第44話『結婚指輪を見せましょう-長瀬家編-』

 5月14日、日曜日。

 母の日当日。今日は午前10時から午後4時までバイトが入っている。バイトの後に優奈と一緒に母の日のプレゼントを買い、俺の実家に行く予定になっている。

 バイト先であるマスタードーナッツに優奈と結婚したことは、新居に引っ越した直後、住所が変わったことを店長に届け出た際に伝えている。なので、結婚指輪を付けて出勤しても騒ぎにはならず、


「それが奥さんと買った結婚指輪なんだ。いいね!」

「指輪を付けてると、長瀬君が結婚したんだって実感するよ。改めて、結婚おめでとう」


 などと、ホール担当のスタッフの何人が指輪を褒めたり、結婚を祝福したりしてくれた。

 ただ、俺はホール担当だけど、飲食物を取り扱う。衛生的な理由で結婚指輪を外してバイトをすることに。ちなみに、指輪は持ち運び用の指輪ケースに入れて保管している。

 今日は日曜日なので、家族連れのお客様が結構多い。

 また、母の日当日なのもあってか、母親と子供らしき組み合わせのお客様も多くて。そのことに新鮮さを感じながら、今日のバイトをこなしていった。



 午後4時過ぎ。

 シフト通りにバイトが終わって、俺はバイトの制服から私服に着替える。その際、ケースから取り出して結婚指輪を左手の薬指に付ける。バイトの着替えで毎回付け外しをするから、なくさないように気をつけないとな。

 また、着替える前に優奈にバイトが終わったとメッセージを送ると、マスタードーナッツのお客様用の出入口近くで待っていると返信がすぐに届いた。

 従業員用の出入口からお店を出て、お客様用の出入口の方に向かうと、そこには膝丈よりも少し長いスカートに、フリル付きの半袖のブラウス姿の優奈が立っていた。

 優奈、と声を掛けると、優奈は俺に向かって左手で手を振ってきて。その際、薬指に付けている結婚指輪が日差しで煌めいて。その光景が美しくて、嬉しかった。


「お待たせ、優奈」

「いえいえ。バイトお疲れ様でした」

「ありがとう。じゃあ、母の日のプレゼントを買って、俺の実家に行くか」

「はいっ」


 その後、マスタードーナッツで母さんが好きな複数のチョコ系のドーナッツを購入し、マスドの近所にあるムーンバックスというチェーンの喫茶店でインスタントコーヒーを購入した。ドーナッツは俺、インスタントコーヒーは優奈からの母の日のプレゼントだ。

 母さんへの母の日のプレゼントを購入できたので、俺達は俺の実家に向かって歩き出す。その直前に家族のグループトークに『今から行く』とメッセージを送ると、真央姉さんからすぐに『待ってるよ! みんないるからね!』と返信が来た。


「梨子さんが喜んでくれると嬉しいです」

「きっと喜んでくれるさ。母さんはドーナッツもコーヒーも大好きだから。ちなみに、ドーナッツは俺が高校生になってからは毎年恒例なんだ」

「そうなんですね。マスタードーナッツでバイトをしている和真君らしいプレゼントだと思います」


 優奈はニコッと笑ってそう言ってくれる。

 優奈と母の日のことを話しながら、実家への道を歩く。

 ついこの間までは、学校やバイトなどの帰りにたくさん歩いていたのに。10日ほど歩いていないだけで、結構懐かしく感じて。昨日、優奈の実家に向かうとき、優奈もこういう気持ちだったのかも。

