第22話『初めての夜』
真央姉さんと2人でずっと一緒に作業したのもあり、夕方頃になると俺の部屋の整理はだいぶ終わった。
優奈の部屋も優奈と陽葵ちゃん、井上さんの3人で作業したのもあり、俺の部屋よりも早めに作業が終わっていた。
リビングダイニングキッチンは、俺の両親と彩さんが作業してくれたのもあって、ゆったりとした雰囲気の場所になっていた。
洗面所や浴室にも、優奈と俺がそれぞれ必要なものがちゃんと置いてある。だから、これから生活するのに問題のない環境となった。
「おおっ、いい雰囲気の新居になったじゃないか」
「父さんの言う通りだな。これなら、優奈が和真君と一緒に暮らしても大丈夫そうだね」
午後5時過ぎ。
仕事の会議が終わったおじいさんと英樹さんがここにやってきて、新居の中を一通り見た上でそう言った。2人とも今の新居の様子を見て満足そうにしている。
「みんなが手伝ってくれたおかげで、ここまで作業が進みました」
「あとは和真君と2人で大丈夫だと思います」
「了解じゃ。何かあったら、遠慮なく連絡してきなさい」
「ありがとうございます、おじいちゃん。みなさん、今日は私達のためにありがとうございました」
「ありがとうございました」
優奈と俺はここにいる全員に向かってお礼を言った。みんながいなければ、一日でここまで引っ越し作業は進まなかったと思うから。
「いえいえ! カズ君と優奈ちゃんの力になれて良かったよ! カズ君とずっと一緒だったし!」
「真央さんの言う通りですね! 楽しかったです!」
「私も楽しかったわ。それに、優奈と長瀬君の新居を見られたし、真央さんの素晴らしい胸も堪能できたから」
「息子夫婦のためになれたなら嬉しいよ。2人とも、ここでの新婚生活を楽しんで」
「あなたの言う通りね。素敵な日々を過ごしてね」
「引っ越しの作業は本当に久しぶりだったから楽しかったわ。梨子さんともたくさんお喋りできたし。優奈、和真君、新婚生活を一緒に楽しく過ごしてね」
と、引っ越し作業を手伝ってくれた6人は笑顔で言ってくれた。優奈と俺の引っ越しだけど、6人にとって楽しい時間になったようで嬉しい。結婚生活を楽しく過ごすようにと言った親達の言葉が胸に響く。
それから程なくして、俺と優奈以外の8人はこの家を後にした。その際、真央姉さんが、
「カズ君、寂しいよ! 優奈ちゃん、カズ君をよろしくね!」
泣きながら俺を抱きしめてきた。それもあって、昨日までとは違う生活が始まるのだと実感するのであった。
みんなが帰ってからは優奈と一緒に休憩したり、同じフロアに住む方達に引っ越しの挨拶しに行ったりした。
完全に日が暮れてから、俺達は夕ご飯を食べることに。
今日は引っ越し作業をして疲れているので、お互いの家から持ってきたカップ麺で済ませた。ちなみに、俺はそばで優奈はうどんだ。優奈は麺類全般が大好きで、たまにカップ麺を食べることがあるという。俺も麺系全般が好きだと言うと、優奈は嬉しそうにしていた。
また、夕ご飯を食べているときに、明日の朝食は優奈が作ってくれることに決まった。和風の朝食を作ってくれるという。とても有り難い。ちなみに、食材はおじいさんが買ってくれた冷蔵庫の中に事前に一通り入っている。
夕食を食べ終わった後、せめてもの手伝いとこの家にある炊飯器の使い方の勉強も兼ねて、俺が米研ぎをした。
――ピッ。
「よし。これで、明日の朝にご飯が炊けるな」
「ですね。勉強になりました。あと、米研ぎの手つきが慣れている感じがしました」
「小さい頃から、親の手伝いで米を研いでいたんだ。それに、平日に両親が仕事でいないときは食事の準備していたこともあったし」
「そうでしたか。偉いです」
優奈は笑顔でそう言ってくれた。小さい頃から数え切れないほどにやっていることを褒められて嬉しい気持ちになる。
「明日は、炊き上がったご飯が美味しく食べられるような朝食を作りましょう」
「楽しみにしているよ、優奈」
「はいっ」
以前作ってくれた玉子焼きと、今日のお昼に食べたサンドウィッチがとても美味しかったので期待大だ。明日の朝が楽しみだな。
それから程なくして、キッチンにある給湯器リモコンからメロディが流れ『お風呂が沸きました』とアナウンスされた。
「お風呂の準備ができましたか」
