第43話『結婚指輪を見せましょう-有栖川家編-』

 結婚指輪を受け取り、指輪を入れるケースを購入した俺達はジュエリーショップを後にする。彩さんへの母の日のプレゼントを買うため、琴宿駅近くの大型の商業施設に向けて歩き出す。


「無事に結婚指輪を受け取れて嬉しいです!」


 言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言うと、優奈は左手の薬指にさっそく付けている結婚指輪を幸せそうに見ている。そんな優奈を見ていると、俺も嬉しい気持ちになってくる。ちなみに、俺も左手の薬指に結婚指輪を付けている。


「俺も嬉しいよ。優奈との結婚の証である指輪を受け取れて。それに、さっそく一緒に付けているからさ」

「そうですね! これからは基本的に付けていましょう」

「そうだな」


 プライベートはもちろん、学校生活の中でも付けるつもりだ。

 うちの高校の校則では、身なりについては『高校生らしい身なりであること』と定められており、アクセサリー類を身に付けることが禁止だとは定められていない。実際、クラスメイトや友人の中にはネックレスやブレスレットなどを身に付けている生徒もいる。ただ、教師に注意されるところを見たことがない。私立高校にしては結構緩い方だと思う。

 念のため、事前に担任の渡辺先生とスイーツ研究部顧問の百瀬先生に、結婚指輪を学校でも付けていいかどうかメッセージを送った。購入時に撮った写真も。すると、先生方から、


『結婚指輪だし、デザインもシンプルだから問題ない。生活指導の先生も大丈夫だと言っていた』


 という趣旨の返答をしてくださった。だから、学校でも堂々と結婚指輪を付けていられる。


「大切にして、なくさないように気をつけないとな」

「そうですね。和真君と一緒に買った結婚の証ですから」


 優奈はとても優しい笑顔でそう言ってくれる。そのことにドキッとした。

 その後、琴宿駅近くの大きな商業施設に行き、彩さんに向けた母の日プレゼントを購入した。優奈はカーネーションの花とハンドクリーム、俺は抹茶味のマカロンだ。

 俺にとって、彩さんは義理の母親だ。なので、母の日に何かプレゼントしたいと思っていた。優奈に相談すると、彩さんはスイーツが大好きで、季節や期間限定のものも好むと教えてくれた。なので、今の季節らしい抹茶味のマカロンにしたのだ。喜んでもらえたら嬉しいな。

 母の日のプレゼントを購入できたので、俺達は優奈の実家に向かう。

 琴宿駅前の大通りを2、3分ほど歩き、優奈の実家がある住宅街に入る道を曲がる。この閑静な住宅街に来ると、ここが都庁もある琴宿区であることを忘れてしまいそうだ。

 一度訪れたこともあるので、前回よりも早い感覚で優奈の家の前まで辿り着いた。


「実家……ちょっと懐かしいです。引っ越してからは初めて来ますし。これまで、10日くらい実家から離れていたことはありませんでしたから。家族旅行でもせいぜい1週間くらいでしたし」

「そうなんだ」


 俺も明日、実家に行ったら優奈と同じ気持ちになるのだろうか。俺も今の家に引っ越してからは一度も実家に行っていないし。10日も実家を離れたことはなかったから。

 優奈が家の門を開け、俺達は優奈の実家の敷地に入る。

 定期的に手入れがされているからか、今日も庭はとても綺麗だ。そんな庭に敷かれているレンガの小道を歩き、玄関前まで辿り着く。

 優奈はインターホンのボタンを押した。


「インターホン押すんだ」

「つい先日までここの住人でしたし、この家の鍵も持っていますが……今は住んでいませんからね。それに、この家のインターホンを鳴らしたことは全然ないので、何だか新鮮で楽しいです」

