第11話 伝説の初配信


 難易度Bクラスダンジョン『極彩街道』


 カラフルな草木の生い茂る樹園型ダンジョンであり、ダンジョン自体に厄介なギミックは少ない、比較的初心者向け(危険度Bの時点で初心者向けではないのだが)のダンジョンとなっている。


『すごーい! 綺麗だねここ!』


 第二層から始まる極彩街道の道のりは、まず初めに入り口となる大一層の華々しさに目を奪われることから始まる。


 華やかに彩られるは色彩豊かなら庭園通り。花々だけではなく、草木に至るまでが毒々しいほどの色味を放つ、文字通りの極彩色。それが、レッドカーペットを敷くように――レインボーカーペットと例えられるほどに、長く、長く続いている。


 そして、迷路状の生垣と、その中を徘徊するモンスターが冒険者の征く手を阻むのである。


『えと……ちょっと挨拶遅れちゃってごめんなさい! 初めまして、新人冒険者? のケシ子って言います!』

「冒険者として何も知らないけど、初めてのダンジョンでどこまで行けるのか試してみたいと思います」

『ぼ、冒険者としては何にも知らないけど、初めてきたダンジョンで自分がどこまで行けるのか挑戦してみたい思います!』


 よし、とにかくインカムを通じてカンペは送れるな。

 それと――


「すごいな。リアルタイムで配信の状況を全部負える」


 俺は、例の友人から試作品と譲り受けたゴーグルに移るモニターを見て、感嘆の声を上げた。こちらも、ダンジョンカメラを送ってきてくれた奴がくれたもので、その性能はまあそのままゴーグルがモニターになっていて、フリーハンドで画面を見ることができるってところだ。


 これを使えば、ちょっと視界がごちゃごちゃするものの、ダンジョンカメラのドローンの位置を確認しながら、配信画面を同時に見ることができる。ついでに、手元のタブレットを使って配信のコメント欄も表示して、と――


【ね、ねぇひーくん】

「ん? どうしたケシ子」

【今視聴者さんって、どれぐらいいるのかな?】


 配信が始まってからの不備がないかを確かめていれば、秘匿音声を使った芥からの通話が聞こえて来た。こちらは配信に乗らない裏画面の声なので、遠慮なく俺の実名を(渾名だが)だしてくる。


 どうやら、自分のことをどれだけの人間が見ているのかが気になるらしい。


「安心しろ。今のところ視聴者は0だ」

【えぇ!?】

「バズッターの宣伝が二時間。そっから機材揃えてサムネイル作って迎えた初配信だ。それにまだ始まって五分も経ってねぇんだから、当たり前だろ」

【そ、そういうものなのかぁ……】

「とにかく笑顔だ笑顔。安心しろよ。画面の先に誰一人いなかろうと、お前の後ろっていう特等席で見てるやつがいるからよ」

【うん、そうだね。ありがとうっ!】

「どういたしまして」


 さてさて、励ましはこの辺にしておいて――


「楽しんで来い」


 遥か後方よりインカムを通じて出された俺の指示に、カメラ越しの彼女は元気よく手を振って答えた。


 さて、入り口付近にモンスターはあまりいない。逆に言えば、しばらく奥へと進めば出会うということだ。


『お、あれがモンスターってやつ? ――ってカメラマンから返事がない!』

「これはお前の配信だから、いちいち言葉を返してられねぇって」

『おぉう、もっともな言葉を頂いてしまった。とにかく、こっからは私一人でやらなきゃダメってことね。うん、頑張る!』


 はてさて、そうして出会ったのはカメのようなモンスター。背中の甲羅が虹色に輝く、何とも珍妙極まりない見た目のモンスターである。


 さて、あいつを相手に芥はいったいどのように戦うのだろうか――


『てやぁ!!』


 そのまま殴り掛かった!?


『うわぁ!?』


 んで、手足を甲羅の中にしまったカメに攻撃を弾き返されてしりもちをつく、と。素晴らしいほどに純度百パーセントの初心者だな。


 ああ、もちろんだけどアドバイスはしない。今は誰も見ていなくとも、この一部始終だってアーカイブとして残るのだ。そして俺は、いずれ見る誰かのために、この誰しもが通り、そして二度と味わうことができなくなってしまう初心を、コンテンツとして発信しなければならない。


 となれば、心を鬼にして耐えるのだ。


『えっと、なにこれめっちゃ硬い!? ど、どどどどうすればいいのかな!?』


 ちなみに、芥が現在相手しているのは七色亀という身も蓋もない名前の亀だ。名前に関しては、第一発見者――まあ、このダンジョンに一番最初に潜った冒険者たちが付けたのだとか。


 もうちょっと捻った名前を付けてくれれば、印象に残りやすいんだけどな。ちなみに、七色と名前の付いたモンスターはあと二十種類ぐらいいる。ボキャブラリーなさすぎだろ。


 話を戻そう。亀の特徴として挙げられるのは、とにかく硬いということ。七色に輝く甲羅は、生半可な攻撃ならばすべてを跳ね返してしまう、鉄壁の防御を誇る。


『そうだ! さっきカメラマンさんに教えてもらったスキルを使って……えーい!』


 それと、言い忘れていたが俺は芥に配信を勧めた友人一号だ。カメラマンと呼んでくれてもいい。


 そして今芥が情けない掛け声とともに使ったのは、〈アースクラッシュ〉という〈槌士〉のジョブスキルだ。ああ、それと。スキルは基本的に発生による発動が推奨されるが、ああいった――〈アースクラッシュ〉のような必殺技系のスキルに限って、特定のモーション――例えば、思いっきり槌を振り下ろすといったモーションをしたときに自動で発動できるように設定できる。


 んで、〈アースクラッシュ〉は振り下ろしで発動することができる、必殺技系のスキルだ。要は、一撃の威力を高めてくれるって代物で、それこそ地面アース叩き割るクラッシュするほどの威力が出る。


 ただし、低レベル故にステータスの低い芥がそれを使ったところで、せいぜいが地面の表層を揺らす程度。真に地面を叩き割ることもできなければ――


『ぜ、全然割れない!?』


 七色亀の甲羅に罅を入れることすらできない。そもそも、ここは難易度Bのダンジョンだ。適正レベルをはるかに下回っている芥が、力勝負で勝てるわけがない。


 ま、どんな魔物にも弱点はあるから、そこさえ突くことができれば芥にも勝ちの目はあるけどな。


「……っと、いつの間にやら視聴者が増えてるな」


 初配信ということもあって、こういうのが好きな連中が集まってきやがった。よーし、ここでカンフル剤だ。


「頼みましたよ、軍曹」


 そうして、俺はとある知り合いへとメールを――作戦開始の合図を送った。


『keiaAAAAAAAAAAAAA!!』

『え、何この鳥――うわあああああ!!??』


 それと同時に、画面の向こうの――そして俺の視界の先に居たケシ子が、妙にカラフルな孔雀が発した音波攻撃をもろに受けて死んでいた。




 

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