第28話『映画デート』
5月6日、土曜日。
ゴールデンウィーク後半の5連休の4日目。
今日は朝からよく晴れている。関東地方は夜になったら一部の地域で雷雨があるそうだけど、日中は天気が崩れる心配はないという。今日は優奈との映画デートなので、天候に恵まれて良かった。
午前9時55分。
俺は玄関の前に立っている。
朝食を食べているとき「一緒に住んでいるけど、デートなので待ち合わせしよう」という話になり、午前10時に玄関前で待ち合わせすることになったのだ。
デートなので、今は黒いジャケットを着ている。晴れて暖かくなる予報なので、袖がやや短い七分丈のものだ。このくらいの袖の長さのジャケットも好きだ。優奈に似合っていると思ってもらえるといいな。
それからすぐに、優奈の部屋の扉が開く。
部屋の中から、落ち着いた水色の襟付きワンピース姿の優奈が出てきた。朝食のときはスカートにパーカーだったから、デートのために着替えたのか。スカートは膝よりも少し長い程度で、袖がフレンチスリーブなので涼しげな印象だ。清楚で爽やかな雰囲気でよく似合っている。この前のデートと同様に、シルバーのネックレスとベージュの小さなショルダーバッグもいいな。
優奈はこちらを向き、俺と目が合うと、ニッコリと笑って小さく手を振ってきた。俺も小さく手を振る。……デートらしくていいな。
「お待たせしました、和真君。待ちましたか?」
「ううん、そんなことないよ。ついさっきここに来たから」
「……ふふっ、そうですよね。分かってはいましたけど、こういう風に訊いた方がデートらしいかと思いまして」
「ははっ、そうだな」
デートらしいし、こういう会話をするのは俺達らしくていいかもしれない。
「そのワンピースも似合ってるな。水色でフレンチスリープだから爽やかな感じがして」
「ありがとうございます。今日は晴れて暖かいそうですから、このワンピースにしたんです。お気に入りで」
優奈は嬉しそうにワンピースのことを話してくれる。可愛いな。
「和真君も今日もジャケット姿が素敵です。ただ、この前とは違って袖が少し短めですね」
「七分丈なんだ。優奈と一緒で、今日は暖かい予報だからこれにしたんだ」
「なるほどです。かっこいいです」
「ありがとう」
このジャケットもお気に入りだから、優奈に素敵だとかかっこいいと言ってもらえて嬉しいな。
「では、映画デートに行きましょうか」
「そうだな。行こう!」
俺達は映画デートに出発する。
映画デートという名目だけど、映画を観た後は琴宿にある優奈オススメのお店をいくつか行く予定になっている。2度目に観るクリスはもちろんだけど、優奈がオススメするお店も楽しみだ。
マンションを出て、俺達は高野駅に向かう。駅まで徒歩2、3分なので実家にいた頃よりもアクセスがいいな。素晴らしい。
高野から琴宿に向かう路線は、東京中央線快速と東京中央線各駅停車の2つがある。
琴宿に早く到着するのは、途中の停車駅がない快速の方だ。ただ、映画までの時間に余裕があることや、席に座れる確率が高そうという理由で各駅停車に乗ることに。
優奈の作戦で、進行方向の先頭の車両に乗る。
作戦が見事に的中し、車内に入ると、2人で並んで座れる場所がいくつもあった。俺達は乗った扉から一番近い席に隣同士で腰を下ろした。
家のソファーで座るときよりも優奈との距離が近いのでドキッとする。それに、昨日の夜は下着姿の優奈を見てしまったし。優奈は……見たところ普段と変わりないか。
「一緒に座れて良かったです」
「そ、そうだな。優奈の作戦通りだ。さすがは電車通学」
「2年以上電車通学していましたからね。基本的には早く行き来できる快速電車に乗っていたのですが、座りたい気分だったり、疲れがあったりしたときは座れる確率の高い各駅停車の方に乗っていました」
「そうだったんだ」
状況に応じて乗る電車を変えているんだな。2年以上の電車通学で身に付けた術なのだろう。
それからすぐに、俺達の乗る電車は高野駅を発車する。
扉の上にあるモニターによると、琴宿駅は3駅先で、乗車時間は7分とのこと。快速電車とは2分しか違わないし、座れたから各駅停車に乗って良かったと思う。
「車窓からの景色……通学でたくさん見ていましたけど、何だか新鮮です。和真君と一緒にデートに行く道中だからでしょうか」
「そうかもな。俺も新鮮に感じるよ。真央姉さん以外とは女子と2人きりで電車に乗ったことはないからかな」