「ははっ、そっか。俺も明日は押すか。実家のインターホンを鳴らしたことは全然ないから」


 俺がそう言うと優奈は「ふふっ」と楽しそう笑った。


『はい。……あっ、優奈に長瀬君』


 インターホンのスピーカーから彩さんの声が聞こえてきた。


「優奈です。和真君と一緒に来ました」

『すぐに行くわ』


 彩さんがそう言うので、俺達は玄関の前で待っていることに。

 それからすぐに玄関が開き、スカートに長袖の縦ニット姿の彩さんが姿を現した。俺達の姿を見て、彩さんは嬉しそうな笑みを浮かべる。


「優奈、長瀬君、よく来たね! インターホンを鳴らさずに入ってきても良かったのに」

「今は和真君と高野に住んでいますからね。あと、ここのインターホンを鳴らしてみたかったんです」

「ふふっ、そうなの。優奈と10日も会わないのは初めてだから……久しぶりね」

「ええ。お久しぶりです、お母さん」


 これまで一緒に住んでいた家族だから、10日ぶりでも「久しぶり」になるんだな。俺も明日、家族と会ったときには同じように言うのだろうか。


「長瀬君、こんにちは」

「こんにちは、彩さん。さっき、優奈と一緒に結婚指輪を受け取ってきました。サイズもピッタリでした」

「それは良かったわ。だから、2人ともこれまで以上にいい笑顔になっているのね」

「とても嬉しいですから。あと、一日早いですが、お母さんに母の日のプレゼントを買ってきました」

「嬉しいわ。さあ、入って。お父さんとおじいちゃんはリビングにいるわ。陽葵は部活があるけど、もうすぐ帰ってくると思うから」


 陽葵ちゃんはもうすぐ部活に帰ってくるのか。それなら、陽葵ちゃんにも結婚指輪を直接見せられるな。


「そうですか。では……ただいま」

「お邪魔します」


 俺達は優奈の実家の中に入る。

 彩さんが出してくれたスリッパを履き、彩さんについていく形でリビングに向かう。

 リビングに行くと、おじいさんと英樹さんがソファーに座ってくつろいでいた。おじいさんはワイシャツ姿、英樹さんはポロシャツ姿とラフな雰囲気だ。


「優奈、おかえり。長瀬君、こんにちは」

「2人ともよく来た!」


 英樹さんは穏やかな笑顔で、おじいさんは物凄く嬉しそうな笑顔でそう言う。

 おじいさん……今までで一番と言っていいほどの笑顔になっている。久しぶりに孫娘の優奈に会えて嬉しいんだろうな。


「たまにメッセージはしているが……どうじゃ? 新居での新婚生活は」

「和真君と楽しく過ごしています。新居での生活や新居から学校に通うことにも慣れてきました」

「俺も優奈と同じで、優奈と楽しく新婚生活を送ることができています。あの家に優奈と一緒に住まわせてくれてありがとうございます」

「いえいえ。2人で一緒に楽しく新婚生活を過ごせていて何よりじゃ」

「そうだな、父さん」

「良かったわ。あと、2人の話を聞いていると、お父さんとの新婚生活を思い出すわぁ」


 3人とも穏やかな笑顔でそう言ってくれる。ただ、彩さんはどこか楽しそうで。英樹さんとの新婚生活のことを思い出しているからだろうか。


「優奈、和真君。今日は結婚指輪を受け取りに行ったんじゃよな?」

「ええ、無事に受け取れました! 和真君も私もさっそく付けています」


 そう言い、優奈は荷物をローテーブルに置いて、結婚指輪を付けた左手を3人に見せる。俺も優奈に倣って、荷物をテーブルに置き、左手を見せる。


『おぉ』

「あらぁ~」


 3人はそう声を漏らし、英樹さんとおじいさんはソファーから立ち上がって俺達のすぐ近くまで来る。3人は俺達の左手の薬指に付けられている結婚指輪をじっくり見ている。


「優奈から写真で見せてもらっていたけど、実際に見るととても綺麗で素敵な結婚指輪ね」

「そうだな、母さん。素敵な結婚指輪だ。2人とも指輪をつけているから、2人がより夫婦らしく見えるよ」

「そうだなぁ、英樹。とてもいい結婚指輪だ。結婚指輪をつけた2人を見たら、感激して涙が出てきたぞい」


 おじいさんは笑顔でそう言うと、両目から涙がこぼれ落ちる。結婚指輪を買ったとき、完成した指輪を見せたらおじいさんはより感激しそうだと思ったけど、想像通りの展開になったな。


「お母さん達がそう言ってくれて嬉しいです!」

「俺も嬉しいです。ありがとうございます」


 お嫁さんの両親とおじいさんに結婚指輪を褒めてもらえるのって、こんなにも嬉しいことだったんだ。そう思えるのは、優奈と一緒にデザインや刻印する文字を決めたからかもしれない。明日、俺の家族にもいいねって言ってもらえたら嬉しいな。


「ただいまー!」


 玄関の方から陽葵ちゃんの声が聞こえてきた。陽葵ちゃんが部活から帰ってきたのか。

 リビングにいる5人で陽葵ちゃんに向けて『おかえり』と言った。それもあってか、程なくして制服姿の陽葵ちゃんがリビングにやってきた。


「みんなただいま! お姉ちゃんおかえり! 和真さんいらっしゃい!」


 陽葵ちゃんは元気良く挨拶してきた。そんな陽葵ちゃんは明るく可愛い笑顔で。部活でいっぱい練習しただろうに元気いっぱいだ。


「ただいま、陽葵」

「お邪魔しているよ、陽葵ちゃん。俺達もさっき来て、御両親とおじいさんに結婚指輪を見せていたんだ」


 ほら、と俺は陽葵ちゃんに結婚指輪をつけた左手を見せる。その直後に優奈も。

 陽葵ちゃんは目を輝かせて「わぁっ!」と可愛らしい声を漏らす。


「とても素敵な指輪ですね! 結婚指輪を付けているから、2人とも大人っぽく見えます」

「ありがとう、陽葵ちゃん」

「ありがとうございます。和真君との結婚指輪を褒めてもらえて嬉しいです。私達の結婚指輪だっていう印に『K&Y』って刻印したんですよ」


 優奈は左手の薬指から結婚指輪を外して、「ほら」と内側に刻印されている文字を陽葵ちゃんに見せる。内側を見せるのはこれが初めてなので、御両親とおじいさんも覗き込んでいた。