「そうだな。どっちが先に入ろうか? 俺は最後に入ることが多かったけど」
「私はバラバラでしたね。たまに陽葵と入ることもありました。昨日も引っ越し前夜だからと一緒に」
「そうだったんだ」
微笑ましいエピソードだ。仲のいい姉妹だと、中学生や高校生でも一緒に入ることがあるのか。
俺も小学校低学年くらいまでは真央姉さんと一緒に風呂に入ったな。ここへの引っ越しが決まってからは毎日一緒に寝たけど、お風呂に入ろうと誘われることはなかった。さすがのブラコン姉さんも俺の前で裸になったり、俺の裸を見たりするのは恥ずかしいと思ったのかな。
「和真君は最後に入ることが多いとのことですし、私から入ってもいいですか?」
「うん、いいよ。俺のことは気にせずにゆっくり入ってきて」
「ありがとうございます。では、お先に」
その後、優奈は浴室へと向かった。
俺は自室に戻り、寝間着と替えの下着を用意する。姉さんが俺の指示通りにタンスに衣服を入れてくれたので、難なく用意することができた。
着替えの準備をした後は、今週の授業で出された課題を片付けていく。今日から5連休なのもあり、多めに出されている教科もあるから。
引っ越し当日くらいは課題を一切やらなくてもいいのかもしれない。だけど、課題をしていると、いつもの時間を過ごしていると思えて安心できる。
――コンコン。
部屋の扉がノックされる音が聞こえた。部屋の時計を見ると、課題を始めてから30分以上経っている。課題に集中していたから、もうこんな時間になっていたのか。
「はい」
と、返事をして、俺は部屋の扉をゆっくりと開ける。
目の前には、桃色の寝間着姿の優奈が立っていた。お風呂から出たばかりなので、優奈の黒髪は湿っており、肌も普段よりも赤みが強くなっている。髪型もいつものおさげではなくストレートヘア。また、ボディーソープやシャンプーと思われる甘い匂いが濃く香ってきて。初めて見るお風呂上がりの優奈にドキッとした。
「一番風呂いただきました。気持ち良かったです」
「それは良かった。あと、ストレートの髪型も似合うな。その寝間着も」
「ありがとうございますっ」
えへへっ、と優奈は嬉しそうに笑う。
「いつもお風呂を出た後は髪を結んでいないんです」
「そうなんだ。その髪型は初めて見るから新鮮だ」
「普段はおさげですからね。あとは、夏の暑い時期にたまにポニーテールにするくらいです」
そういえば、制服が夏服の時期にポニーテール姿の優奈を何度も見たことがあるな。西山が「ポニーテールも可愛いな!」って興奮していたっけ。
「和真君は何をされていましたか?」
「今週の授業で出た課題を片付けてた」
「ゴールデンウィークだからと普段よりも多めに出ましたもんね。引っ越しがあるので事前にやりましたが、全ては終わっていません」
「そっか。……じゃあ、俺もお風呂に入ってこようかな」
「はい。脱いだ服は洗面所にある水色の洗濯カゴに入れてください。さっきまで着ていた私の服が入っているのですぐに分かると思います」
「了解」
俺がそう言うと、優奈は「では」と言って、自分の部屋へと入っていった。
着替えを持って、俺は浴室に繋がる洗面所に向かう。
優奈がお風呂から出たばかりだから、洗面所にはさっき優奈から香った甘い匂いがして。そのことにドキッとしながら服を全て脱いだ。
「水色の洗濯カゴに入れるんだったな」
カゴには優奈が今日着ていたVネックシャツが入っていた。その上に今脱いだ俺の服を入れた。
浴室に入ると、洗面所で感じた甘い匂いが濃くなって。浴室の中が温かいから優奈がさっきまで入っていたことが肌で感じられて。
髪と体、顔を洗って、俺は湯船に浸かる。
「あぁ、気持ちいい……」
優奈の言う通り、いい湯加減だ。お湯の温かさで今日の引っ越し作業の疲れが抜けていく。
今日はずっと優奈達と一緒にいたから、随分と久しぶりに一人でゆっくりしている感じがした。
「湯船も結構広いな」
実家のお風呂よりも広い。脚を伸ばしてもまだ余裕がある。俺でもゆったりできるんだから、俺よりも体が小柄な優奈はよりゆったりできたんじゃないだろうか。
「優奈と2人で入ってもゆったりできそうだな」
そう言葉を口にして、体がより温まっていくのが分かった。優奈も浸かったお湯に浸かっているのもあってドキドキしてくる。