「そうですかっ。真央さん以外では初めてですか。私も男の子と2人きりで電車に乗るのは初めてですよ」
優奈はニッコリと笑いながらそう言ってくれる。真央姉さん以外で女子と2人きりになったのが初めてなのが嬉しいのかな。もしそうだとしたら可愛いな。
それからも、車窓から見える景色など電車絡みの話で優奈と盛り上がった。それもあり、琴宿駅まではあっという間だった。
「琴宿に着きましたね」
「すぐに着いたな。今まで快速ばかり乗っていたけど、こんなにすぐなら各停も全然ありだな」
「ですね。では、映画館に行きましょうか」
「ああ、行こう」
俺達は先日のデートで待ち合わせした南口から琴宿駅を出て、映画館に向かって歩いていく。
途中までは結婚指輪を買ったショップと同じ道のりだ。今日も休日なのもあって、先日と同様にたくさんの人が行き交っている。
水色のワンピース姿がよく似合っているからか、男性中心に優奈のことを見てくる人が多い。ただ、俺と手を繋いでいるのもあって、声を掛けてくる人は一人もいない。そのことにほっとする。
「こんなにすぐに、和真君と一緒にまた琴宿に来られるとは思いませんでした」
「そっか。俺もこんなに早くに来るとは思わなかったよ。優奈も俺も琴宿の映画館で映画を観るのは知っていたし、近いうちに一緒に映画を観に行くかもとは思っていたけど」
「ふふっ、そうですか。あのタイミングでクリスのCMを観なければ、次に琴宿に来るのは結婚指輪を受け取るときだったかもしれませんね」
「そうかもな」
結婚指輪ができるのは、購入した日からおよそ2週間後の予定。購入したのは先週の土曜日だったから、予定通りであれば来週末あたりになるのか。3週連続で土曜日に琴宿に行く可能性もありそうだ。
7、8分歩いて、映画館が入っている商業ビルに到着した。その際、初めての映画デート記念ということで、入口前で優奈のスマホで一緒に自撮りした。
ビルに入り、エレベーターで映画館の受付があるフロアまで上がっていく。
受付のあるフロアに到着し、扉が開くと、そこには多くの人の姿があった。
「いっぱいいますね」
「そうだな。連休中だし、ヒット作が何作も公開中だからな」
それもあって、券売機の列は非常に長いものになっている。上映が始まる午前11時まではあと30分ちょっと。もし、今から券売機の列に並んだら、優奈と並んで座れるかどうかはおろか、11時の上映回のチケットを買えるかどうかも分からなかっただろう。事前にスマホで予約して良かったと実感する。
俺達はチケットを予約しているので、用があるのは券売機ではなく発券機。複数台あるからか、並んでいる人は数人しかいない。俺達はその短い列の最後尾に並んだ。
「スマホで予約して正解でしたね」
「ああ。予約していなかったら、11時の回に優奈と並んで観られなかっただろうから」
「ですね。クリスは人気作ですし、ゴールデンウィークの定番作でもありますから」
「そうだな」
観たい映画が事前に決まっているなら、何日か前からネットで予約するのがいいだろう。
2、3分ほど並んで、俺達の順番になった。
俺のスマホから予約したので、俺が発券機を操作する。
名探偵クリスの11時からの上映回でペアシート。予約した内容が合っていることを確認し、チケットを発券した。無事に発券されたときに優奈が嬉しそうにしていたのが可愛かった。
「無事に発券できましたね」
「そうだな。良かったよ。上映開始まではあと30分くらいか。劇場の案内開始までは20分くらいってところか」
「そうですね。少し時間がありますから、売店に行ってもいいですか? グッズとか見てみたくて」
「うん、いいぞ」
それから、俺達は売店に行く。
映画館限定のグッズがたくさん売られているので、商品を眺めるのは楽しい。俺は何も買わなかったけど、優奈は本作のキーパーソンの女の子が描かれたしおりセットを購入していた。
優奈が購入し終わったときには案内開始まで10分を切っていた。なので、それぞれお手洗いを済ませ、フードコーナーでドリンクとポップコーンを購入した。ちなみに、ドリンクは俺がアイスコーヒー、優奈がアイスティー。ポップコーンは俺が塩味、優奈はキャラメル味である。
ドリンクとポップコーンを購入したときには、劇場案内が始まっていた。なので、俺達も劇場へ向かう受付を通り、クリスが上映される劇場に入る。