「『K&Y』。『Kazuma』と『Yuuna』ですか。素敵ですね!」

「シンプルであり、優奈と長瀬君の指輪だと分かっていいね」

「素敵ね。大切にしなさい、優奈、長瀬君」

「結婚の証じゃからな」

「はい」

「大切にしますっ! ……あの。おばあちゃんにも結婚指輪を見せたいのですが」

「俺も優奈と一緒におばあさんに見せたいです」

「ああ。是非、見せてあげてくれ。きっと、ばあさんも喜ぶと思うよ」


 おじいさんは優しい笑顔で快諾してくれた。

 俺達はおじいさんの部屋に行く。

 俺と優奈はおばあさんの仏壇の前で隣同士に立ち、結婚指輪を付けた左手を見せる。


「おばあちゃん。和真君と一緒に買った結婚指輪を受け取りました。とても素敵な指輪です」

「優奈と買ったこの結婚指輪を普段から付けて、大切にしていきたいと思います」


 優奈と俺はおばあさんに向けてそう語りかけた。亡くなったおばあさんは結婚指輪をつけた俺達を見て喜んでくれていたら嬉しい。

 俺達が語りかけた直後、後ろから鼻をすする音が聞こえた。後ろに振り返ると、おじいさんが微笑みながら再び泣いており、右手で涙を拭っていた。

 優奈が鐘を鳴らして、6人で拝んだ。新居に引っ越して、優奈と楽しく過ごせていると思いながら。

 拝み終わって、俺達はリビングに戻る。優奈と俺が母の日のプレゼントを彩さんに渡すためだ。


「お母さん。一日早いですが、母の日のプレゼントです。先日、ここの家から離れましたが、これからもよろしくお願いします」


 優奈はそう言って、プレゼントが入った紙の手提げを彩さんに渡す。

 彩さんは「あらぁ」と嬉しそうな笑顔で、紙袋の中からハンドクリームと、ラッピングされた赤いカーネーションを取り出す。


「綺麗なカーネーションね。それに、このハンドクリーム気に入っているの。手がうるおうし、べたつかないし。優奈、ありがとう」

「いえいえ」

「あと……俺からもプレゼントを。優奈と結婚して義理の親子になりましたから。優奈からスイーツが好きだと聞きましたので、今の季節らしい抹茶のマカロンを。これからもよろしくお願いします」


 そう言い、俺は抹茶のマカロンが入った紙袋を彩さんに手渡す。

 彩さんは「ありがとう!」と凄く嬉しそうに受け取り、紙袋から抹茶のマカロンの入った箱を取り出した。心なしか、優奈のときよりも嬉しそうな気がする。義理の息子である俺からももらえるとは思わなかったのかな。


「マカロン好きなの! 抹茶も好きで、今の時期は抹茶味のスイーツを結構食べるのよ。だから、凄く嬉しいわ」

「そうですか。良かったです」

「さっそく食べてもいい?」

「もちろんです」

「いただきますっ」


 弾んだ声でそう言い、彩さんは抹茶のマカロンを一つ食べる。口に合ったのか「ん~っ!」ととても可愛らしい声を上げ、幸せそうに食べている。高校生と中学生の娘がいるとは思えないほどに可愛い。あと、美味しそうに食べる姿は娘の優奈とよく似ている。


「とっても美味しいわ! ありがとう、長瀬君」

「いえいえ。気に入ってもらえて嬉しいです」

「あたしは母の日当日の明日にプレゼントするね! お母さん!」

「楽しみにしているわ、陽葵」


 彩さんはとても嬉しそうな笑顔でそう言った。

 優奈と結婚してから2週間ほどだけど、義理の母となった彩さんにプレゼントして良かった。

 その後、おじいさんの申し出で、結婚指輪を付けた状態の俺達をスマホでたくさん撮ってもらった。この6人での集合写真も。

 撮った写真のうちの何枚かはLIMEで送ってもらった。その写真を自分のスマホで見る優奈はとても嬉しそうで。

 明日の夕方に俺の実家に行ったときも、今の有栖川家のみなさんのように嬉しい気持ちになってくれるといいな。

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