第12話『父の日のプレゼントを渡しましょう-長瀬家編-』
6月18日、日曜日。
今日は一日曇りで、夜遅くになってから雨が降り出す予報になっている。降水確率は10%。父の日のプレゼントを渡しに午前中に俺の実家、午後には優奈の実家へ行く予定なので、天候に恵まれていると思う。
午前9時45分。
俺は父の日のプレゼントに、マスタードーナッツでオールドファッション系のドーナッツを中心に購入し、優奈と一緒に俺の実家に向かって歩き出す。この後、午前10時頃に実家へ行く予定になっている。また、実家でお昼ご飯を食べる予定だ。
「ドーナッツを買えて良かったですね」
「ああ。良かったよ。父さんはオールドファッション系のドーナッツが大好きだからな。母の日と同じで、マスドでバイト始めた高1からは毎年恒例なんだ」
「そうなんですね。和真君らしいです」
優奈は優しい笑顔でそう言った。
今年も父さんの好きな種類のドーナッツをプレゼントするけど、父さん……喜んでくれると嬉しいな。
「ご実家に帰るのはおよそ1ヶ月ぶりですか」
「母の日以来だよな。かなり久しぶりな感じがするよ。1ヶ月も実家を離れたことはなかったし」
「そうですか。私も実家に帰るのは母の日の前日以来なので、とても久しぶりな感じですね。前回帰ったのが随分と前のことのように思えます」
「そっか」
それだけ、今の家で俺と結婚生活を送ることが優奈にとって日常になったのだろう。俺も優奈との結婚生活に慣れ、日常になった。
実家に向かうこの道も、小さい頃から今年の5月の初め頃までは幾度となく歩いてきたのに。引っ越して1ヶ月半経っただけで、懐かしくて、ちょっと新鮮さも感じられる。
優奈と談笑しながら歩き、俺の実家の前に辿り着く。
今は午前9時50分過ぎ。約束の時間よりちょっと早めだけど、もう行くか。そう決めて、玄関にあるインターホンを鳴らした。
『はい。……あっ、カズ君に優奈ちゃん!』
インターホンのスピーカーからは真央姉さんの声が聞こえてきた。カメラで俺達のことが見えているからか、姉さんの声は弾んでいて。
「和真だ」
「優奈です。拓也さんに父の日のプレゼントを渡しにきました」
『うんっ! すぐに行くね!』
真央姉さんのそんな声が聞こえた直後、家の中から「タタタッ」と足音が聞こえてきた。きっと、姉さんがここに向かってきているのだろう。
「お待たせ!」
勢い良く玄関が開かれ、スラックスにノースリーブのVネックブラウス姿の真央姉さんが姿を現した。俺達と会えたからか、姉さんは物凄く嬉しそうだ。
「おはよう、真央姉さん」
「おはようございます、真央さん」
「2人ともおはよう! 会えて嬉しいよ!」
テンション高めにそう言い、真央姉さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。ブラコンの姉さんらしいなぁ。姉さんが俺のことを大好きなのを知っているからか、目の前で俺が抱きしめられても優奈は「ふふっ」と優しく笑っている。
「あぁ……カズ君の温もりと匂いを感じられて幸せ。ジャケット姿かっこいいよ」
「ありがとう。姉さんらしいな」
「えへへっ。優奈ちゃんにもね」
真央姉さんは俺への抱擁を離して、優奈のことを抱きしめる。
「うんっ。優奈ちゃんの温もりと匂いもいいね。ノースリーブの縦ニットを着ているから柔らかいし」
「ありがとうございます。真央さんに抱きしめられるの……いいですね」
「良かった。嬉しいよ」
よしよし、と真央姉さんは優奈の頭を優しく撫でる。それが気持ちいいのか、優奈の笑顔はほんわかとしたものになる。義理だけど、姉に抱きしめられるのが嬉しいのもあるかもしれない。微笑ましい光景だ。
「さあ、入って。お父さんとお母さんはリビングにいるよ。2人もカズ君と優奈ちゃんが来るのを楽しみにしてる」
「そっか。……ただいま」
「お邪魔します」
真央姉さんが優奈への抱擁を解き、俺は優奈と一緒に実家に入る。
母の日以来の実家。見える風景も、香る匂いも、母の日に来たときよりも懐かしい想いが強い。
3人でリビングに行くと、ワイシャツ姿の父さんとワンピース姿の母さんが、ソファーに隣同士に座って談笑していた。