劇場に入ると、既にそれなりに多くのお客さんが座っている。客層は俺達のような若い世代を中心に老若男女問わず。幅広い人気なんだと思いつつ、ペアシートがある一番上のところまで向かう。
「ここがペアシートのエリアですね」
「そうだな。高級な感じがするな……」
普通のシートとは違ってソファータイプで、2人で座ってもゆったりできそうなくらいに広い。高級感があって。これで追加料金がかからないのは凄いな。
ペアシートのソファーは6台ある。今のところ、3台のソファーにお客さんが座っている。
俺達は予約していたシートに腰を下ろす。家のソファーと同じくらいふかふかで気持ちがいい。家のよりも少し小さいので、電車で座ったときと同様に優奈と体がちょっと触れているけど。また、高めの仕切りのおかげで、他のペアシートに座るお客さんが見えない。なので、何だかこれから家のソファーで映画を観る感じだ。
「ふかふかで気持ちいいですね」
「いいシートだよな。普通のシートよりも心地いい」
「ですね。あと、両隣は空席ですから、家のソファーに座っている感じがしてきます」
「俺も同じようなことを思ったよ。普通の席よりもプライベートな感じがするよな」
「そうですねっ」
優奈は楽しげな笑顔でそう言った。すぐ近くで笑ってくれるのもあり、優奈の笑顔を見ているとちょっとキュンとする。
「今年のクリスは2度目ですけど、和真君と一緒に映画を観るのが初めてですから本当に楽しみです」
「そうだな。優奈と一緒に映画を観に行くこと自体が初めてだから、新鮮な気持ちで観られそうだ。同じ映画を劇場で2回観るのも、ペアシートで観るのも初めてだから」
「私も初めてですね。一緒に楽しみましょう」
「ああ、楽しもう」
初めての体験尽くしだから、2度目のクリスでもかなり楽しめそうだ。
ドリンクやポップコーンをつまみながら優奈とクリスの話で楽しんでいると、劇場内が暗くなる。
スクリーンには、本編前恒例の近日公開予定の作品の予告編が流れ始める。クリスを観に来ているメインの客層を考えてか、アニメーション作品や若手俳優やアイドルが主演する邦画の予告が多い。中にはお互いに気になっている作品があり、
「この映画、公開が始まったら観に行きたいですね」
「行きたいな」
と話すこともあって。まだ本編が始まっていないけど、映画は今後、優奈とのデートの定番になりそうな気がした。
やがて、予告が終わり、クリスの本編が始まる。
一度目に観るときはどんな展開になるんだろうというワクワクがある。ただ、今回は二度目で内容が分かっているので「こんな感じだったなぁ」と思いながら観ている。二度目でも面白い。
たまに優奈の方を見ると……面白いと言っていただけあって、スクリーンの方に集中している。横顔も可愛らしい。
『俺は高校生探偵・加藤真一。幼馴染で同級生の――』
映画が始まってから10分近く経ち、劇場版でおなじみのオープニングが始まった。そのとき、俺の右腕から伝わる温もりが強くなり、重みを感じるように。そちらを見ると、優奈が俺に寄り掛かった姿勢になっていた。
優奈と目が合うと、優奈はいつもの優しい笑顔になり、
「デートですし……こういう体勢で観てもいいですか?」
俺にしか聞こえないような小さな声でそう言ってきた。その声が耳から体中に甘く響き、ドキッとさせる。笑顔が可愛いのもあり、体が少し熱くなったような気がする。
デート中だし、体が軽く触れる形で座っていたけど、まさか優奈から体を寄り添わせてくるなんて。優奈との距離が心身共に縮まった感じがして。それが嬉しくて。
「いいよ」
と、俺は快諾した。そのことに、優奈はニコッと笑って「ありがとうございます」とお礼を言った。
優奈が寄り添ってきたことで、優奈の温もりや柔らかさ、甘い匂いが常に感じられるようになって。スクリーンではなく優奈の方に集中してしまう。たまに優奈と目が合って微笑みかけてくるのが凄く可愛いし。
ただ、クリスの面白さのおかげもあり、次第にスクリーンに集中できるように。
ほのぼのとしたシーンや、落ち着いた雰囲気のシーンのときに、
「和真君。キャラメルポップコーン一口いかがですか?」
「ありがとう。じゃあ、俺のポップコーンも一口」
「ありがとうございます。では、あ~ん」
「あーん」
と、ポップコーンを一口ずつ交換するときもあって。優奈と一緒にクリスの映画を楽しむのであった。
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