第8話『優奈の部屋』

 おばあさんに線香を上げるのが終わり、俺達5人はおじいさんの部屋を後にする。


「和真君、ありがとう」

「いえいえ。おばあさんが少しでも喜んでくれていたら嬉しいです」

「きっと嬉しく思っていると思います。……そろそろ、私の部屋に行きましょうか」

「そうだな」

「では、あとは若い2人に任せよう」

「父さん、お見合いじゃないんだから」

「2人は結婚しているんですよ、お義父さん」


 息子夫婦にツッコまれるけど、おじいさんは「はははっ」と楽しそうに笑っている。もしかしたら、今の言葉を言ってみたかっただけなのかもしれない。


「じゃあ、俺は……優奈の部屋に行きますね」

「部屋は3階にあります。行きましょう」


 優奈の御両親とおじいさんに軽く頭を下げ、俺は優奈と一緒に3階にある優奈の部屋へと向かう。

 玄関の近くにある階段で、1階から3階まで上がっていく。優奈曰く、2階は御両親の寝室と客間。3階は優奈の部屋と陽葵ちゃんの部屋があるとのこと。

 優奈の家に初めて来たので、優奈の部屋に到着するまで周りをキョロキョロと見てしまう。外からでも立派だと思えるだけあって、家の中も広々としている。


「ここが私の部屋です」


 3階に到着し、階段の近くにある扉の前で優奈はそう言った。この扉の向こうが優奈の部屋か。どんな感じなのか楽しみだ。

 どうぞ、と言って、優奈は部屋の扉を開いた。優奈についていく形で彼女の部屋の中に入る。


「おおっ……」


 部屋に入ってまず思ったのはとても広いこと。俺の部屋の倍くらいはあるんじゃないだろうか。それもあって、思わず声が漏れてしまった。

 ベッドや絨毯、クッションカバーなどの色が暖色系で統一されているので温かみを感じる。ベッドと勉強机には大小の動物のぬいぐるみがいくつも置かれていて可愛らしい雰囲気もある。あと、優奈の部屋だからか、これまでよりも彼女の甘い匂いが濃く感じられる。

 部屋の中はとても綺麗だ。また、ここから見える大きな本棚も、小説や漫画、ライトノベルの作品ごとにちゃんと纏めて入れてあるようだ。


「広くて素敵な部屋だな。凄く広くて声が出ちゃったよ」

「ふふっ。ありがとうございます。何か冷たい飲み物を持ってきますので、和真君は適当にくつろいでいてください」

「お構いなく。あと、もしよければ、本棚を見てもいいかな。漫画やラノベ中心だけど、本は結構読むし。優奈がどんな本を持っているのか気になってさ」

「いいですよ。気になるものがあれば、取り出して読んでもかまいませんよ」

「ありがとう」

「では、飲み物を持ってきますね」


 そう言って、優奈は部屋を出ていった。

 本棚の前まで行き、どんな本があるのか見てみる。こうして近くで見ると、シリーズものはちゃんと第1巻から順番に入っている。どうやら、優奈はきっちりとした性格のようだ。

 漫画は……女の子だけあって少女漫画が結構あるな。あとは俺も持っているラブコメや日常系漫画もいっぱいあって。また、真央姉さんの本棚にもあるBL漫画とかもある。アニメで大ヒットした少年漫画もある。

 ラノベは……ラブコメや女性向けのファンタジー作品が多い。BLのラノベもあるな。

 一般文芸の単行本や文庫本も結構ある。教科書にも載るような文豪の作品や、メディア化したり、文学賞を取ったりした作品あるので、俺も読んだことのある作品はそれなりにあった。


「本や漫画で話が盛り上がれそうだな」


 俺もラブコメや日常系の作品は大好きだし。アニメやドラマをきっかけに読む作品もあるから。あと……BLも結構好きそうなので、真央姉さんとも気が合いそうだ。そんなことを思いながら本棚を眺めていると、


「何だろう? これ」


 一番下の段の右端に、大きな赤いハードカバーのものが入っている。この段はアニメのオフィシャルファンブックや、漫画家やイラストレーターの画集が入っているのでそういったものだろうか。中には豪華な装丁のものもあるし。そう思って、赤いハードカバーを取り出してみる。この雰囲気からして……アルバムかな。俺も自分の部屋の本棚にアルバムがあるし。