実家に住んでいた頃、特に週末や祝日は父さんと母さんがリビングでゆっくりしている光景を見るのは当たり前だった。だけど、ここを離れて、今の家に住んでからは、両親が一緒にいる光景を見ると何だか嬉しい気持ちになる。
「お父さん、お母さん、カズ君と優奈ちゃんが来たよ」
「ただいま、父さん、母さん。父さんは久しぶりだな」
「拓也さん、お久しぶりです。梨子さんは木曜日以来ですね」
俺達がそう挨拶すると、父さんと母さんは穏やかな笑顔を向けて、
「和真、優奈さん、久しぶりだね。2人と会えて嬉しいよ」
「木曜日以来ね。2人ともおはよう」
と言ってくれた。そのことにも嬉しさが。
「父さん。母さんから聞いていると思うけど、今日は父の日のプレゼントを渡しに来たんだ。あとはお昼ご飯も食べるか」
「母さんから聞いているよ。3人からどんなものをもらえるのか楽しみにしていたよ。和真のプレゼントは今分かったけどね」
落ち着いた笑顔でそう言うと、父さんの視線が少し下がる。今、俺はマスタードーナッツのお持ち帰り用の手提げ箱を持っているからな。ただ、一昨年も去年もドーナッツだったので、今年もドーナッツだろうと予想していたかもしれない。
「さっそくお父さんに父の日のプレゼントを渡す?」
「そうだな」
「一番の目的はそれですからね」
「分かった。私からのプレゼントは部屋にあるから取りに行ってくるね!」
真央姉さんはリビングを後にする。
まもなく俺達からプレゼントを渡されるからか、父さんは既に嬉しそうだ。俺へのプレゼントは分かってしまったけど、父さんが喜んでくれると嬉しいな。
それからすぐに、真央姉さんは白い紙の手提げを持ってリビングに戻ってきた。
「持ってきたよ」
「おかえり。……じゃあ、プレゼントを渡すか。まずは……既に分かっている俺から。今年もマスタードーナッツで、父さんの好きなオールドファッション系を中心にドーナッツを買ってきたよ」
「ありがとう、和真」
父さんの前に、マスタードーナッツの手提げ箱を父さんの前に置く。
父さんは手提げ箱を開けると「おおっ」と声を漏らす。
「父さんの好きなドーナッツがいっぱいだ。どれも美味しそうだな。朝食を控え目にしておいて正解だった」
父さんは嬉しそうに言った。やっぱり、父さんは俺のプレゼントはドーナッツだと予想していたか。
「そっか。喜んでくれて良かったよ」
「ああ。ありがとう、和真」
「では、次は……私からでもいいですか? 真央さん」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。和真君から、拓也さんは紅茶が大好きだと伺いました。なので、紅茶のティーパックセットを。とても美味しい紅茶です」
優奈はマスドの箱の横に、ティーパックセットが入った紙袋を置いた。
木曜日の俺の三者面談後に買い物へ行ったとき、父さんは紅茶が大好きなことを優奈に伝えた。ギフト向けの紅茶を見ていくと、優奈が美味しいと絶賛し、普段、自宅で飲んでいる紅茶のティーパックセットが売っていたので購入したのだ。
「おぉ、嬉しいね」
「その紅茶は新居で優奈と飲んでるんだ。美味しいぞ」
「美味しいですよね」
「そうなんだ。紅茶も結構飲むんだよ」
「コーヒーと同じくらい飲むわよね」
「ああ。どっちも大好きだからね」
父さんは紙袋からティーパックの箱を取り出し、蓋を開ける。
「おぉ、色々な種類があるんだね。ありがとう、優奈さん」
「いえいえ」
父さん……結構嬉しそうだ。母さんの言う通り、父さんは紅茶もコーヒーも同じくらいに飲むからな。優奈へのアドバイスは正解だったようだ。そのことに安心した。
「じゃあ、最後は私ね。母の日のプレゼントと同じで、20歳になったからお酒を買いました! お父さんは日本酒が好きだから日本酒をプレゼントします!」
はい、と真央姉さんは父さんに日本酒の入った紙袋を手渡す。
父さんは紙袋から日本酒の入った箱を取り出す。あの大きさだと一升瓶かもしれない。
「おぉ、有名な日本酒だ。以前、居酒屋で呑んで美味しかった記憶がある」
「そうなんだ。オススメって書いてあったから買ってきたの」
「そうか。真央もお酒が買える年齢になったんだなぁ。娘から父の日のプレゼントにお酒をもらえる日が来るとは。嬉しいなぁ」