俺達は夫婦で今日から一緒に住み始めた。いつかは優奈と一緒にお風呂に入る日も来るのだろう。好き合う夫婦になれたときには……きっと。
10分ほど湯船に浸かって、俺は浴室から出た。
寝間着に着替えて、洗面所から出ると、リビングの方から音が聞こえてくる。耳を澄ますと……テレビの音だ。優奈がリビングでテレビを観ているのかな。
リビングに行くと、優奈がソファーに座ってアニメを観ていた。画面に映っているキャラクターから、優奈の部屋のテレビの設置作業の確認で観た『みやび様に告られたい。』の第3期であると分かった。
「お風呂上がったよ。みやび様を観ているのか」
「ええ。ここのテレビ、実家の部屋のテレビよりも大きいので、どんな感じで観られるのか気になりまして」
「なるほどな」
可愛いことを考えたものだ。
「結構いい感じです」
「そうか。……観ているのはみやび様か。髪を乾かしたら、俺も一緒に観てもいいか?」
「もちろんいいですよ!」
優奈は笑顔で快諾してくれた。
その後、俺は自分の部屋に戻ってドライヤーで髪を乾かし、リビングに戻った。ソファーに座る前に、優奈に飲み物の希望を聞いて2人分のアイスコーヒーを作った。
優奈と隣同士でソファーに座り、アイスコーヒーを飲みながら、みやび様のアニメ第3期を1話から見る。俺も優奈も原作漫画を持っているので、優奈と喋りながら。
「みやび様、面白いな」
「そうですね!」
第1話を観終わったとき、俺達はそんな感想を言った。
「大きな画面で見るアニメもいいな」
「いいですよね。みやび様は穏やかな雰囲気ですが、アクションとか動きのあるアニメだと迫力がありそうです」
「そうだな。……ソファーも気持ちいいし、優奈と一緒にリビングでアニメを観るのはこれからの生活の一部になりそうだな」
「ですねっ」
ニコッと笑いながら優奈はそう言ってくれる。そのことがとても嬉しかった。
それからも俺達はみやび様のアニメを観ていく。互いによく知っている好きな作品なので、観ていてとても楽しい。ただ、
「ふああっ……」
第3話が終わったとき、優奈は大きめのあくびをする。俺が隣にいるのもあって、あくびをした直後に優奈ははにかむ。
「引っ越しの作業をしたからでしょうか。コーヒーを飲みましたが眠くなってきました」
「いっぱい体を動かしたもんな。俺もちょっと眠くなってきてる」
「そうですか。では、今日のアニメ鑑賞はここまでにしましょうか」
「そうだな」
眠気が来たときは、それに従ってすぐに寝るのが一番いいし。
今は午後10時過ぎか。休日としては結構早めの時間だけど、俺も寝ようかな。
「和真君」
「うん?」
「……今日から一緒の生活ですね」
「そうだな。高校に通いやすいのを考慮したとはいえ、こんなにいい家で優奈と一緒に生活できるなんて」
「そうですね。おじいちゃん達に感謝です」
「ああ。今は家賃や生活費をおじいさんや両家の両親に払ってもらっているけど、将来的には2人でちゃんと自立できるようにしよう」
「そうですね」
優奈と俺は結婚して夫婦になった。
ただ、俺達は18歳の高校3年生でもある。両家の大人達から金銭的に多大な支えがあり、家族や友人からのサポートがあり、こうしてこの家で優奈との結婚生活が始められる。そのことに感謝して、これからの結婚生活を送っていきたい。そして、将来的には俺と優奈で自立できるように頑張っていきたい。
「和真君。これからよろしくお願いします」
優奈はいつもの柔らかな笑顔でそう言い、俺に小さくお辞儀してきた。
「こちらこそよろしくお願いします」
優奈に倣って、俺も挨拶して小さくお辞儀した。
夜になっても2人きりでいたり、2人とも寝間着姿になったりすることでも優奈と一緒に生活している感じがしていた。ただ、こうして挨拶することで、優奈との新生活が始まったのだとより実感する。新婚生活が本格的に始まったのだと。
その後、優奈の後に寝る準備をして、自分の部屋に戻った。
住む家が変わって、寝具も変わった。
ただ、引っ越し作業の疲れもあり、ベッドに入るとすぐに心地いい眠気に包まれ、数分も経たないうちに眠りに落ちていった。
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