 赤いカバーを開くと、そこには何枚も写真が貼られていた。女の子の赤ちゃんの写真や、見覚えのある若い男女や初老の男女に抱かれている写真もある。


「これは優奈のアルバムかな」


 きっと、この赤ちゃんは優奈で、若い男女は英樹さんと彩さん、初老の男女はおじいさんと亡くなったおばあさんだろう。


「お待たせしました。アイスコーヒーを淹れてきました。クッキーがあったので、それも持ってきました」


 気付けば、優奈が部屋に戻ってきていた。優奈はマグカップやクッキーの入った木皿を乗せたトレーを持っている。


「ありがとう、優奈」

「……おや、アルバムを見ているんですね」

「他の本よりも大きかったからさ。つい気になって。嫌だったならごめん」


 昔の自分が写った写真を見られるのが恥ずかしい人もいるし。俺の友達の中にもそういう奴は何人かいる。

 優奈は穏やかな笑顔で、小さくかぶりを振った。


「いえいえ、全然かまいませんよ」

「良かった」

「せっかくアルバムを本棚から出してくれましたし、一緒に見ますか?」

「ああ、見ようかな。……この本棚に入っている本、俺も持っていたり、知っていたりする作品が結構あったよ。俺、ラブコメとか恋愛系の作品が好きでさ」

「そうでしたか。好みのジャンルが合って嬉しいです」


 と、優奈は言葉通りの笑顔でそう言ってくれた。

 俺達はローテーブルに行き、クッションに座ってくつろぐことに。一緒にアルバムを見るのもあって、優奈と隣同士に座る。

 アルバムを見る前に、俺は優奈の淹れてくれたアイスコーヒーを一口飲む。


「あぁ、苦くて美味しい。晴れている中歩いたから、冷たいのが本当にいいな」

「昼間中心に暖かい日が多くなってきましたもんね。これからは冷たいものがより美味しい季節になりますね」


 そう言い、優奈もアイスコーヒーを一口。美味しい、と小声で微笑みながら言うのが可愛らしい。

 クッキーも1枚食べる。甘さと香ばしさのバランスが良くて美味しい。優奈曰く、このクッキーは市販のものだけど、休日に自分で作って食べることもあるそうだ。

 コーヒーとクッキーを楽しんだので、2人で優奈のアルバムを見ることに。さっきは表紙を開いたところだったので、再び表紙を開く。


「このアルバムは、私の写っている写真がだいたい時系列で貼られています。なので、このページは私が生まれた頃の写真ですね」

「そうか。……赤ちゃんの頃の優奈、可愛いな」

「ありがとうございます」

「生まれた頃ってことは18年前か。御両親はあまり雰囲気が変わらないけど、おじいさんは若いな。今とは違って黒髪が多いからかな」

「ふふっ、そうでしょうね。あと、白髪混じりのこの女の人が順子おばあちゃんです」

「そうなんだ」


 遺影の写真と雰囲気が似ているからな。やっぱり、この初老の女性が亡くなったおばあさんだったか。孫と一緒に写っているのもあってか、とても優しそうな貴婦人って感じだ。


「この写真の彩さんを見ると、優奈が大人になったらこういう雰囲気の女性になるのかなって思うよ。綺麗で優しそうな雰囲気が似ているから」

「そう言ってもらえると嬉しいですね。お母さんは私の目標にしている女性ですから」

「そっか」


 それを聞いたら彩さんはとても喜びそうだ。


「夫になりましたし、大人になった私を一番近くで見ていてくださいね」

「あ、ああ……もちろんさ」


 すぐ近くから、しかもとても柔らかな笑顔で言われたから、ちょっとドキッとした。体も段々と熱くなって。アイスコーヒーを一口飲むと、コーヒーの冷たさが全身に優しく染み渡った。