 優奈と話しながら歩いていたので、あっという間に俺の実家が見えるところまで来ていた。


「……昨日の優奈の気持ちが分かる。実家を見たら懐かしく感じるよ」

「ふふっ、そうですか」

「俺も10日くらい実家を離れたことは今までなかったからさ。それに、優奈と一緒に過ごすのが慣れてきて楽しいから、実家で過ごした日々が遠く感じるようになって」

「和真君がそう言うの分かります。私も今の生活に慣れてきてきましたし、楽しいですから、実家で過ごしたのが昔のことのように思えてきて」

「そうなんだ」


 優奈と同じような気持ちであることが嬉しい。

 新居で優奈と一緒に結婚生活を過ごしてからまだ10日ほど。ただ、実家の前に立つと、その10日間がとても充実していて、楽しかったことを実感する。

 優奈と一緒に玄関の前まで行き、インターホンを押した。


「新鮮だな。押すの」

「ですよね」


 優奈は楽しそうに言った。


『はいっ。あっ、カズ君に優奈ちゃん! すぐに行くね!』


 スピーカーから真央姉さんのそんな言葉が聞こえた。

 実家の中からタタタッ、と足音が聞こえてくる。きっと、真央姉さんが急いでここに向かっているのだろう。


「お待たせ!」


 玄関が開き、スラックスに半袖の肩開きのブラウス姿の真央姉さんが姿を現した。優奈と俺が来たからか、姉さんはニッコニコだ。


「カズ君、優奈ちゃん、いらっしゃい!」


 とても嬉しそうな笑顔でそう言うと、真央姉さんは俺、優奈の順番でぎゅっと抱きしめた。自宅とかバイト先の接客でちょくちょく会っているけど、実家に帰ってくるのは引っ越し以来初めてだから凄く嬉しいのだろう。


「さあ、上がって! お母さんもお父さんもリビングにいるよ!」

「ああ、分かった。……ただいま」

「お邪魔します」


 俺は優奈と一緒に実家に入った。

 真央姉さんが用意してくれたスリッパを履いて、姉さんと3人でリビングに向かう。

 リビングに入ると、ロングスカートにVネックシャツ姿の母さんと、スラックスにワイシャツ姿の父さんがソファーに座ってくつろいでいた。


「ただいま、母さん、父さん」

「お邪魔します。お久しぶりです、梨子さん、拓也さん」

「おかえり、和真。いらっしゃい、優奈ちゃん」

「和真、おかえり。優奈さん、久しぶりだね」


 母さんと父さんは穏やかな笑顔でそう言ってくれる。会っていないのは10日ほどだけど、両親が変わらず元気そうなのは安心するし嬉しいな。昨日、優奈も同じような想いを抱いていたのだろうか。


「今日は母の日だから、優奈と俺で母さんにプレゼントを買ってきたよ。俺は今年も母さんが好きなチョコ系のドーナッツの詰め合わせだ」

「義理ですが親子になりましたので、私も用意しました。私はムーンバックスで購入したインスタントコーヒーです。和真君からコーヒーがお好きだと聞きまして」

「うん、コーヒーも大好きよ! 2人ともありがとう!」


 母さんはとても嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくる。その姿は昨日の彩さんと重なる。

 俺と優奈は母さんの前にプレゼントを置く。母さんは目を輝かせて、箱を開けてドーナッツを見たり、インスタントコーヒーのパッケージを眺めたりしていた。その様子を見て優奈はとても嬉しそうにしていた。


「じゃあ、私もお母さんにプレゼントを渡すよ! ちょっと待ってて!」


 元気良くそう言うと、真央姉さんはリビングを後にした。

 真央姉さんはどんなものをプレゼントに用意したんだろう。姉さんは生活雑貨店でバイトしているので、バイトを始めた高校生以降は便利グッズや可愛らしい日用品を毎年プレゼントしているけど。


「お待たせ!」


 と言い、真央姉さんは少し大きめの白い紙の手提げを持ってきた。


「はい、お母さん! いつもありがとう! 猫柄のマグカップと白ワインをプレゼントするよ!」

「あらぁ、2つも! ありがとう!」


 母さんは真央姉さんからも嬉しそうな様子でプレゼントを受け取る。

 真央姉さんは猫柄のマグカップと白ワインか。母さんは猫好きだし、ここ数年の傾向からマグカップは予想できたけど、白ワインまでプレゼントするのは意外だった。母さんは父さんと一緒にワインを呑むことがあったけど。

