者は蘇り、敵は味方になって、結末へと物語はたどり着いた。
しかし、けれど。
最後の戦いの決着はまだついていない。
「ねぇ、そういえば」
彼女たちの戦いは、まだ終わってない。
「ぶっちゃけた話、ひーくんのこと……二人ともまだ狙ってるよね?」
「それはまあ……ぶっちゃけたなー……正直、この年になってまで高校生の時の恋を追いかけるってのもあれな話だが……」
「あら? 白保間未若沙は脱落、ということでよろしいのでしょうか?」
「よくねぇよ!!」
あれから十年。
しかし、彼女たちの恋のレースは、まだゴールへとたどり着いていなかったのだった。
遠路遥々紆余曲折。
巡り合わせ悪く、今日と言う日までこの戦いは長引いた。そして、いつ決着がつくのかも、定かではない。
「ってか、芥も油断すんなよ。白の奴、十年前ならともかく、今はぴちぴちの高校生だぞ」
「あ、そっか! ……いや、白も私もおんなじだし~」
「それを言えば、あのティリスというアメリカ人も要注意ですわね……確か、虚居非佐木アメリカに行ったときに、猛烈にアピールしていたと……」
「いや、そこは芥の胸で靡かなかった奴のことだ。もしかすれば、でかすぎる相手に非佐木は奥手になるかもしれねぇ」
「ねぇ! もしかして私馬鹿にされてる!?」
果たして、誰がそこにたどり着けるのか。
誰が非佐木にとってのトップになれるのか。
「とーもーかーく! 私は絶対に諦めないからね! こういう時だから宣戦布告!」
「どうするまな板。こんな時は、誰に取られても恨みっこなしって言っておくか?」
「その場合、寝取っても問題はありませんでしたよね?」
「なんか、芸能界に入って変わったな……お前……」
「スキャンダルが起きないように気を付けたいところですわ」
はてさて、こうして物語は幕を閉じる。
諦めてしまった少年が、諦めてしまった未来を、諦めなかった少女が、諦めずに取り戻した。
諦めずに、走り続けたから。
この物語は、大団円にたどり着いた。
信頼できる仲間と、少しの幸運と、果てしない愛の物語は。
何事もない日常の中に、幕を閉じるのだ。
もしも、この物語に何かしらのメッセージを付け加えるのだとすれば、それはこうなるだろう。
諦めても、諦めなくても。
きっと未来は続いていく。
だから、一度諦めてしまったとしても、もう一度挑戦してみるということも大事なのかもしれない。
そこで初めて、叶うモノがあるかもしれないから。
それでは、またいつか。
――完
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