マガモノ

紫月音湖*竜騎士様~コミカライズ進行中

水無月―紫陽花の庭

第1話 紛い物。魔のもの。禍つ神。

 腐らない死体にはマガモノが憑いている。





「ここか? デケぇ家だな」


 寂れた田舎の集落跡だ。高齢化が進み、過疎地と化したこの村に人の気配はなく、既に朽ちた家屋の残骸に梅雨の鬱陶しい雨が降り注いでいる。

 空気が少し肌寒いのは、ここが山間部だからだろう。鬱蒼とした深い山から流れてくる風は閉ざされた廃村に澱む独特の空気と相まって、都心から切り離されたこの場所の不気味さに拍車をかけているようだ。


 車から降りたたちばなの前には大きな日本家屋がある。集落の奥、山に近い場所にあることや屋敷の大きさから見ても、この家の持ち主が村で一番の権力者だったことが窺える。朽ちた他の家と比べて、この屋敷はまだ綺麗な方だ。


「本当にんですか? ……その、マガモノ……ですっけ」


 怯えた声で訊ねたのは水原だ。不気味な廃村の雰囲気に怯えているのか、さっきからずっと上司である橘のそばを離れようとはしない。


「あぁ、お前現場は初めてだったか。ウチに配属されるとはお前もツイてねぇな」

「僕もまさか警察にこんな部署があるとは思ってませんでしたよ」

「特務零課。死体に寄生する蟲――マガモノを見つけて適切に処理する。ウチに来る前に講習で習ったろ」

「習いましたけど、マガモノの存在なんてその時はじめて知りましたし、本当にいるのかどうか……正直、まだ信じられません」


 死体に寄生する蟲をマガモノと呼ぶ。寄生された死体は腐敗することがない。水原が講習で聞いた話の中では、長いもので3年ものあいだ生前の姿を留めていたものもあったという。


 マガモノがどこから来て、どのように寄生するのかは未だに解明されていない。なぜなら、マガモノは人の目には映らないからだ。

 死んだはずの人間が動いている。その事実を前にして、ようやくソレがマガモノ憑きであると判断できるのだ。


「まぁ、普通は死んだら火葬するからな。お前と同じように、マガモノの存在を知らない人間の方が圧倒的に多いだろ。マガモノ憑きになるのは大抵が人知れず殺された者や、死を受け入れられず放置された者だ」

「それらが暴走する前に、僕たちがマガモノを死体から駆除する……んですよね」

「そうだ。生前と変わらない姿をしていても、ソレはもう生きちゃいない。だからと呼ばれてんだよ」


 死体に寄生する見えない蟲、マガモノ。

 紛い物。魔のもの。禍つ神。

 マガモノには、そういう意味が含まれている。


「さっさと体も成仏させてやるぞ。夏目はどうした? あいつがいないと話にならねぇぞ」

「夏目先輩なら橘課長がそっちで煙草吸ってる間に、屋敷の中に入っていきましたよ」

「お前、そういうことは先に報告しろ! ったく、どいつもこいつもマイペース過ぎるだろ。水原、俺らも行くぞ。さっさとしろ」


 門をくぐれば、その先に広がるのは紫陽花の咲く広い庭園。無人の寂れた日本家屋の中で、そこだけが切り離されたかのように色鮮やかないのちの色に彩られていた。



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