エピローグ『いつも通り。それがいい。』
「……てください。和真君」
6月9日、金曜日。
優奈の声が聞こえ、肩のあたりを軽く叩かれる感覚を感じながら目を覚ました。目の前には俺を覗き込んでいるエプロン姿の優奈がいて。
優奈と目が合うと、優奈はニッコリと笑いかけてくれる。凄く可愛い。
「おはようございます、和真君。いつも起きる時間に起きてこないので起こしに来ました」
「そうだったんだ。起こしに来てくれてありがとう。おはよう、優奈」
優奈が起こしてくれたおかげで、とてもいい目覚めになった。
ゆっくりと上体を起こすと……うん、昨日のようなだるさは全くない。熱っぽさとか喉や鼻がおかしいこともないし。風邪が治ったんだな。
ベッドのすぐ側に優奈がいるので、優奈におはようのキスをする。起きてすぐに大好きなお嫁さんとキスできて幸せだ。
数秒ほどして唇を離すと、優奈の笑顔がほんのりと赤らんでいた。
「昨日、和真君は早く寝ましたけど、ぐっすりと寝ていましたね」
「ああ。かなり長い時間寝たな。そのおかげで体がスッキリしているよ。熱っぽさもないけど、一応、体温を測ろう」
「ええ。ただ、キスしたとき、いつもの温もりを感じましたから、きっと下がっていますよ」
優奈は微笑みながらそう言う。
優奈に体温計を取ってもらい、俺は体温を測る。さあ、今の体温はどのくらいかな? 優奈の唇という体温計では平熱あたりという結果になっているけど。
――ピピッ。
「……おっ、36度1分だ。平熱まで下がった」
優奈の予想が見事に当たったな。
俺は『36.1℃』と表示された液晶画面を優奈に見せる。優奈は液晶画面を見て、優奈の笑顔が安心したものになる。
「下がりましたね。良かったです」
「ああ。優奈が看病してくれたおかげだよ。ありがとう」
お礼を言って、優奈の頭を優しく撫でる。そのことで、優奈の笑顔が今度は柔らかいものに変わっていく。
「だるさとかもないし、今日は学校に行けるよ」
「そうですか。嬉しいですっ」
優奈はニコッとした明るい笑顔を見せる。
この体調なら、学校はもちろんのこと、放課後のバイトも大丈夫そうかな。
「さあ、和真君。朝食ができていますから、顔を洗ったり、歯を磨いたりしてください」
「ああ、分かった」
その後はいつも通りの平日の朝の時間を過ごす。
洗面所で顔を洗い、歯を磨き、自分の部屋で学校の制服に着替えた後、優奈が作ってくれた朝食を食べる。
朝食はご飯に豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたしという和風のもの。優奈の作ってくれたものだからどれも美味しくて、難なく完食できた。優奈と一緒に食べたから凄く元気が付いて。今日の学校生活とバイトを頑張れそうだ。
朝食の後片付けをし、学校へ行く準備をして、
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだな」
『いってきます』
優奈と声を揃えてそう言い、俺達はいってらっしゃいのキスをして、家を出発した。昨日も優奈が学校に行くときにキスをしたけど、こうして玄関でキスする方がいいな。
マンションから外に出ると……今日もよく晴れているな。昨日は一日家にいたので、高野駅周辺のこの景色がいつも以上にいいなって思える。
日差しが直接当たって暑いけど、繋いでいる優奈の左手から伝わる温もりはとても心地いい。
「昨日は私一人で登校しましたから、今日はいつも通りに和真君と一緒に登校できて嬉しいです。和真君と一緒なのが一番ですね。もちろん、風邪を引いたことを責めていませんよ」
「ははっ、分かっているよ。俺も健康でいつも通りに優奈と登校できて嬉しいよ」
「そうですかっ」
昨日は俺が学校を休んでいたのもあってか、いつもの朝以上に優奈はご機嫌な様子だ。本当に可愛いな。
「昨日登校したときは寂しくて。私が風邪を引いたとき、和真君もこういう気持ちだったんだって思いました」
「そっか。俺も優奈が出発して家で一人になったとき……寂しくなってさ。優奈も風邪を引いて家にいるときはこんな感じだったんだろうって思ったよ。あと、俺にとって優奈の存在が大きいんだって改めて思った」