 時折、ページをめくりながら、優奈の写真を見ていく。

 小さい頃の優奈はとても可愛い。天使のようだ。

 あと、幼少期だからか、家族や親戚と一緒に写る写真が多い。特におじいさんが一緒に写っている写真が多い。写真の中のおじいさんはどれもいい笑顔をしている。


「優奈の可愛さはもちろんだけど、それと同時におじいさんが優奈を大好きなのも伝わってくるな……」

「小さい頃から、おじいちゃんは今のような感じですね。陽葵が生まれても全然変わりませんでしたね」

「物凄く納得した」


 俺がそう言うと、優奈は「ふふっ」と楽しそうに笑った。昔からブレないおじいさんだ。

 それから何枚かページをめくると、優奈と一緒に赤ちゃんが写っている写真が貼られている。


「この赤ちゃんが陽葵ちゃん?」

「そうです。今、陽葵は中学2年ですから、私が4歳の頃に生まれました」

「そうか。陽葵ちゃんも赤ちゃんの頃から可愛いな」

「可愛いんですよぉ」


 とってもいい笑顔でそう言う優奈。陽葵ちゃんのことが大好きなんだろうな。昨日は陽葵ちゃんと楽しそうに話すところを何度も見たし。

 陽葵ちゃんが生まれたので、このあたりから、写真には陽葵ちゃんが登場する。また、幼稚園か保育園に入ったのか、お友達と一緒に写る写真も出てくる。そんな変化がある中、おじいさんがいい笑顔で写っているのは変わりない。

 概ね時系列順で貼ってあるので、ページをめくっていく度に写真に写っている優奈が大きくなっていく。たまに登場する陽葵ちゃんも。

 小学校時代は運動会や修学旅行といった学校関連のイベントや、誕生日会や夏休みの家族旅行、友達とのお泊まり会といったプライベートな写真がメイン。優奈は友達がたくさんいるんだな。

 やがて、中学の入学式の写真になった。着ている制服は昨日、陽葵ちゃんが着ていた黒いセーラー服と同じものだ。


「おおっ、優奈も黒いセーラー服が似合ってるな。可愛い」

「ありがとうございます」

「制服は違うけど、中学生になると今の優奈に通ずる雰囲気になるな」

「小学校の高学年くらいから体が成長しましたからね」

「そうなんだ。だいたいその頃から成長期に入るよな。俺もそのくらいの頃から背がグンと伸び始めたなぁ」


 背が伸びるのは嬉しいけど、気に入っている服がキツくなってすぐに着られなくなるのはちょっと悲しいものがあった。

 中学時代の写真も文化祭や体育祭、修学旅行といったイベントの写真や、家族旅行の写真がたくさん貼られていた。ちなみに、中学時代もよく告白されていたとか。可愛いし、この頃はスタイルも良くなっているからそれも納得だ。

 中学時代を経て、ついに現在通っている常盤学院大附属高校の制服を着た優奈の写真が貼られているページに。


「おっ、俺も実際に見たことのある優奈になった」

「ふふっ。高校生になりましたからね」

「そうだな。……仲がいいだけあって、井上さんや佐伯さんと一緒に写っている写真が多いな」

「そうですね。萌音ちゃんとはクラスも部活もずっと一緒ですし、千尋ちゃんとも萌音ちゃん繋がりで1年生の頃からずっと仲がいいですからね。2年生からは千尋ちゃんも同じクラスですし。他にも高校でできた友達は何人もいますけど、特に2人のおかげで、これまでの高校生活が楽しいものになっています」

「そうか」


 嬉しそうに語る優奈を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。

 写真を見ていると……井上さんや佐伯さんと一緒に写っている優奈は特に楽しそうだ。2人のおかげで楽しい高校生活になっていると優奈が言ったのも納得だ。

 やがて、写真が貼られている最後のページに辿り着いた。


「これで終わりか」

「そうですね」

「とても楽しかったよ。優奈の歴史を辿れた感じもして」

「それなら良かったです。……これからのページは、夫になった和真君との写真もたくさん貼られていくのでしょうね。昨日、市役所で撮った婚姻記念の写真を貼りたいと思います」

「そうか」


 近いうちに、俺もあの写真をプリントアウトして、アルバムに貼ろうかな。

 優奈のアルバムを見たら、優奈は家族にたくさん愛されて、たくさんの友達に恵まれて今日まで過ごしてきたのだと分かった。大切に育てられた優奈のことを、これからは夫である俺も大切にしたいと強く思う。

 優奈と一緒にこれからの日々を過ごす中で、思い出をたくさん作って、優奈がアルバムに写真をいっぱい貼ってくれたら。いつかは今日のように写真を見て、優奈と思い出を楽しく語り合えるようになれたら嬉しい。

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