 母さんは手提げからワインとマグカップの箱をそれぞれ取り出す。どちらも箱から出している。


「わぁっ、マグカップ……可愛い三毛猫が描かれていていいですね!」

「可愛いわよね、優奈ちゃん」

「いいマグカップだな。あと、姉さんがワインも贈るとはな」

「お母さん、夕食のときとかその後にお父さんと一緒にワインを呑むからね。白ワインの方が好きだって前に言っていたし。それに、20歳になってお酒を買えるようになったから。何年か前から、20歳になったらお母さんにワインを贈ろうって考えていたの」

「そうだったのか」

「それを聞いたらより嬉しい気持ちになったわ。ありがとう。今夜、お父さんと一緒に呑んでもいい?」

「もちろん!」


 母さんの問いかけに真央姉さんが快諾したことから、父さんが母さんの横でとても嬉しそうにしていた。良かったな、父さん。


「そういえば、和真、優奈ちゃん。昨日、結婚指輪を受け取ってきたのよね。彩さんからとても綺麗だったってメッセージと写真が来たわ」

「ああ。昨日、優奈と一緒に結婚指輪を受け取ったよ」

「お母さんの言う通り、とても綺麗な結婚指輪です!」


 嬉しそうに言うと、優奈は結婚指輪を付けた左手を母さん達に見せる。俺もその直後に指輪を付けた左手を見せる。

 真央姉さんは目を輝かせて、母さんと父さんは穏やかな笑顔で俺達の左手を見ている。


「とっても綺麗な結婚指輪だね!」

「そうね、真央。彩さんから送られた写真でも綺麗だって思ったけど、実際に見るとより綺麗で素敵な指輪ね」

「いい結婚指輪だ」


 真央姉さんも両親も俺達の結婚指輪を笑顔で褒めてくれた。それがとても嬉しい。


「ありがとう」

「ありがとうございますっ」


 俺に続いて、優奈は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。今の優奈を見ていると胸がとても温かくなる。


「結婚指輪を付けた和真と優奈さんの姿を見られて親として嬉しいよ」

「そうね、お父さん。和真と優奈ちゃんが結婚したんだってより実感できるし。2人から素敵な母の日のプレゼントをもう一つもらったわ」


 父さんと母さんはニッコリと笑いながらそう言ってくれる。親として嬉しいと言われると胸に来るものがあるな。あと、母さんがこれもプレゼントだと言ってもらえるほどに嬉しく思ってもらえて、より嬉しい気持ちになった。


「2人で買ったその結婚指輪……ずっと大切にしなさいね」

『はい』


 母さんからの言葉に、優奈と俺の返事が重なった。そのことに頬が緩む。優奈はニコッと笑いかけてくれた。


「みんなありがとう。今年は今までで一番嬉しい母の日になったわ」

「いえいえ」

「お母さんが喜んでくれて嬉しいよ!」

「私も嬉しいです」

「ふふっ。まだ4時半前だし、お茶にしましょうか。和真と優奈ちゃんが来るって聞いていたから、スイーツも用意してあるの」

「ありがとうございます」

「ありがとう。バイト上がりだからお腹空いているし」

「ふふっ、食べて食べて。私は和真がプレゼントしてくれたドーナッツをさっそくいただくわ。それで、真央がプレゼントしてくれた猫のマグカップで、優奈ちゃんがプレゼントしてくれたインスタントコーヒーを飲みましょう」


 母さんはとても嬉しそうに言った。真央姉さんがマグカップをプレゼントしたから、3人全員のプレゼントを一度に楽しめるのか。

 

「お茶にする前に、結婚指輪を付けた2人の写真を撮ってもいい? あと、私とも一緒に撮ってもいい?」

「姉さんも一緒に写るのか。……いいぞ」

「もちろんいいですよ」

「ありがとう!」


 その後、真央姉さんのスマホで、結婚指輪を付けた俺と優奈のそれぞれの写真。俺と優奈のツーショット。俺と優奈に姉さんが挟まれたスリーショット、5人全員の写真を撮影した。

 写真撮影会が終わった後、俺達はリビングでコーヒーを飲んだり、スイーツを食べたりして談笑する。

 母さんはチョコレートドーナッツと、三毛猫柄のマグカップに淹れたインスタントコーヒーをとても嬉しそうに楽しんでいるのであった。

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