「私もです。なので、一人で登校するときも、学校にいるときもずっと和真君のことを考えていました」
「俺も、姉さんが来るまでは起きているときは優奈のことばかり考えてたな」
「そうでしたか」
ふふっ、と優奈は嬉しそうに笑った。
昨日は一人でいて寂しい思いをしたから、こうしていつも通りに優奈と一緒に登校できることが本当に嬉しいのだ。好き合う関係になったのもあり、優奈が風邪を引いたとき以上にその思いは強い。
優奈と話しながら歩いたのもあり、学校にはあっという間に到着した。
いつもは階段で教室のある6階まで上がるけど、病み上がりなのもあり、今日はエレベーターで6階まで上がった。階段で上がるのにはすっかりと慣れたけど、エレベーターは楽だなぁと思った。
6階に到着し、いつも通りに後方の扉から3年2組の教室に入る。今日もエアコンがかかっていて涼しいな。
「おっす! 長瀬復活したか!」
「おはよう、長瀬君! 風邪治って良かったね!」
2日ぶりの登校なのもあってか、普段と違って友人達は朝の挨拶だけでなく、風邪が治って良かったという言葉も言ってくれる。それが何だか嬉しかった。
俺も朝の挨拶だけでなくお礼を言いながら、優奈と一緒に自分の席に向かった。
「おはよう、長瀬、有栖川。元気になって良かったぜ」
「おはよう、優奈、長瀬君。今日は長瀬君も学校で会えたわね。優奈も元気そうね」
「2人ともおはよう! 長瀬、ちゃんと学校で会えたね。元気になって良かったよ!」
俺や優奈の席の近くには西山、井上さん、佐伯さんがおり、俺達に朝の挨拶をしてくれた。友人達と同じく、俺が元気になって良かったとも言ってくれて。彼らとは一緒にいる時間も多いし、井上さんと佐伯さんはお見舞いにも来てくれた。だから、彼らから言われるのは特に嬉しい。
西山と井上さん、佐伯さんも嬉しそうな様子で。特に井上さんと佐伯さんは。昨日、お見舞いに来たときに「また明日、学校で」と言ったからだろう。
「みなさん、おはようございます」
「みんなおはよう」
俺達は朝の挨拶をして、スクールバッグを自分の机に置いた。そして、3人の輪の中に入る。
「みんな、昨日はお見舞いのメッセージを送ってくれてありがとう。井上さんと佐伯さんはお見舞いに来てくれたし。元気をもらったよ。本当にありがとう。おかげさまで、普段と変わりないところまで快復したよ」
ありがとう、と西山達に向かって頭を下げた。
「いえいえ。元気になって何よりだわ。あと、みかんゼリーを食べさせるのが楽しかったわ。こちらこそありがとう」
「あたしは部活帰りにちょっと会っただけだけどね。いつも学校で話している人と会いたかったし」
「俺は遅くまで部活があったから、いつも通りメッセージだけだけどな。一日で元気になって良かったぜ、長瀬」
井上さんは可愛らしく、佐伯さんは明るく、西山は爽やかないつもの笑顔で俺にそう言ってくれた。そんな彼らから優しさを感じ、心が温かくなる。優奈も俺と同じような気持ちなのか、とても柔らかい笑顔になっている。
それからは昨日の学校はどんな感じだったのかを優奈達から聞いた。優奈が寂しそうだったとか、女子3人でお昼を食べたとか、休み時間は優奈が俺の席に座っていたとか主に優奈絡みのことだったけど。
自分のことをたくさん話されるからか、優奈はちょっと照れくさそうにしていた。それが可愛くて。
――キーンコーンカーンコーン。
やがて、朝礼を知らせるチャイムが鳴り、担任の渡辺先生が教室に入ってきた。
「はーい、みんな席に着いて。……おっ、長瀬君風邪治ったんだね。良かった良かった」
渡辺先生は明るく笑いかけながらそう言った。先生に「どうもです」と返事しながら、俺は自分の席に座った。
今日も学校生活が始まる。隣に優奈がいるいつも通りの学校生活が。ただ、昨日は風邪を引いて休んだのもあり、そのいつも通りがいいなと思えるのであった。
特別編 おわり
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