父さんは感慨深い様子になる。親にとっては、子供がお酒が呑める年齢になったのは色々と思うところがあるのかもしれない。
「3人とも、素敵なプレゼントをありがとう」
「いえいえ」
「和真君と渡せて嬉しいです」
「日々の感謝を込めてだよ、お父さん」
「……そうか。じゃあ、ドーナッツと紅茶をさっそくいただこうかな。日本酒は夜にゆっくりと。母さんと一緒に呑んでもいいかい? 真央も一緒に」
「うん、いいよ!」
「ありがとう」
「あらぁ、嬉しいわ」
父さんだけでなく母さんも嬉しそうにしている。母さんも父さんほどではないけど、夕食や食後の晩酌に日本酒を呑むことがあるからな。真央姉さんも、20歳になってからは夕食のときに呑んでいたことがあったっけ。
それからは午前中のおやつタイムに。父さんは俺がプレゼントしたドーナッツ、俺と優奈、真央姉さん、母さんは用意してくれていたパウンドケーキを。ちなみに、父さんはオールドファッションとオールドチョコファッションをお皿に出している。
また、飲み物は父さんからの提案で、優奈がプレゼントしたティーパックの紅茶をアイスティーにしてみんなで飲むことになった。アイスティーは優奈と母さんが一緒に淹れた。
スイーツとアイスティーが用意できたので、午前のティータイムを始める。
アイスティーを一口飲むと……優奈が絶賛するだけあってとても美味しいな。母さんが用意してくれていたパウンドケーキも美味しい。
父さんの方に視線を向けると、父さんはオールドファッションを一口食べる。
「……うん。美味しい」
「良かった。父さんはオールドファッション好きだもんな」
「ああ。このアイスティーもとても美味しいよ」
「良かったです」
「良かったな、優奈」
「はいっ」
「とても美味しい紅茶だわ」
「美味しいよね、お母さん」
「ええ。これからは、うちもこの紅茶にしようかしら」
父さんだけでなく、真央姉さんも母さんも優奈がプレゼントした紅茶を絶賛。そのことに優奈はとても嬉しそうで。俺も父さん達の反応を見ていると、自分のことのように嬉しい気持ちになる。
父さんはアイスティーを一口飲むと、ふぅ……と長く息を吐く。
「とてもいい父の日だ。子供達から父の日のプレゼントをもらえて。それに、真央は20歳になったし、和真は18歳になって優奈さんという素敵な人と結婚したからね。好き合う関係になれたのも納得な仲睦まじい雰囲気だし。真央の成長と、和真と優奈さんが仲良くしていることが父さんにとって一番のプレゼントだよ。ありがとう」
父さんはとても穏やかな笑顔で、俺達のことを見ながらそう言った。父さんの横で、母さんは「そうね」と微笑みながら言う。
優奈と結婚して、仲良くしていることが一番のプレゼントか。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと照れくさいものがあるな。俺と同じ気持ちなのか、優奈も真央姉さんもはにかんでいた。
いつかは俺も子供ができて、父の日のプレゼントをもらえる日が来るだろうか。そして、子供の成長を喜べる日も。そうなったら嬉しいな。父さんと優奈のことを見ながら俺はそう思った。
ティータイムが終わった後は、優奈と俺は真央姉さんと一緒に姉さんの部屋に行き、俺の写真ばかり貼られてあるアルバムや、俺ばかり映っているホームビデオがダビングされたBlu-rayを見たりした。今までの俺がいっぱい登場するので、
「以前、和真君にアルバムを見せてもらいましたが、小さい頃の和真君はとても可愛いですね!」
「可愛いよね! 今でもカズ君が可愛いと思うときがあるけどね」
「分かりますっ」
「わあっ! 映像で観るとより可愛く感じますね! 今とは違って声が高いですし」
「声変わりする前のカズ君って凄く可愛いよね!」
「はいっ! この頃の和真君に会ってみたかったです」
と、優奈も姉さんも物凄く楽しそうにしていた。
お昼ご飯は両親が作った冷やし中華。久しぶりに家族で一緒に食べる食事はとても美味しくて。優奈も一緒だし。
お昼ご飯のときも、父さんは楽しそうにしていた。今までの父の日で一番嬉しそうに見えて。父さんにとって、とてもいい父の日になったようで本当に良かった。
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